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「今この映画をやらなければ、後悔しそうで」『このろくでもない世界で』を語るソン・ジュンギ

渥美志保映画ライター
photo by Shiho Atsumi

今回は昨年の釜山国際映画祭を訪れたソン・ジュンギが、出演最新作『このろくでもない世界で』について語った言葉を、インタビュー形式で2回にわけてお届けします。

前回の記事に引き続き2本目のこの記事は、映画祭の公式上映後のティーチインの模様を再編集したもの。アイドルスターのように思われがちなソン・ジュンギですが、鋭く深い質問が多い釜山国際映画祭のティーチインで、それにしっかりと答える彼の、作品に対する理解と考察には素晴らしいものがあります。

「観客との直接対話がすごく好き」と語る彼だけに、観客とのやり取りの合間の笑顔たっぷりの写真もお楽しみ下さい。

1回目の記事はこちら

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シナリオのどんな点に心惹かれたか教えて下さい。

ソン・ジュンギ 私は映画を暗示的にお見せしたいという思いが大きいんですが、そういう中で、家庭内暴力という同じ苦痛を経験したヨンギュとチゴンの2人が、同じ苦痛を経験しながら、他の選択、他の人生を生きるという点が、非常に魅力的に映ったんです。最初に台本を読んだ時に、ヨンギュの目の脇の傷と、チゴンの肉が裂けた耳が、すべてを暗示しているように感じました。この台本が与える重さと苦さにぐっと心を掴まれ、うまく表現できるという思いに大きく動かされ、今ここに座っているようです。

今回の映画はチャレンジングな作品だったと思います。自分が経験したことのない役を演じる上で、準備のために見た作品、参考にした作品はありますか?

ソン・ジュンギ 撮影を始める時、 特にリファレンスとまではいきませんが、自然に思い浮かんだ作品はありました。私がすごく好きな映画『無頼漢 渇いた罪』です。記者の方々とのインタビューでも一度お話したことがあるんですが、同作の中でも、キム・ナムギル先輩がチョン・ドヨン先輩に、当初はミッションのような感じで近づいていくんです。ナムギルさんがドヨンさんを好きになったのか、それとも刑事という職業柄で距離を縮めたのか、微妙な感じで惹かれてゆくところが、私にはとても魅力的に迫りました。あまりにも傑作ですし、そういうところが好きな人は多いと思うんですが、『このろくでもない世界で』にそれと似たようなものを感じました。チゴンはヨンギュを救おうと手を差し伸べたけれど、それは救いなのかそうでないのか。「アサムサ(わかるような、わかんないような)」という言葉がありますが、それ以外に表現する言葉がない、そういう点が魅力的でした。

photo by Shiho Atsumi
photo by Shiho Atsumi

チゴンという人物を演じる上で、どんな点を意識し、考えたのでしょうか?

ソン・ジュンギ チゴンを演じる時は、まず最初にヨンギュを演じるサビンさんが準備してきた演技についていこう、リアクションだけしようということを一番に考えました。チゴンらしくーーというか、なんというか、私達は「チゴン=生きている死体」という言葉をよく使ったんですが、じっと黙っているというようなことをすごく意識した上で、サビンさんの演技に反応だけしようと。

映画の中で、チゴンはヨンギュのために木箱を作っていて、ラストでヨンギュが自分のもとに戻ってくるのを待ち、箱の中に釣り針を入れていました。チゴンはあの時に、どんな事を考えていたんでしょうか?

ソン・ジュンギ 演出の意図の部分が大きいと思いますので、この質問に対して私が言えるのは、自分がどう考えていたかと言う部分だと思います。
あの木箱はヨンギュにあげるためにチゴンが作っていたものだと思いますが、より重要視していた点は、釣り針を入れずに渡すべきか、入れたまま渡すべきか、だったんじゃないかと思います。演じながらチゴンの答えを見つけられなかったので、私自身、チゴンという人物に一度聞いてみたいんです。
最初に台本を読んだ時からそうだったんですが、さっき「これはヨンギュにとって救いなのか、そうでないのか」という話をしましたよね。撮影中もずっとそれを考え続けていました。チゴンはヨンギュに300万ウォンを与えて助けたものの、実際には救っているのか、さらに人生を台無しにしたのか。船下に手を差し伸べたようで、むしろさらなる淀んだ深みにハメたんじゃないか。曖昧だと感じたその点が、箱の中にあるものに繋がっているように思います。そして、映画のラストに感じるものは、観客のみなさんそれぞれで異なると思いますが、それはみなさんにお任せしなければならない部分だと思います。

釜山映画祭での舞台挨拶の模様。左は主演のホン・サビン。photo by Shiho Atsumi
釜山映画祭での舞台挨拶の模様。左は主演のホン・サビン。photo by Shiho Atsumi

他の映画にはない、この映画ならではの魅力は何でしたか?

ソン・ジュンギ 俳優が作品を選ぶ時、作品の台本を最初に読む時、出演を決めた時というのは、その時の自分の考えや悩みなど、様々なことが大きく影響を及ぼすと思います。その当時、私は多くの作品を検討していたんですが、ここ最近で目にした製品は、無条件で正解とは言えないけれど、なんとなく、こんなにも似た作品ばかりなのは、個人的な趣味でそうなったのか、それともどれも映画の興行の公式によって作られているからかなのかなーーそんな感じがして、少し退屈に思っていたところでした。
そうした点について、違うと思うものに合わせるのではなく、何か他のものをーーと思っていた時に、この作品の台本を受け取りました。
例えばチゴンが貯水池でヨンギュに話す場面を見ると、草稿では、原稿用紙2枚半の分量なんですけど、ほとんどセリフがないんです。商業映画でそんなふうな、演劇のセリフみたいにやるジャンルは、リスクが大きいですよ。簡単なことではありません。とはいえ私は、この映画でやろうとする物語が気に入ったし、ややリスクはあるかもしれませんが、新しい試みだと思いました。今やらなければ、この年齢でやらなければ、後悔しそうで。
少し長くなりましたが、最後に。私は映画はとにかくメッセージ性を持つべきだとは思いません。むしろメッセージがあればあるほど、かつてのプロパガンダ映画のように、良からぬことも多いかもしれません。でもこの映画をやってみたいと私は思いました。私には彼らと同じ経験はありません。でも家庭内暴力の中にある少年ヨンギュと、家庭内暴力の経験ゆえに成長できない青年チゴンについての物語と、そこにあるメッセージを伝えるべきだと考えたんです。リスクはあるかもしれませんが、映画の中で上手く解きほぐせる話だと思いましたし、すごく魅力的な話になりそうだと考えたんですよね。

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photo by Shiho Atsumi
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このろくでもない世界で

7月26日(金)公開

(C)2023 PLUS M ENTERTAINMENT, SANAI PICTURES, HiSTORY ALL RIGHTS RESERVED.

映画ライター

TVドラマ脚本家を経てライターへ。映画、ドラマ、書籍を中心にカルチャー、社会全般のインタビュー、ライティング、コラムなどを手がける。mi-molle、ELLE Japon、Ginger、コスモポリタン日本版、現代ビジネス、デイリー新潮、女性の広場など、紙媒体、web媒体に幅広く執筆。特に韓国の映画、ドラマに多く取材し、釜山国際映画祭には20年以上足を運ぶ。韓国ドラマのポッドキャスト『ハマる韓ドラ』、著書に『大人もハマる韓国ドラマ 推しの50本』。お仕事の依頼は、フェイスブックまでご連絡下さい。

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