ちば映画祭『本気のしるし』スペシャルトーク(深田晃司×福永朱梨×成馬零一×松崎まこと)
8月22日。アテネ・フランセ文化センターにて「ちば映画祭inアテネ・フランセ文化センターvol.2 連続ドラマ『本気のしるし』全10話一挙上映&スペシャルトーク」が開催された。
『本気のしるし』は、会社員の青年・辻一路(森崎ウィン)が謎の女・葉山浮世(土村芳)に惹かれていく姿を描いた異色の恋愛ドラマ
原作は星里もちるが2000~2年に「ビッグコミックスペリオール」(小学館)で連載された漫画『本気のしるし』(全6巻)。全話の演出を映画『淵に立つ』、『よこがお』などで知られる映画監督の深田晃司が担当した。
昨年、メ~テレ(名古屋テレビ)で制作・放送された本作は、ローカル局の深夜ドラマでありながら大きな反響を呼び、2020年度の民間放送連盟賞 番組部門「テレビドラマ番組」の優秀賞を受賞し、今年の10月7日から『本気のしるし〈劇場版〉』が公開。
また、本作は第73回カンヌ国際映画祭「Official Selection 2020」に選出された。
「Official Selection 2020」は新型コロナウィルスの影響でイベントが中止となったことで新設された部門で、本作のようなテレビドラマを編集した映画が選ばれるのは異例のことである。
アテネ・フランセのイベントでは、深田晃司監督が昨年制作したテレビドラマ『本気のしるし』の一挙全10話の上映がおこなわれた後、映画活動家の松崎まこと司会のもとで、深田晃司監督、劇中でみっちゃんこと藤谷美奈子を演じた福永朱梨、ドラマ評論家の成馬零一による、スペシャルトークがおこなわれた。
トークは、新型コロナウィルスに配慮してZoomによるリモート配信ライブとなり、配信ならではの機材トラブルに見舞われながらも、ドラマにまつわる深い話が多数展開された。今回はスペシャルトークを再構成した記事を掲載する。
※(辻一路の辻は二点しんにょうが正式表記)
※(トークにはドラマ本編のネタバレがあります)
松崎まこと(以下、松崎) 皆さん見えてますか?……あっ手を振っている。すごく原始的な(笑)。リアクションがあるとありがたいです。司会の松崎まことでございます。本日はよろしくお願いします。
深田晃司(以下、深田) 『本気のしるし』の監督を務めた深田と申します。全10話の連続ドラマですが、今回はわがままを言って全部一人で監督させていただきました。アテネ・フランセ文化センターはよく利用させていただくのですが、椅子が硬いので皆さんの腰が大丈夫だったかと心配です(笑)。ここは思い出深い映画館です。アテネ・フランセが主宰する映画美学校の生徒だったので21歳の時に初めて自主映画を上映したのもこの映画館でした。そういうこともあって今日は非常に感慨深いです。短い時間ですが、よろしくお願いします。
福永朱梨(以下、福永) 本日はお暑い中、ご来場いただきありがとうございます。『本気のしるし』でみっちゃん役を演じました福永朱梨です。トークも最後まで楽しんでいただければと思います。よろしくお願いします。
成馬零一(以下、成馬) ドラマ評論家の成馬零一です。『本気のしるし』は、昨年、原稿を書いて以降、いろいろと縁がありまして、Yahoo!ニュース個人で深田監督と土村芳さんにインタビューさせていただきました。思い入れの深い作品だったので、映画化が決まってとても良かったと思いました。よろしくお願いします。
ドラマ『本気のしるし』特集1 イベントルポ&深田晃司監督インタビュー
ドラマ『本気のしるし』特集2 深田晃司&土村芳 Wインタビュー
松崎 『本気のしるし』は深田晃司監督の今までの経歴を考えると、驚くことが多くて…。まず、テレビで連続ドラマを撮るってことが驚きだったと思うんですよ。更に星里もちるさんの漫画原作という。ラブコメ漫画をたくさん描いている人気のある漫画家さんですけど、『本気のしるし』という作品を知らなかったので、深田監督が、ラブコメを撮る? と、いろんな疑問符が見る前はたくさんあった作品でした。そもそも、深田監督は、なぜ、この漫画をテレビドラマ化されたのですか?
深田 『本気のしるし』は20歳の時に単行本で読みました。元々、星里もちるさんの作品は『りびんぐゲーム』や『夢かもしんない』を読んでいたのですが、物語の組み立て方とかキャラクターの設定ややりとりがすごく上手いんですよ。漫画的誇張は抑えめで、リアリズムがベースにあるのも面白かった。そんな中、『本気のしるし』は、ラブコメが得意な星里先生がラブの要素はあるけどコメディの要素のない作品を描き、異様な迫力があります。その一方で、ストーリーテリングの面白さは残っていて、読者を引き込む力のある作品でしたので、これは「ドラマ化したら面白い」と当時から思っていました。
映画にして一般的な2時間の尺に収めるためにはかなり端折らないといけないですし、どんどん転がってく展開が連続ドラマ的だと、いろんな人に話していたのですが、プロデューサーの戸山剛さんが『淵に立つ』を作ったメ~テレに話をもっていき、忘れた頃に「決まったからやるよ」という話になりました。それが2016年ぐらいですね。2~3年くらい脚本開発をして19年の夏に撮影しました。
松崎 朱梨ちゃんは、撮影のことで何か思い出すことはありますか?
福永 一年前ですが、もうすでに「懐かしいなぁ」というのがありますね。ちょこちょこ試写会等でスタッフの方や監督とはお会いしていたので、ずっといっしょに戦っているような感じがあります。
松崎 民放のテレビドラマはだいたい1クールで終わっちゃうじゃないですか。好評だと特番とか作られはするけど、テレビがそのまま劇場版になるというのは、すごいですよね。
深田 3時間52分(232分)です。
松崎 ほぼほぼ完尺ですね(笑)。このドラマって、反響がじわじわと広がっていく感じがありましたが、なんでこんなに広がったんでしょうか?
成馬 基本的には作品の力だと思うのですが、もう一点大きかったのは、GYAO!やTVerで見逃し配信されていたことですね。僕はテレビで本放送を観られる環境ではなかったのですが、放送されることは知っていたので、まずはTVerの見逃し配信で第一話を観ました。見終わった後、「これはスゴイ」と思ってリンク先といっしょにツイートしたのですが、当時、同じようなことをSNSでやっていた人が多かったのだと思います。ですので、連続ドラマの中でも特殊な事例というか。ネット時代じゃなかったら、また違った観られ方をしたのだと思います。
松崎 そうですね。ローカル局で放送されたものは昔だったら誰かがビデオに撮ったものを借りて見せてもらうしかなかったので、どうしても1テンポ、2テンポ遅くなっていたのがSNSを通して、リアルタイムで広がっている感じはありましたよね。
深田 テレビドラマは初めてだったのですが、毎週々々、反応が返ってくるのが、すごく新鮮でしたね。映画も反応は返ってくるのですが、30分一話ずつの放送だったので、細かい感想が毎週届くのが新鮮でした。やっぱり、ネットで見てくれている方が多くて、移動中にスマホで見ているという人もいました。ですので、今まで映画の感想をいただいた時とはだいぶ違いましたね。
松崎 テレビと映画では、リアクションはだいぶ違いましたか?
深田 映画ならスルーされるちょっとしたシーンの感想も聞こえてくるのが、今までと違うことでしたが、感想そのものは映画の時と大きく変わらなかったと思います。多かったのは「ドラマっぽくない」という感想ですね。そんなドラマらしくないところを面白がってくれた人が多かったのかなぁと思います。おそらく今回、もっとも楽しんでくれたのは、星里もちる先生だったと思うんですよ。毎回、ものすごい勢いで実況中継していただいたので。
松崎 原作者が実況中継(笑)。
深田 星里先生が、ものすごくドラマを好きなんですよ。いろいろなドラマの実況をよくされていたことはTwitterで知っていて、ときには厳しい意見も書かれていたので、緊張感がありましたね。幸い『本気のしるし』はすごく楽しんでくれて。原作のキャラクターを出演俳優に寄せて描いてくださったんですよ。
福永 ピンク髪、みっちゃん。星里先生にサインも描いていただきました。
深田 漫画ではガングロギャルだったのが00年代初頭ですよね。
福永 金髪でしたね。みなさんの感想が毎回楽しみで、自分でもつぶやいて、みんなの感想も毎週検索して読んでいました。家族も見逃し配信で見てくれていて、高校の時の先生が「福永さん見ましたよ」と連絡をくれたのも、すごく嬉しかったです。
松崎 ドラマと映画の違いについては、成馬さんから見てどう思いましたか?
成馬 演出と劇伴の使い方が一番違いますよね。僕は『本気のしるし』を入り口に深田監督の作品を知って、遡る形で過去作の映画を観たので「なるほど」と思ったのですけど、最初はなにか異様でしたよね。僕にとってこのドラマは、一言で言うと「不穏」なんですよ。「不穏」を映像にするとこうなるという。何より、辻が何を考えているのかわからないのが一番驚きました。辻が「めんどくせえな」と言う冒頭は何度、見返してもギョっとします。ドラマって映画好きの方から観ると、説明過多なところがあると思うですが、説明的な部分を省いていった結果、映像だけがそこにあるという感じが、すごく面白かったですね。
松崎 そこが新鮮に映ったという感じですね。
成馬 ローカル局の深夜ドラマだったので、変わった作品が好きな人に好意的に受け止められたのだと思います。これが民放のプライムタイムで流れていたら、どう受け止められていたか、わからないですよね(笑)
松崎 そういうチャレンジも見てみたいですけど。そんなに制約はなかったのですか?
深田 キャストに関しては、この人を使ってほしいという要請が一つもなかったんですよね。ですので、こちらとしては「演技を見てから決めたい」とお願いして、森崎ウィンさんも土村芳さんも、オーディションで決定しました。まぁ、当たり前と言えば当たり前なんですけど。福永さんも、ものすごい人数の中から選ばせてもらいました。
脚本開発には脚本の三谷伸太朗さんやプロデューサーが参加して、みんなで「ああだこうだ」と言いながら作りました。脚本開発は時間をかけたんですけど、そこでも局(メ~テレ)からの強制のようなものはありませんでした。
松崎 朱梨ちゃんが演じたみっちゃんのキャスティングは、どういうところを大切にしたんですか?
深田 オーディションでは、事前に脚本を2~3シーン渡して覚えてきてもらい、二組に別れてその場で演じてもらいました。5分程度、時間をとって合わせてもらってから演じてもらったのですが、みっちゃん役は人数が多かったので、シーンは1つでした。
今思うと、なんでこのシーンを選んだんだろうと思うのですが「浮世と対面してケンカする」という、みっちゃんが浮世をなじる場面を演じてもらって。その時の怒り方が一番良かったのが決め手となりました。
福永 ははは(笑)
深田 あのシーンは原作にはない場面なんです。かわいらしさを演じている女の子の役なのに、怒っている役で判断してしまったのですが、浮世との接し方を見て、きちんと共演者とコミュニケーションを取れる方にお願いしたいと思って。福永さんは怒るにしても相手との受け答えがしっかりとできていたのがよかったですね。三谷さんの発案で「辻さん」とかわいらしく声をかける場面も演じてもらいました。その声の賭け方も、決め手となりましたね。
松崎 朱梨ちゃんは、オーディションの時のことは覚えていますか?
福永 すごく覚えています。練習時間があるのも初めてだったし。三谷さんから「辻さん」と呼ぶ場面をやってくれと言われた時は、4人中4番目だったんですよ。先に「かわいい」言い方、「元気な」言い方、「しっとりした」言い方を、一通り言われてしまったので、どうしようと思って、ふつうに「辻さん」と言った後、照れて「はい」って言って終わらせちゃったんですよ。それで「もういいんですか?」って感じに、みなさんがなって、その時点で「絶対に落ちた」と思ったんですよ。自分では。
深田 それが逆によかったのかなぁと思いますね。原作だとみっちゃんは美少女キャラなんですよ。ラブコメや漫画の実写化だとそういう役だと演技が妙にぶりっこになってしまいがちなのですが、みっちゃんのキャラも実写にするとそうなりかねない危うさがあった。だから、過剰に猫を被ってない「辻さん」という言い方を、採用したのだと思います。
松崎 朱梨ちゃんはどのような意識で演じたのですか?
福永 練習時間があるということは、演者とのコミュニケーションも観られているのではないかと思いました。深田監督の作品は今まで観ていたので、自分がやりたいことを主張するというよりは、相手の反応を汲み取ることを一番に意識していました。
松崎 実にクレバーな。今までインディーズ映画の現場などを経験されていますが、深田監督の現場は、いかがでしたか?
福永 たとえば、俳優の中にいろんな演技プランがあったとして、それを一度見せてから採用するかどうかを考えていただく時間があるんですよ。俳優、スタッフの意見を監督が汲んで、じゃあその中で一番いいのは何だろうと考えてくれたので、私はすごくやりやすかったです。私は他のキャストの方にくらべると新人みたいなものだったので、すごく緊張していたのですが、いっしょにアイデアを出して演じられたので、すごく自由でいられました。
松崎 感情の流れはどうでしたか? みっちゃんは、最初はぶりっ子的な感じですが、途中で真相を知って(髪の毛を)ピンクに染めてしまうという流れがありますけど。撮影は順撮りですか?
深田 大まかには、脚本に沿って撮りました。スケジュールやロケ地の都合で場所を優先して撮る時に前後することはありましたが、福永さんの出番はほとんど会社なんですよ。それも、まとめて撮るという感じではなく間を明けて撮るという感じだったので、比較的順撮りだったと思います。
福永 そうですね。ほぼ順撮りだったと思います。
松崎 そうなると俳優としては…。
福永 はい。ありがたかったです。
松崎 ピンクは本当に染めたんですか?
福永 はい。二回ブリーチして染めました。ピンクが蛍光というよりは白がかったピンクだったので、液を薄めて調整しながらやったんですけど、結構、時間がかかりました。
松崎 髪は、しばらくそのまま?
福永 撮影終わってすぐにオーディションがあったので、二週間ぐらいで黒に戻しました。
松崎 あの髪でオーディションには行けないですよね(笑)
福永 街を歩くと、すごく見られました(笑)
松崎 オーディション以外のキャスティングはいかがでしたか?
深田 宇野祥平さんには、こちらからお願いしました。20歳ぐらいの時から交流があって素晴らしい俳優さんだと知っていたものの今までご縁がなかったので、今回、お願いできて嬉しかったです。ご本人は原作を読まれて「絵と違うけど大丈夫?」と心配されていました。原作はもっとヌメッとしてるというか…。
松崎 チャラい感じですよね。
深田 「本質として「この人はヤバいぞという感じ」があれば大丈夫です」と、お伝えしました。
松崎 宇野さんも“不穏さ”のある俳優で。
深田 浮世に夫がいたことがショックで、次に(夫の)正を観てショックを受けるんですけど、誰だったら面白いかなぁと思って選びました。宇野さんはアドリブが多くて、突然ぶっこんでくるんですよ。第5話の最後に辻の家でビールを飲みながら浮世の過去の話をした後、正が勝手に冷蔵庫を開けておかわりするんですけど、あのシーンは脚本にはないものの宇野さんがアドリブで差し込んできて、面白かったのでOKを出しました。
松崎 宇野さんは自分で正のキャラを考えてそういう演技をしたんですかね。
深田 キャラを考えてと、何をやったら面白いかを考えてのことだと思いますね。多分直感的に。アドリブは面白い時と面白くない時があるのですが、宇野さんのアドリブはいつも面白くて。ただ、あまりに面白くて共演する俳優さんが笑ってしまうこともあるんですよね。
松崎 不穏さを増す要素として宇野さんのキャスティングは面白かったですね。脇田真一を演じた北村有起哉さんは、どのような経緯で決まったのでしょうか?
深田 脇田役も難航しましたね。北村さんは他の作品で観ていたのですが、キャスティングの方から「北村さんどうですか?」と言われてはじめて意識しました。原作ではもう少し若い設定なので、最初は北村さんのことを意識できなくて、でも飄々というか、この人には敵わないなという超然とした感じがあったので、北村さんにお願いしました。
辻の動機について
成馬 今回、改めて見直して、やっぱり辻のことが一番気になったんですよ。話が進むごとに、辻の動機(なんで浮世と関わるのか?)が主題のようになっていったと感じたのですが、監督はどのように考えていたのですか?
深田 原作には(辻の)モノローグがあるので、動機がある程度わかりやすくなっているんですよ。でも原作でも明確な目的があって行動しているという感じではないんですよね。
ただ、自分はそこがリアルだと思ったんですよ。
成馬 そうなんですよね。
深田 自分たちも人生の目標はこれだ。と思って行動しているわけではなくて、細かい欲求の積み重ねが人生を前に進めている。原作の方でも、浮世に惚れた理由として、肉体的な欲望や性欲が、より生々しく描かれていますね。そういった「なんとなくその場その場で惹かれていった」ということが辻の原動力となっていて。このあたりは脇田が引いた視点で繰り返し指摘しますよね。
成馬 辻が話さない代わりに、脇田が本質的なことを言いますよね。脇田が「~なんじゃないのか?」って聞いて、辻が「違う」と反論することで物語が進んでいく。だから「辻は何を求めているのか?」という動機の謎が物語の推進力となっていた。脇田が「地獄を見たいんじゃないか?」と言いますよね。だから辻の中に破滅願望みたいなものがあったのかなぁとも思いました。
深田 浮世は、自分を変えたいという辻にとって、背中を押してくれる好都合な存在だったんじゃないか? と脇田が指摘しますよね。同時にそこで、都合よく男に利用されてしまう浮世の悲しさも際立つわけです。峰内大介(忍成修吾)にとっても辻にとっても、浮世は都合が良く利用される存在であるという悲しさが重なってくるのが原作のうまさですよね。
松崎 原作では辻がああいう人間になってしまったエピソードが描かれていますよね。そこが省かれているから成馬さんがおっしゃった印象が強くなるのかなぁと思います。でもその方が、面白いですよね。
深田 原作では大学時代に付き合った女性にてひどい振られ方をして女性不信みたいになるんですよね。
松崎 そのエピソードが出てこなかったのが、逆にすごく振り切っていると思いました。
深田 ありがとうございます。
会場からの質問
――監督に質問です。細川先輩を演じた石橋けいさんの印象が今までと違ったので出演していることに最初は気づかなかったのですが、外見に関するオーダーはあったんですか?
深田 石橋さんには、こちらからお願いしました。元々、劇作家で映像作家でもある山内ケンジさんの演劇や映画、CMに出演されていてすごく印象深くてお願いしたのですが、見た目に関して特別な注文は出していません。物語の後半に細川先輩の中にある憑き物が落ちて開放される姿を、髪型がロングからショートになることで雰囲気を一新することで表現していますが、髪型を変えるというプランは石橋さんから提案して下さったものです。
松崎 俳優さんの役に対する解釈でそうなったという感じですね。
深田 自分もとても良いアイディアだとと思いました。
松崎 ありがとうございました。他の方はどうでしょうか?
―― 辻と浮世の台詞がまったく同じものがあったのですが…。
深田 「よくぞ、気づいてくださった」と思うのですが、意図的に辻と浮世の台詞を同じにしている場面があるんですよ。そこは比重を置いているポイントで、辻が細川さんに投げかける「先輩は一人でも大丈夫」と「頭の中で警報がなっている」という言葉を、後々辻は浮世から言われることになる。それがやりたくて。つまり、すごく似たもの同士の恋愛ってことですね。「誰かを選ぶということは誰かを選ばない」というのが恋愛の残酷さですが、そこは力を入れたところだったので気づいてくれて嬉しかったです。
成馬 辻が脇役に見える瞬間が何回かありましたよね。浮世と正の会話になって「いいの?」って言った瞬間に違う話がはじまるというか。
深田 三角関係の面白さですね。
成馬 このドラマってそういう瞬間が何度もあって、自分が主役だと思っていた人が脇役に落とされる瞬間が面白いですよね。
劇場版の尺の長さについて
松崎 劇場版は3時間52分もあるわけですが、インターミッションはあるんですか?
深田 あります。ドラマでいう5話目が終わったところで。その間にトイレ行ってまた戻ってきていただければ。
松崎 『アラビアのロレンス』みたいなことになってる。
深田 以前、アテネ・フランセで王兵(ワン・ビン)の『鉄西区』を観たんですけれど、あれは9時間ですよね。その半分以下なので。
一同(笑い)
深田 試写会を観てくれた方は概ね時間を感じなかったと言ってくれてますね。
福永 試写会で一歩先に観させていただいたのですが、休憩なしでも大丈夫でした。
松崎 ドラマ版との違いは?
深田 申し訳ないのですが、だいたい同じなんですよ(笑)。基本的にはCMと最後のエンドクレジットをカットしてつなげて観ているという感じです。ただ、大体、同じなんですけど、同じじゃないと思っていて。一度、CMをカットしただけのものをまとめたのですが、ちょっと辛くて。ドラマ用に作られているので、23分ごとに山場が来るのですが、映画の感覚で観ると、どうしても単調で、「映画の時間」になっていない。そこをどう崩していくかというのが課題でしたね。前半の方が同じことの繰り返しなので長く感じるんですよね。
ドラマだと、前半はどんどん引き込まれるんですけど、後半はスピードが上がって乱高下するので、一週見逃すだけついていくのが難しかったのですが、映画だと、後半の方が気にならなかったです。だから前半は、エピソードを2つ3つ抜いています。何シーンかカットして編集のリズムを変えましたが、後半の方は、ほとんど変えてないんですよ。
逆に音響は直しています。ですので、印象はだいぶ違うと思うと思うので、ドラマ版をご覧になった方も是非、観ていただけたらと思います。
松崎 画面のルックは変えてないんですか?
深田 グレーディングの調整はしています。テレビで観る明るさと劇場で観る明るさはやっぱり違うので。
松崎 朱梨ちゃん。映画版はどうでしたか?
福永 編集もドラマ版とは全然ちがって……あっ、すっごく言いたいとこがあるんですけど、ネタバレになっちゃうので(笑)。休憩はなくても大丈夫でした。ぶっ通しで観ても楽しめます。ドラマ放送時にTwitterで感想をつぶやいてくださった時に「#本気のしるし沼」というハッシュタグが流行ったのですが、まさに、どっぷり浸かれますので「映画版、これはたまんないな」って感じでした。
松崎 「テレビでハマった人も、ハマること間違えなし」ということで。
福永 絶対、観てほしいです。
松崎 カンヌ映画祭に選ばれましたが。
深田 今回は残念ながら開催自体は中止になってしまって。開催されていたらこの作品が上映されていましたという「Official Selection 2020」として発表されました。
松崎 残念でしたね。本当なら深田さんと朱梨ちゃんがカンヌの赤じゅうたんの上を歩いていたのに。
福永 行きたかった~。
深田 こればっかりはね……。
福永 しょうがない…。残念です。
松崎 選ばれたのは「劇場版」ですか?
深田 はい。ただ完成版ではなくて、編集だけを固めたものを観て審査していただきました。
松崎 反響はいかがでしたか?
深田 プログラマーの選評が届いたのですが、自分(深田晃司)の最高傑作、とにかく俳優が素晴らしくて、まだまだすごい才能が眠っていると絶賛していただきました。
松崎 はじめから劇場版は、狙っていたのですか?
深田 考えていなかったですね。クラウドファンディングのイベントで、『本気のしるし』をスクリーンで上映したのですが、その時に初めて、つなげれば映画としてもイケるんじゃないかと思いましたね。 あと、ドラマ版は届けることができない地域が多かったので、だったら劇場版ということで全国のミニシアターでかける方がいいんじゃないかと思いました。やっぱり、これだけ良い俳優に出ていただいて良いパフォーマンスしてもらったので、放送されていない地域に映画で届けたいと思いましたね。
松崎 劇場版の話は、深田さんの方から?
深田 そうですね。メ~テレさんの方も手応えを感じていてくれて、せっかくだからやろうという流れに自然になりました。
松崎 朱梨ちゃんは、連ドラで一度区切りになった後、映画化されるというのは、どう思われましたか?
福永 すごく嬉しかったです。カンヌに行ったので、エンドロールにローマ字で名前が書いてあってそこで「カンヌに出品されたんだ」と実感しました。
深田 よかったのは、長尺で上映できたことですね。連続ドラマなら、映画よりも尺が長いので、原作の持ち味を残すことができますが、むりやり2時間に収めるとなると色々なシーンをカットして、原作の持ち味が失われていたと思うんですよ。漫画原作の映画化では原作のダイジェスト版みたいになってしまうものが多いので、そこまでして映画にはしたくないという気持ちがありました。そもそも4時間の映画として企画を出しても、普通は絶対に通らないですし。
松崎 そりゃ、そうですね(笑)
深田 でも、連続ドラマというのを一回噛ませたことで、映画化できた。
松崎 予期せぬ方向に良い意味で転がっていったということですよね。ドラマの映画版というのは山のようにあるけど、『本気のしるし』のような長尺は今までに例がないんじゃないですかね。
成馬 こんなに長いのはないですよね。やるとしても前後編に分けると思うんですけど(笑)おそらく深田監督の中では、一気に観てもらうことに意味があるんですよね。今って、映画とドラマの境界が崩れてると思うんですよ。たとえばNetflixで放送された『ROMA/ローマ』や『アイリッシュマン』は映画なのか? ドラマなのか? という発表形式の問題もありますし、テレビドラマにも『本気のしるし』を筆頭に、映画的な映像も増えています。そう考えた時に「尺の問題って、どう考えるべきなんだろう?」と思いますね。映画って、90~120分ぐらいで独立した作品が理想の形式だと考えられてきたわけですが、例えば『アベンジャーズ』等のマーベル・シネマティック・ユニバースの映画はストーリーが繋がっているわけですよね。そう考えると、単品で独立した映画という形式が今後どうなってくるのか?
深田 映画ファンとしてみると90分ぐらいが程よい長さなんですけど、4時間ぐらいあるジャック・リヴェットの『美しき諍い女』も、やっぱり面白いんですよ。王兵の映画も9時間くらいあるんだけど、あれって変なもので、5時間を超えたあたりから変な脳内麻薬が出て気持ちよくなるんですよね。おそらく王兵の映画は雑事の誘惑と戦いながら、家のテレビモニターで観ていたら耐えられないと思うんですよ。外界から遮断された映画館でみるのが相応しい。だから、映画の時間ももっと可変的でいいのかなぁと思います。もう一点、思ったのはアップについてです。今回、テレビドラマだからアップを増やそうとは考えませんでしたが、引きの絵やワンシーン・ワンカットが多いことに対して「見にくい」という批判的な意見も、特になかったんですよね。だからテレビドラマだから「寄り」を増やさないといけないというのは、意外と業界の思い込みなんじゃないかと思いましたね。
松崎 確かに「寄り」を多くしないといけないというのは、テレビ画面が「4:3」スタンダードサイズだった頃の名残りなんでしょうね。ほぼ真四角に近いアスペクト比で幅が使えないから「アップにしないといけない」という。今は大画面で観ている分には変わらないですし。ただ、逆にスマホでみているケースもあるので難しいところですが、確かに多様性という意味では、昔ほどアップで撮らないといけないということはなくなってきていると思いますね。
成馬 『本気のしるし』の引きの絵は映画館でみたいですよね。
コロナ禍をどう描く?
松崎 そろそろまとめに入りたいと思います。みなさん4時間ぐらい本編を観てからトークを一時間くらい聞くという地獄のような体験をしているわけですから(笑)硬い椅子に座って観ているわけで。劇場公開はいつでしたか。
深田 一番館はシネ・リーブル池袋で10月9日から公開です。それ以降、随時公開していきます。あと、面白かったら原作も是非読んでいただけたら。
松崎 比べると面白いですよね。6巻一気に読めますし。ラストも全然違いますし。
深田 違いますね。原作の方がさわやかな終わり方ですね。
松崎 朱梨ちゃんは何か告知はありますか?
福永 『彼女はひとり』という中川奈月監督の映画に出演します。「田辺・弁慶セレクション」の一作としてテアトル新宿とシネ・リーブル梅田で、もう少し涼しくなった頃(※)に上映されると思いますので足を運んでいただけたら嬉しいです。
※11月29日~12月2日にテアトル新宿、シネ・リーブル梅田12月23日に上映が決定。
松崎 去年の「第13回 田辺・弁慶映画祭」で、朱梨ちゃんは俳優賞を受賞されまして。田辺弁慶映画祭で受賞すると翌年、テアトル新宿とシネ・リーブル梅田でかかるという流れがありまして、本当は6月に上映する予定だったのですが、このご時世ですので伸びてしまいまして。こちらは全然、みっちゃんと違う不穏な朱梨ちゃんが見られるので是非、よろしくお願いします。
福永 でも、そっちでも復讐はしてます(笑)
松崎 成馬さん、何か告知は。
成馬 特にないです。
深田 今、オススメのドラマはなんですか?
成馬 今はコロナ禍をどう描くのかを気にして観ています。その意味で面白いのはリモートドラマですが、これが今後残っているのかどうかですよね。今回、『本気のしるし』を見直していて複雑な気持ちになったのは、冒頭のコンビニのシーンですよね。今はビニールカーテンがかかっていて、店員はマスクをして対応しているわけで。実写映像って現代を舞台にした作品だと、意図せざるところで現実の変化を切り取ってしまいますよね。
松崎 それは面白いですね。コロナで街の風景が変っちゃってるわけですから。出ている人がみんなマスクしてるドラマとかどうなんだろうと。
成馬 逆に深田監督に伺いたいです。作り手の人は今後どうするのかと? 今後、現代を舞台にした作品を撮られる時に、街の風景などはどうされるんですか?
深田 これはわからないですよね。ある程度、予言的にならないといけないところがあるのですが、今回のコロナって世界が同時多発的にひとつの災厄を経験しているわけで、本当に第二次世界大戦以来なんじゃないかと思うんですよ。戦後の映画はロマンチックコメディであっても戦争の記憶が残っていたわけで、コロナの記憶は残らざるを得ないのだと思います。コロナとどの程度向き合って描くのかは作家それぞれで、プロデューサーの中にはコロナを一切見せないという人もいるし、逆に描かないといけないと思っている人もいます。マスクをしていると表情が見えないので、映画にとっては大きな足枷になるんですよ。ですが、これまで何度もテレビで観てきた宮崎駿監督のアニメ映画『風の谷のナウシカ』をはじめて先日映画館で観たのですけど、腐海の物語だから、結構マスクを付けている場面が多いんですよね。
一同 あぁ~。
深田 それでも十分見られるし、だからやり方は色々あると思うんですよ。ただ一点あるのは、今世界的にコロナの影響を受けているので、来年の映画祭とかはコロナ禍を題材にした作品が多数出てくると思うんですよ。だからコロナ大喜利じゃないですけど、コロナをどう描くかという競争が始まっているようなプレッシャーを感じるのは、少し辛いですね。
松崎 いずれにしても意識せざるを得ないですね。無視するにしても。
深田 普遍的なことを描くという意味では、コロナが来る以前も今もやることは変わらないので、大丈夫だとは思うので、がんばります。
『本気のしるし 劇場版』は現在公開中
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