慰めも知らず暴力に支配された二人の男の、破滅のメロドラマ 『このろくでもない世界で』
今回は昨年の釜山国際映画祭を訪れたソン・ジュンギが、出演最新作『このろくでもない世界で』について語った言葉を、インタビュー形式で2回に分けてお届けします。
1本目のこの記事は、映画祭プログラマーが俳優に1時間以上みっちりと話を聞くイベント「アクターズハウス」の模様を再編集したもの。作品について、初めて訪れたカンヌ国際映画祭について、作品に関連して聞くソン・ジュンギの過去と現在について、第一子誕生のタイミングで「父親としての自覚」について。ユーモアたっぷりの語り口も素敵です。
2本目の記事はこちら
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今年は釜山だけでなく、カンヌ国際映画祭にも出品した『このろくでもない世界で』と言う作品がありますね。どんな映画なのでしょうか?
ソン・ジュンギ 『このろくでもない世界で』で私が演じたのはチゴンという青年で、ホン・サビン俳優が演じたのがヨンギュという少年です。二人はともに家庭内暴力の被害者で、互いを理解し、慰め合おうとするんだけれど上手く行かず、破局に突き進んでゆきます。どこか「メロドラマ」のようだと私には感じられましたが、残忍な人生が多く登場するノワール映画というふうにとらえる人も多いですね。それはそれで自然なことだと思うので構いませんが、それ以外にも様々な面が描かれた作品なので、まずはご覧いただき、感想をお聞かせいただけたら嬉しいです。
皆さんで一緒に行ったカンヌ国際映画祭では何が一番楽しかったですか?
ソン・ジュンギ この話だけで1時間以上話せると思います(笑)。僕たちはみんなカンヌが初めてでしたし、楽しいこともたくさんありました。映画を作っている人間にとって映画祭は「映画の最終到達地点」ではないと思うんですよ。でも僕個人としてすごく光栄だなと感じたのは、作品が「ある視点」部門だったことです。今年(2023年)前半の約4~5ヶ月ほどは、Netflixの『ロ・ギワン』という作品をベルギーで撮影していたんですが、夜の10時くらいに韓国ーー韓国時間で、明け方の4時半くらいに、製作者から電話が入ったんです。それで「ある視点」部門への招待が決まったと。翌日の撮影は、本当に重要な感情を表現する場面だったんですが、集中できないんです、あまりに嬉しくて。検索したら、オ・スンウク監督(『無頼漢 乾いた血』)やユン・ジョンビン監督(『工作 黒金星と呼ばれた男』)といった、私が敬愛する韓国映画の先輩監督たちが招待されている部門で……うわあ、と思いました。作品がどんな反応を得られるかはわかりませんが、とにかく誠心誠意、ご挨拶してこようとーーほら、話が長くなるでしょ(笑)。思い出すだけで楽しくて。
ではこの話はそれくらいにして’笑)、今日は『このろくでもない世界で』の役柄にからめ、ソン・ジュンギさんの幼い頃の話をお聞かせ下さい。主人公ヨンギュは、まったく知らない「オランダ」を理想郷と思い描き、訪れることを夢見ています。10代の頃のソン・ジュンギさんにも、そういう場所はありましたか?
ソン・ジュンギ 映画ほどだいそれたものはありませんが、小中学校までの私はショートトラックというスケート競技で国家代表を目指していて、これがなかなか簡単ではなくて。逃げ出したいというほどではないにしろ、ちょっとだけ休みたい、というようなことは思っていましたね。幼い頃からいつもスケート場の寒い中にいたので、暖かいところに行きたい、と。
チゴンとヨンギュは、必ずしも物理的な障害がないのに、生まれ故郷を離れることができません。ソン・ジュンギさんにもそうした「なぜか越えられない境界」はありましたか?
ソン・ジュンギ 高校時代の話をすれば、そこが私の境界と言えそうです。運動をやめて高校に入った頃、それまで漠然と思っていた「俳優になりたい」という気持ちを、初めて両親に正式に打ち明けたんです。両親は「平凡な学生時代を過ごしてほしい」と思っていたようで、反応は予想通り否定的でした。境界という意味でお話したのは、本当い俳優になりたいのか、一時の気の迷いなのか、虚勢をはっているだけなのか、それを考える時期だったと思うからです。すごく真剣な気持ちでやりたいと思っているのか、子供っぽく浮ついた気持ちで両親に話したのか、その境界でひとり悩む時間だったと思います。単に夢を見ていたがゆえに、親の強い反対の前で動くことができなかった、というわけではありません。私には勇気も確信もなかったんですから。逆を言えばその境界が崩れた時に、思いは確信に変わりました。それは大学に入り、軍隊に行くべきか、それとも自分が望む道へと進むべきかと考えた末に、行動にでたんです。補助出演のアルバイトで現場に行くようになり、境界が崩れた、という感じでしたね。そこから運良く『彼女がラブハンター』というドラマに出演することができました。
俳優として「美しさ」が障害物のように感じられた瞬間もありますか?
ソン・ジュンギ 私に常に刺激をくださるチョン·ウソン先輩を始め、本当に生まれながらに美しい多くの先輩たちがいらっしゃって、私はその端くれにもならないと思いますが……ええ、良かったと思います!(笑)。冗談です、そんなことは考えたことがありません。私は両親が与えてくれた外見と内面とを完全に受け入れ、とても感謝しています。むしろ自分は俳優として足りないことだらけで、「この美しさが役に立って良かった」なんて思ったことはないですね。
でも「もう少し線が太かったら」とか「ジャンル映画に似合う顔だったら」というようなことを考えたこともあるのでは?
ソン・ジュンギ そう思うこともありました。他人と自分の比較ばかりして、「羨ましいな」とか、「あの人はあんな風にやれる、あんな風になれるけど、僕はああいうカラーがないからダメだ」とか、ずいぶん考えました。でもいつからか、そんな無駄なことを考えるのはやめようと心に決めたんです。今はそういう事は殆ど考えませんね。
最近はどんな俳優になろうと考えていますか?
ソン・ジュンギ 僕が現在ありがたくも享受しているこの栄光は、多くの先輩たちが表立つことなく積み上げてきた、その恩恵だと考えています。謙虚ぶっているわけではなく、今僕が映画産業に影響を及ぼす俳優であるなら、「卑怯な行動をしてはいけない」と思いながら仕事をするよう心がけています。「大きな俳優にならなければならない」とすごく考えてそうしているかどうかは別にして、そう思いながら働いています。実は昨日の夜中に、ホン·サビン俳優と軽くお酒を飲んだんですが、その時もそういう風に話しました。私がうまくやれているかどうかはわかりません。でもそういう気持ちでやろうとしていますし、『このろくでもない世界で』という映画でも、同じような思いで観客の方々に挨拶しています。特に最近は韓国映画の制作本数も、劇場公開の本数もかなり減りました。 だからこそそういう気持ちはより一層強くなります。
数日前にお子さんが生まれ、お父さんになりましたね。そのことによって、俳優としての心構えも変わった部分もありますか?
ソン・ジュンギ 僕は父親になって間もないので、この会場にもたくさんいらっしゃる人生の先輩たちほどはわかってはいないかもしれませんが、先ほどお話したのと似たような脈絡で、 俳優である以前の人間ソン・ジュンギとしても、後々に子供に胸を張れない父親にはなるまいという思いが、以前より明確になってきたように思います。そう考えると、仕事の上でも同様に「堂々といられる俳優になろう」という心構えで作品に取り組もう、そうしなければならないと強く思うようになりました。今回また韓国で『このろくでもない世界で』の本編を見て、「チゴンはヨンギュにそのような良い点を伝えてやることはできなかったんだな」と思ったのですが、余計なお世話と言われるかもしれないけれど、どんな大人も「次の世代に良い世の中を引き継いでやるのが務め」という思いを持っていると思います。多くの方々が見守られ、影響力を及ぼす俳優である私であればなおさら、そのような考えを持って仕事をしなければいけないのは当然のことではないかなと思います。
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7月26日(金)公開
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