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参院選 「改憲勢力3分の2」が焦点? メディアが報じない5つのファクト、1つの視点

楊井人文弁護士
参院選情勢で「改憲勢力3分の2」に注目する新聞各紙

「改憲勢力が3分の2を上回るかが焦点」ー参院選でメディアがまた横並びで、こんな決まり文句を唱えている。

たとえば、毎日新聞は7月6日付朝刊1面トップで、参院選終盤情勢として「改憲勢力2/3の勢い」と題した記事を掲載。記事の冒頭には「安倍晋三首相が目指す憲法改正に賛同する自民、公明両党、おおさか維新の会などの改憲勢力は・・・」と書かれていた(毎日新聞ニュースサイト)。

一体いつから、どんなファクトに基づいて、公明党が「安倍晋三首相が目指す憲法改正に賛同」したと報じているのだろうか。自民党とおおさか維新の改正草案を読み比べたことがあるのだろうか。

記事を書いている記者たちも、4党を「改憲勢力」と書くときの枕言葉に一瞬窮しているはずだ。でも、みんな同じ橋を渡っているのだから、他紙の表現も参考に…という感覚かもしれない(例外的に、読売新聞は「3分の2」という切り口での報道に慎重であることは特記しておく)。

こうした事実に基づかない報道から距離をおき、今回の選挙における憲法改正の位置づけについて冷静に考えたい人のために、基本的なファクト・視点をまとめておきたい。

1.公明のスタンスは民進に近い 生活の改憲案は具体的

メディアが当たり前のように使っている「改憲勢力」という表現。自民党、公明党、おおさか維新の会、日本のこころを大切にする党(以下「こころ」)の4党を指しているが、それぞれ憲法改正に関する立場にはかなり違いがある。まず、各党が改憲に積極的かどうかは、参院選公約に限らず、党是や過去の発表も含め、具体的な改憲案を示しているかどうかを見なければならない。

自民、こころ、おおさか維新の3党は、それぞれ具体的な改正案を提示しており、改憲に前向きな勢力といえよう。ただ、おおさか維新の改正案は、教育無償化、統治機構改革、憲法裁判所の設置の3項目でありマニフェスト憲法改正草案)、自民党の憲法改正草案とも、こころの憲法改正草案とも共通項がない。

公明党は、従来から「加憲」という立場だが、具体的な改正項目は示していない。むしろ「改正ありき」「期限ありき」ではないとわざわざ強調し、慎重なスタンスだ(参院選:憲法改正)。自民党よりむしろ民進党の立場に近いのではないか。

民進党は、参院選の公約では「平和主義を脅かす9条改正に反対」と掲げているが、もともと基本政策合意で憲法改正を目指すと明記しており、公約でも「未来志向の憲法を国民とともに構想する」と言っている。具体的な改正項目には言及せず、早期の改憲に積極的でないとみられるが、「改憲自体に反対」の立場でないことも明らかだ。(*1)

日本国憲法の掲げる『国民主権、基本的人権の尊重、平和主義』の基本精神を具現化するため、地方自治など時代の変化に対応した必要な条文の改正を目指す。

出典:民進党・基本的政策合意(2016年3月30日)

一方、生活の党と山本太郎となかまたち(以下「生活」)は、政策項目として「時代の要請を踏まえ、国民の合意があるならば、国民の権利、国連の平和活動、国会、国と地方、緊急事態等の関係で一部見直し、加憲する」と6つの改正事項に踏み込んでいる。「国連の平和維持活動に自衛隊が参加する根拠となる規定の整備」と9条改正にも言及している。ホームページにも「時代や環境の変化に応じて必要があれば改正すべき」と明記し、詳細な考え方が示されている(憲法改正についての考え方Q&A)。もともと改憲論者だった小沢一郎共同代表の考えが表れていると思われるが、党是としては、憲法改正について多くを語らない公明よりも生活の方がよほど前向きにみえる。(*2)

新党改革も党是に「新しい時代にふさわしい憲法改正を行う」とあり、公約では憲法改正が必要な「廃県置州」を提唱し、「時代にふさわしい憲法改正を まずはもっと議論を」と訴えている(改革八策改革の公約p.42)。

こうしてみると、憲法改正に積極的といえるのは自民、こころ、おおさか維新の3党。具体案を出している勢力は生活を含めて4党。民進、公明、改革は、具体案は出していないが必要とあれば何らかの改憲を認める立場であり、これらを含めて広義の「改憲勢力」と呼べば、とっくに衆参両院で「3分の2」を超えている。改正項目や内容について一致点が見出されておらず、改正発議の前提条件が整っていない点では、広義の「改憲勢力」7党も、メディアが「改憲勢力」と称する4党も、同じなのである。

そこで各党の立ち位置を改憲案の具体度を縦軸、安倍政権との距離の近さ(政権批判の度合い、政策的親和性などを考慮)を横軸にとって図示してみると、次のようになる。

画像

結局メディアのいう「改憲勢力」は、各党の憲法改正に対する見解というよりも、安倍政権との距離で区分けしたものにすぎない。もちろん「安倍政権のもとでの憲法改正」に反対かどうかという図式に全く意味がないとは言わないが、後述のとおり、参院選後には与野党合意のもと憲法審査会での議論が再開されることは決まっているし、内閣がそのプロセスに関与できるわけではないのである。

2.国民投票法上、憲法の全面改正はできない

自民党の憲法改正草案は、全面改正案である。明治憲法体制、戦後憲法体制に代わる、第3の新憲法体制を打ち立てようという発想(いわゆる自主憲法制定論)が基底にある。こころの改正草案も同様である。

ところが、2007年に制定された国民投票法は、改正項目ごとに賛否を問う個別投票方式を採用したため、事実上、全面改正が不可能になった。(*3)かつて「改憲vs護憲」の対立は「自主憲法制定(全面改正)vs自主憲法反対・現憲法護持」の対立だったが、この不毛な対立軸は、現行の国民投票法のもとでは無意味化している。つまり、「自主憲法制定」を前提とした自民党やこころの改正草案は、そのままでは現行法上「原案」となる資格がないのである。

もちろん一度の改正発議で複数の項目・条文を対象にすることは可能だが、個別に賛否を問わなければならない。一度に国民投票にかける項目数も事実上限定されている(国民投票法案の審議で、せいぜい3〜5項目とされている)。したがって、自民党の憲法改正草案の一部分だけ取り出して「原案」として提出することは可能だが、草案全体をパッケージにして提案することはできない。

3.与野党は憲法審査会の再開で合意している

憲法審査会は、2007年国民投票法の制定に伴い設置された国会の常設機関である。設置後4年間は活動しておらず、2011年から始まったが、昨年の「安保法制」国会で憲法学者が「憲法違反」を表明した後、休眠状態に入っていた。これを参院選後に約1年ぶりに再開することで与野党が合意している(産経ニュース2016/5/31)。つまり、参院選後に憲法審査会が再開されること自体は、選挙の帰趨に関わらず、既定路線なのである。

もちろん、憲法審査会が再開されたからといって、すぐに改正発議の条件が整うわけではない。次に述べるように、まず審議する改正項目を確定する作業から始める必要がある。

4.憲法改正の4つのハードルのうち、1つも超えていない

憲法改正のハードルは、「各議院の総議員の3分の2以上の賛成による発議」と「国民投票での過半数の賛成」の2つある、と一般に解説されている。しかし、国民投票に付する「改正発議」に至るまで、少なくとも2つの大きなハードルがあることを押さえておかなければならない。「審議する改正項目の確定」と「改正案の作成、提出・発議」である。

現在は、このうち1つ目もクリアしていない。参院選後の憲法改正論議は、文字通り一からのスタートとなる。(*4)

なお、改憲プロセスを安倍政権が主導できるかのような印象を与える報道も目立つが、内閣は、憲法改正原案を提出できないなど実際に関与できる部分はほとんどない。(*5)

(1) 改正項目の確定

まず、どの条文について改正発議の対象とするのか、を決めなければならない。各党や憲法審査会で議論が行われるとみられる。

(2) 改正原案の作成~提出・発議(第一発議)

改正項目が決まれば、原案を作成し、審議入りのための発議が行われる。

具体的には、「合同審査会」の設立→改正原案「骨子」の作成→憲法審査会への勧告→原案の条文起草→憲法審査会長が原案提出→憲法審査会で審議入りというルートか、議員の原案提出→衆院100人以上または参院50人以上の賛成での発議→審議入りというルートが考えられる。

(3) 改正原案の審議・修正を経て、国民への改正発議(第二発議)

原案は衆参の憲法審査会の審議を経て、本会議に上程される(衆参の同時審議はできない)。最終的に衆参それぞれの総議員の3分の2以上が改正案に賛成すれば、国民投票に付される。

(4) 国民投票

2〜6ヶ月間のキャンペーン期間を経て国民投票が行われる。有効投票の過半数が賛成すれば、改正となる。

自民党の改正草案Q&A(増補版)P.74-75の図より
自民党の改正草案Q&A(増補版)P.74-75の図より

5.国民投票法の投票年齢が「18歳以上」に引き下げられるのは2年後

実は、もう一つハードルがある。国民投票法は、投票年齢が「20歳以上」になっており、「18歳以上」への引き下げの施行は2018年6月21日以後になっているという点である(総務省リーフレット参照)。

公選法上、国政選挙や地方選挙の選挙権は「18歳以上」に引き下げられたのに、憲法改正国民投票だけ「20歳以上」で実施することは、法的に可能であっても、政治的には事実上不可能とみられている(南部義典「選挙は18歳、国民投票は20歳という不合理」参照)。つまり、引き下げ時期を前倒しする法改正をしない限り、当面、改正の発議を行う政治的環境は整わない(理論的には、最短で2017年12月下旬に6ヶ月間の周知期間を前提に改正発議を行えば、18歳以上での国民投票実施が可能となる)。

<視点>党議拘束を前提とした「数の論理」でよいのか

憲法改正権力は国民にある。国会の勢力図によって決まるものではない。いくら国会で「3分の2」で改正の発議をしても「提案」できるにすぎず、国民投票で過半数が賛成しなければ実現しない(日本国憲法96条)。

憲法改正問題は本来、超党派で議論すべき事柄であるのに、「改憲勢力が3分の2を取るか」にこだわってよいのか。党派的な「数の論理」を持ち込めば、党派を超えた議論の基盤を損なうのではないか。そのことをメディアは自覚しているだろうか。

この点については、安倍晋三首相にも大きな責任がある。1月10日のNHK討論番組で、与党だけでなく、改憲に前向きな野党も含めて「未来に向かって責任感の強い人たちと3分の2を構成していきたい」と述べた(読売新聞ニュースサイト)。これでは、「改憲の中身」より「数の論理」を優先する本音が出てしまったと言われても仕方がない。しかし、野党側も「3分の2の阻止」と応じ、メディアも同じ土俵に乗って報道してしまっているのである。

そもそも「3分の2を取る/取らせない」という発想は、政党の「党議拘束」を前提としている。本来超党派で議論すべき問題なら「党議拘束」を外して各議員の良心にしたがって採決すべき、という議論が出てきてもよい。「党議拘束なし」を前提とすれば「3分の2」を取ってから議論をスタートさせる、という発想は出てこないはずである。「3分の2」はあくまで超党派の審議、熟議の末のゴールにすぎなくなる。(*6)

与野党ともに「党議拘束」を前提とした「数の論理」に拘泥すればするほど、「3分の2」vs「3分の1」の攻防が先鋭化し、再び不毛な論議に陥るおそれがある。そうした危険性に警鐘を鳴らすでもなく、むしろ率先して「数の論理」に加担するメディアの罪は、あまりにも大きい。

(*1) 民進党の枝野幸男幹事長は約3年前に9条改正私案を発表している(文藝春秋2013年10月号「憲法九条 私ならこう変える 改憲私案発表」)。岡田克也代表も、2004~2005年の民主党代表時代には9条改正の必要性を認めていた。

(*2) 小沢一郎氏は「日本国憲法改正試案」を文藝春秋1999年9月特別号に発表している。

(*3) 正式な法律名は「日本国憲法の改正手続に関する法律」(通称、国民投票法)151条により改正(追加)された国会法68条の3。投票用紙は個別発議ごとに1枚だが、全面改正しようとすると数十項目(投票用紙数十枚)にわたると考えられ、事実上不可能。

(*4) 過去に1度だけ、憲法改正原案が衆議院議員100名以上の賛成で提出されたことがあるが、所属会派の承認がないことを理由に受理されなかったことがある(2012年4月27日提出憲法改正原案)。

(*5) 内閣の憲法改正原案提出権は、内閣法制局の見解では憲法上否定されていないとしているが(参議院憲法調査会2001年6月6日)、国民投票法の審議過程で、内閣法などの改正が必要との答弁がある(衆議院憲法調査特別委員会2006年12月7日)。

(*6) 自民党の河野太郎議員(現・防災担当相)は昨年5月7日の憲法審査会で、憲法改正発議では政党が党議拘束を課すことができないようにすべき、との考えを表明している。

  • 注(*3)を追記しました。(2016/7/8 14:30)
  • 注(*4)を追記しました。(2016/7/21 18:45)
弁護士

慶應義塾大学卒業後、産経新聞記者を経て、2008年、弁護士登録。2012年より誤報検証サイトGoHoo運営(2019年解散)。2017年からファクトチェック・イニシアティブ(FIJ)発起人、事務局長兼理事を約6年務めた。2018年『ファクトチェックとは何か』出版(共著、尾崎行雄記念財団ブックオブイヤー受賞)。2022年、衆議院憲法審査会に参考人として出席。2023年、Yahoo!ニュース個人10周年オーサースピリット賞受賞。現在、ニュースレター「楊井人文のニュースの読み方」配信中。ベリーベスト法律事務所弁護士、日本公共利益研究所主任研究員。

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