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トルキスタン・イスラーム党は存在意義を喪失する

髙岡豊中東の専門家(こぶた総合研究所代表)
(写真:ロイター/アフロ)

トルキスタン・イスラーム党の一部が、シリアのラタキア県、イドリブ県、ハマ県にまたがる一角を占拠し、安穏と暮らすようになってから久しい。そのトルキスタン・イスラーム党が、2022年8月21日付でなんだか妙な声明を発表した。声明は、同党の構成員がイドリブ県のハーリム山地にある集落に暮らすドルーズ派の住民の嫌がらせを繰り返しているという一部報道を否定するものだ。ドルーズ派とは、11世紀初めに現在の東地中海沿岸部からエジプトを支配していたファーティマ朝の第6代カリフのハキームを神格化する宗派で、その信徒たちは、シリア、レバノン、パレスチナに居住している。ドルーズ派は、その宗派としての成立過程に鑑みると一般のイスラーム教徒(ムスリム)にとってイスラームの一宗派とみなすのは難しい所があり、歴史的に度々宗派的な迫害事件も発生している。その一方で、レバノン、シリアでは社会的・政治的に一定の存在感のある社会集団だし、イスラエルでも(あくまでユダヤ人が多数であることを脅かさない範囲で)イスラエル国民として認められている集団である。

 トルキスタン・イスラーム党が今般の声明を発表した契機は、8月中旬に同党の構成員が同党の制圧下にある(とされている)地域でドルーズ派の信徒に対しモスクから追い出すなどの嫌がらせを繰り返しているとの情報がSNS、そして一部アラビア語紙で広く流布したことだ。この情報のネタ元は旧「反体制派」の活動家なので、そのあたりは大いに割り引いて考えるべきなのだが、ネタ元によればトルキスタン・イスラーム党によるドルーズ迫害を止めるために「シャーム解放機構」(旧称:ヌスラ戦線。シリアにおけるアル=カーイダ)の介入なり、トルコの介入なりが必要だとの由だ。念のため付言するが、どのような理由があるにせよ「シャーム解放機構」はれっきとしたイスラーム過激派なので、ドルーズ派などというものがこの世に存在することを許せばそれ自体で「イスラーム統治」に反することになる。イスラーム過激派の論理では、ドルーズ派は強制的に(スンナ派のイスラームに)改宗させても、その子女を性奴隷として売買しても、皆殺しにしても別に構わない生き物だ。かつて「イスラーム国」が、「イスラーム統治」を敷いた折には「啓典の民」として一応生かしておいてもいいはずのキリスト教徒やユダヤ教徒をみぐるみ剥いで追放したことに鑑みれば、イスラーム過激派が研究業界でいうところの「イスラーム統治」と違うなにかを希求していることもまた明らかだ。つまり、「シャーム解放機構」が同派の占拠地域における宗派迫害をうっかり止めてしまったら、それはそれでイスラーム過激派としての本旨に反することになるし、宗派迫害を野放しにしてもそれはそれで同派が希求する(アメリカやトルコのような)スポンサーの意にかなう武装勢力としての生き方に反することになる。

 そんな中出てきたトルキスタン・イスラーム党の声明は、同党はシリアに関わるようになってから一貫して「不正を被る者」の味方であり、誰かに不正をなす者ではないとの珍妙な主張である。繰り返すが、トルキスタン・イスラーム党はイスラーム過激派なので、彼らにとってはドルーズという存在自体を「是正」することこそが「公正」なのであって、その過程でドルーズ派の生き死にがどうなろうがはどーだっていいことである。そんなトルキスタン・イスラーム党が、「ドルーズ派の者に不正をなした覚えはない」などとのたまうのは、イスラーム過激派としての同党の存在意義の自己否定に他ならない。その一方で、中華人民共和国に対する闘いをすっかり放棄してシリアで家族ぐるみで安穏と暮らす道を選んだトルキスタン・イスラーム党にとって、あくまで「イスラーム過激派のイスラーム統治」を追求してドルーズ派をはじめとするあらゆる異教・異宗派・背教・異端を排斥しようとすると、そんな事態は同党のスポンサーたるアメリカやトルコにとって容認できるものではない。つまるところ、制圧下(やその周辺)でドルーズ派のものを迫害していないと称するトルキスタン・イスラーム党の主張は、もはや同党がイスラーム過激派でも、中国の反体制派でもなく、「勝てそうな場所で地域を占拠し、そこで住民を搾取して安穏と暮らす」生き物であることの表明である。もちろん、同党にはシリアの「革命」を実現する意志も能力も見通しもないので、トルキスタン・イスラーム党がシリアの「反体制派」でもその支援者でもないことは言うまでもない。

中東の専門家(こぶた総合研究所代表)

新潟県出身。早稲田大学教育学部 卒(1998年)、上智大学で博士号(地域研究)取得(2011年)。著書に『現代シリアの部族と政治・社会 : ユーフラテス河沿岸地域・ジャジーラ地域の部族の政治・社会的役割分析』三元社、『「イスラーム国」がわかる45のキーワード』明石書店、『「テロとの戦い」との闘い あるいはイスラーム過激派の変貌』東京外国語大学出版会、『シリア紛争と民兵』晃洋書房など。

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