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「縄文人」の「腸内環境」は整っていた? 国立遺伝学研究所などの研究

石田雅彦サイエンスライター、編集者
(提供:イメージマート)

 考古学の分野では化石を調べることも多いが、糞便も化石として残る。縄文人の糞便の化石を調べ、縄文人の腸内環境がどうなっていたのかという研究が始まった。

腸内細菌叢とは何か

 腸内環境が乱れると、腸内に共生するウイルスや細菌(腸内細菌叢=腸内フローラ)が変化し、下痢や便秘はもとより、免疫機能が低下したり、がんの原因にもなったり、がんの免疫療法の効果に悪影響をおよぼしたりする。また、口の中などに共生するウイルスや細菌も歯周病の原因になったり、腸内細菌叢と同じように全身の病気に関係したりする。

 我々ヒトの歴史では、狩猟採集生活から農耕牧畜の始まりを経て近現代まで食生活に大きな変化があった。同じヒトでも、地域や環境によって食材や調理法などに違いがある。何を食べていたのかには、時系列と地理的な特性が表れているわけだ。

 こうした食生活は、腸内細菌叢にも影響をおよぼす。ヒトの成人の腸内には500種類以上、100兆個の微生物が共生していると考えられ、同時に細菌に感染するウイルス(バクテリオファージ)も多く存在するが、その種類や数は、母胎から受け継いだ内容、日々の食事、体調(ストレス、過労)、生活環境、投薬などに敏感に反応して変化する。

 腸内細菌叢を調べるためには、以前は採集した糞便の微生物を培養し、PCR増幅で増やしてから遺伝子などを調べていたが、現在では糞便の微生物を培養せずにそのまま、微生物の全ての遺伝情報(ゲノム配列)をまとめて網をかけるように(網羅的に)調べ上げる方法(メタゲノム解析、ショットガン法)が確立しつつある。その立役者となっているのが、次世代シークエンサーやバイオインフォマティクスなどの技術革新だ(※1)。

 一方、考古学や古生物学の分野では、化石化した糞便を調べ、古代の生物の食生活を知ろうとすることがある。例えば、モンゴルで発見された白亜紀後期の糞便の化石に魚のウロコや植物の葉が含まれていたことから、魚食性や雑食性の恐竜のものと推定されている(※2)。

縄文人の腸内細菌叢が次第に明らかに

 古生代の生物の糞便化石から遺伝情報を得ることは難しいが、まだDNAなどが残っている最近の地層から得た糞便化石を調べれば、その生物の腸内細菌叢についてわかるかもしれない。国立遺伝学研究所らの研究グループは、縄文人の糞便の化石を最新の遺伝子解析技術を用いて調べ、その中に含まれる腸内細菌叢のゲノム配列について手掛かりを得ることに成功し、国際的な学術雑誌で発表した(※3)。

 同研究グループは、これまでも縄文人の歯や骨からDNAを採取し、口の中のウイルスのゲノム配列を調べてきた(※4)。だが、糞便の化石に含まれるDNAは量も少なく断片化し、遺伝情報を得ることが困難だったという。

 だが、最近の技術進歩の結果、メタゲノム解析やショットガン法などを使い、少量の断片化した試料からも特にウイルス(特に細菌に感染するバクテリオファージ)のゲノム配列を得ることが可能になり、今回の成果につなげることができた。

 バクテリオファージ(ウイルス)のゲノム配列は、他の生物のそれよりも短いため、メタゲノム解析に適している。また、バクテリオファージは、腸内の細菌に感染することで、腸内細菌叢に大きな影響をおよぼしていると考えられているからだ(※5)。

 同研究グループが使ったのは、5500年前から7000年前(縄文時代前期)とされる福井県の鳥浜貝塚から出土した10つの糞便化石で、このうち4つの化石を解析し、縄文人の腸内細菌叢、特にウイルスの種類について調べた。

鳥浜貝塚。地図作成筆者
鳥浜貝塚。地図作成筆者

 詳しい微生物の解析はこれからというが、汚染(コンタミネーション)などを排除して調べたところ、糞便に含まれるウイルスの種類は腸内の細菌に感染して増殖するバクテリオファージがほとんどだったこと、現代人のバクテリオファージに類似していること、特定のバクテリオファージ(Siphoviridae viruses)が多かったことから縄文人の腸内細菌叢についての手掛かりになり得ることなどがわかったという。

 同研究グループは、縄文時代の他の遺跡から出土した糞便化石も調べ、腸内細菌叢のゲノム配列から縄文人の食生活や健康状態、長期的な腸内細菌叢の進化などについても明らかにしていきたいとしている。

※1:増岡弘晃ら、「腸内マイクロバイオーム解析の最新手法」、腸内細菌学雑誌、第36巻、149-158、2022年
※2:Paul Rummy, et al., "The first record of exceptionally-preserved spiral coprolites from the Tsagan-Tsab formation (lower cretaseous), Tatal, western Monglia" scientific reports, 11, Article number: 7891, 12, April, 2021
※3:Luca Nishimura, et al., "Metagenomic analyses of 7000 to 5500 years old coprolites excavated from the Torihama shell-mound site in the Japanese archipelago" PLOS ONE, doi.org/10.1371/journal.pone.0295924, 24, January, 2024
※4:Luca Nishimura, et al., "Identification of ancient viruses from metagenomic data of the Jomon people" Journal of Human Genetics, Vol.66, 287-296, 30, September, 2020
※5:Suguru Nishijima, et al., "Extensive gut virome variation and its associations with host and environmental factors in a population-level cohort" nature communications, 13, Article umber: 5252, 6, September, 2022

サイエンスライター、編集者

いしだまさひこ:北海道出身。法政大学経済学部卒業、横浜市立大学大学院医学研究科修士課程修了、医科学修士。近代映画社から独立後、醍醐味エンタープライズ(出版企画制作)設立。紙媒体の商業誌編集長などを経験。日本医学ジャーナリスト協会会員。水中遺物探索学会主宰。サイエンス系の単著に『恐竜大接近』(監修:小畠郁生)『遺伝子・ゲノム最前線』(監修:和田昭允)『ロボット・テクノロジーよ、日本を救え』など、人文系単著に『季節の実用語』『沈船「お宝」伝説』『おんな城主 井伊直虎』など、出版プロデュースに『料理の鉄人』『お化け屋敷で科学する!』『新型タバコの本当のリスク』(著者:田淵貴大)などがある。

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