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野木亜紀子脚本WOWOWドラマ『連続ドラマW フェンス』北野拓×高江洲義貴プロデューサー対談(前編)

成馬零一ライター、ドラマ評論家
『連続ドラマW フェンス』場面写真 写真提供=WOWOW

 WOWOWで現在、日曜夜22時から放送されている『連続ドラマW フェンス』は、沖縄を舞台にしたクライムサスペンスだ。

 物語は雑誌ライターのキーこと小松綺絵(松岡茉優)が沖縄で起きた米兵による性的暴行事件の真相を追っていく姿を通して、日米地位協定の問題点や米軍基地の辺野古移設をめぐる反対運動といった沖縄が抱える様々な問題点を見せていく社会派ドラマとなっている。

 脚本を担当するのは『アンナチュラル』(TBS系)や『MIU404』(同)といったドラマで知られる野木亜紀子。そしてプロデューサーはNHKエンタープライズの北野拓が担当。

 野木と北野がタッグを組むのは、2018年にNHKで放送されたドラマ『フェイクニュース あるいはどこか遠くの戦争』以来となるが、今回の『フェンス』は沖縄の基地問題と性的暴行という難しい題材に挑んだ意欲作となっている。

 この野心的な社会派ドラマは、どのような経緯で生まれたのか?

 プロデュースを担当するNHKエンタープライズの北野拓とWOWOWの高江洲義貴に『フェンス』について、三回にわたって対談していただいた。

野木亜紀子脚本WOWOWドラマ『連続ドラマW フェンス』北野拓×高江洲義貴 プロデューサー対談(前編)

『連続ドラマW フェンス』場面写真 写真提供=WOWOW
『連続ドラマW フェンス』場面写真 写真提供=WOWOW

――沖縄が舞台のドラマを作ろうと思ったきっかけを教えてください。

北野:僕はNHKに入って、新人時代に事件記者として沖縄局で勤務していました。米軍関係者による事件事故を取材する機会が多かったのですが、米軍関係者による犯罪が沖縄でどのように捜査され、裁かれているのか、本土の人には全く知られていないと感じていました。

――米兵が公務中に起こした事故や事件は、日本側に裁判権がないことや公務外でも捜査が自由にできないなどの日米地位協定の問題ですよね。ドラマを観たことで、その理不尽さと複雑な背景が実感できました。

北野:当時、成人式で沖縄に帰省した青年がバイクを運転中に米軍関係者の車に衝突されて亡くなった事件を取材したのですが、当初遺族は米軍側の処分がどうなったのかも知らされていなかったんです。それで米軍側に問い合わせたら免許停止の処分だけで。遺族の方が涙ながらに「息子の命が軽く扱われ過ぎている」と訴えられていたのが忘れられません。あとは公務外のひき逃げ事件も取材したのですが、基地の中に容疑者がいて任意の事情聴取に応じなかったため、県警側の捜査が難航しました。こうした日米地位協定に関わる基地問題の多くは生活被害で、実際に沖縄の人が被害を受けている。こうした沖縄の現実を本土復帰50年というタイミングで描きたいと思いました。

――今回は、WOWOWでの放送となりましたが、プロデューサーの高江洲義貴さんとはどのような経緯で知り合ったのでしょうか?

北野:僕が震災から10年目の特集ドラマ『あなたのそばで明日が笑う』でご一緒した脚本家・三浦直之さんの脚本協力をしている稲泉広平さんという友人で漫画の編集者が、実は高江洲さんの同級生で。

高江洲義貴(以下、高江洲):彼が初めて編集した漫画『ダブル』を僕がWOWOWでドラマ化しました。

北野:稲泉さんに『フェンス』の企画がなかなか着地しないことを相談していたら、WOWOWにとても人柄が良くて沖縄への想いもある普天間出身のプロデューサーがいるから、彼に企画を相談したらどうか?と提案してもらいました。それで高江洲さんに企画書を持って会いにいったら「是非やりたい」と言ってくれて。僕も高江洲さんも「沖縄の人が見て、リアリティがあると思えるドラマ」が作られていないと感じていたんです。

――高江洲さんは『フェンス』の企画書を見た時にどのように思いましたか?

高江洲:正直、怖かったです。いくらWOWOWでもドラマ化できるのだろうかと思いました。でも僕自身、沖縄の普天間出身で、ずっと基地もあって戦闘機やヘリが飛んでいる環境で暮らしていたので。

――『フェンス』の世界は身近な出来事だったんですね。

高江洲:映画が好きだったので大学進学と共に映画監督を目指して上京したのですが、本土の人は沖縄のことを詳しく知らない人も多いし、フェンスもなければヘリも飛んでいない。その時初めて沖縄って特殊な環境だったんだと感じました。大学時代は民主党政権の頃で当時・首相だった鳩山由紀夫さんが「最低でも県外移設」と言って沖縄にフォーカスがあたっている時期だったので、沖縄を舞台にした作品を卒業制作で作ることで自分自身のアイデンティティを見つめ直そうとしました。

――大学卒業後、映像の世界に進まれた理由を教えてください。

高江洲:就職活動をしていなかったので「お前はここに行け!」と教授に言われて入ったのがドラマの制作会社で、二時間ドラマや昼帯のドラマをAPとして作っていました。その制作会社を辞めてフリーになった時にWOWOWの『沈まぬ太陽』に参加したことをきっかけに、番組プロデューサーから中途採用を受けないかと言われてWOWOWに入りました。プロデューサーとしてはまだ三年目です。

――これまで手掛けた作品を教えてください。

高江洲:単独作品は、バカリズムさんの『殺意の道程』と『ダブル』、そして今回の『フェンス』で三本目です。沖縄を舞台にしたドラマを作りたいという気持ちはずっとあったのですが、どうやって形にすればいいのかは迷っていたので、北野さんと野木さんが作った『フェンス』のプロットを読んだ時に、本当に「ありがとう」と感謝しました。沖縄の問題をエンターテインメントとして発信していこうという二人の覚悟と、根底にある優しさを凄く感じてウチナンチューとして本当に嬉しかったですよね。でも、作るのは大変だろうなと思いました。

――この企画を通すのは大変だったのではないかと思います。

高江洲:沖縄の問題と性暴力の問題をドラマで扱うのは、WOWOWでもハイブロウだと思ったのですが、これは絶対、自分の使命として、通さないといけないと思いました。それで事前になんとか提案できるよう整えてから企画を提出して。もちろん野木さんが書くという絶大な後ろ盾があったことが大きかったのですが「こういうドラマだからこそWOWOWでやろうよ」と会社が言ってくれました。

北野:本当にクリエイティブを大事にしてくださる良い会社だと思いました。

高江洲:弊社役員の田代が後押ししてくれたことも大きかったです。元TBSで95年の少女暴行事件の時も筑紫哲也さんといっしょに現地取材をしていたので、沖縄に想いがある方なんです。

――高江洲さんの参加は『フェンス』にどのような影響を与えたと思いますか?

北野:僕がウチナームーク(沖縄出身の女性と結婚した県外出身の男性のこと)で、沖縄で記者経験があっても、やはり僕も野木さんも本土の人間です。高江洲さんがチームに加わり、沖縄の当事者と一緒に作ることにとても意味があったと思います。野木さんがインタビューでも話をされていましたが、高江洲さんを見ながら、沖縄の人のキャラクター造形の参考にしたところもあるかと思います。

高江洲:取材の時に「高江洲さんのリアクションを見てたんです」って野木さんに言われて。僕はそんな意識なかったのですが。

北野:高江洲さんはやっぱり沖縄の人だと感じました。優しさがあるし。

高江洲:自分ではわからないですけどね。僕以外にも北野さんと野木さんは100人くらい取材しているのですが、その人たちの思いみたいなものが遍く吸い上げられて、ちゃんと生きた言葉になっていると思いました。

北野:僕と野木さんの作り方はとにかく取材を丁寧にすることから始めます。僕の記者時代の人脈をフル活用して、普通は会えない人にも取材させて頂きました。さらに高江洲さんの地元人脈でご友人や友人の友人、ご両親にもお会いしました。報道だと会えない人でも、ドラマなら取材することができるというのは感じています。県警OB、米軍捜査機関、基地従業員、性被害の支援団体にも取材しました。登場人物のバックグラウンドになる方にはほとんど全てお会いし、リアリティには徹底的にこだわりました。

複雑で多様な沖縄

――『フェンス』には、これまでに観たことがない沖縄が映っていると思いました。

北野:沖縄を舞台にした映像作品って、癒しの島という本土の人が見たい沖縄像か、沖縄戦や米軍基地を題材にした反米、反基地を主張するドラマに二分化されていて、どちらも現実の沖縄の内実とズレがあると感じていました。もっと複雑で多面的な沖縄を、エンタメを通して描きたい。その思いは高江洲さんも同じだったと思います。描きたい方向性が一致していたので、高江洲さんとの仕事はとてもスムーズでしたね。

――不謹慎な言い方になりますが、米軍基地に逃げ込まれたら逮捕できない犯人を追いかけるという意味ではすごく理不尽なゲームをプレイしているみたいな気持ちで観ていました。米軍基地と日米地位協定という現実の題材をエンタメに落とし込んでいるのがいいですよね。後は沖縄の空間感覚が面白くて、オープンワールドのRPGみたいだなぁと思いました。ドラマって、街の描写の完成度が高いと、いくらでも観られるじゃないですか。ここにお店があってどういう人が暮らしているかがわかると作品に入りやすい。

高江洲:確かにそう考えると都内近郊のドラマって、ロケーションが似通ってくるし、その街らしさが描かれているものって凄く少ないですよね。

――土地の空間感覚が伝わってくるドラマって少ないんですよね。宮藤官九郎さんが脚本を担当した『池袋ウエストゲートパーク』(TBS系)等、例外的な作品がいくつかあるだけで。

高江洲:街も登場人物の一人だと思うから、沖縄にこだわってしっかりと撮ったことで作品の中に血が通ってますね。

――空にはオスプレイが飛んでいて、少し歩くと米軍基地のフェンスがある。そういう風景って、これまでの沖縄を舞台にしたドラマでは、映さないようにしてきたものというか。

高江洲:ここ「撮ってもいいんだ?」と思う人はいっぱいいると思います。

――「タブーじゃなかったんだ」みたいな。だからといって米軍基地を撮ることがこの作品の目的ではないと思うんですよね。そういう現実を前提として描いた上で描きたいドラマがある。米軍基地の存在する日常を踏まえた上で細部に入っていくから、説得力があるんですよね。

北野:今回は美しい海や赤瓦屋根の家のような、いかにも本土の人がイメージする沖縄らしい風景はあまり出てきません。メインの舞台をシナハンで野木さんにも見ていただき、沖縄本島中部のリアルな風景を撮ることに注力しました。過去の国際エミー賞受賞作を観ても、地域性を大事にした作品の方が世界に届くと感じましたし、沖縄には描くべき題材や撮るべき景色があると信じていました。米軍基地を抱える国は世界中にあり、多かれ少なかれどこも同様の問題を抱えている。こちらの希望ですが、世界中の人に観てほしいです。

 次週「中編」に続く。

『連続ドラマW フェンス』番組キーカット 提供=WOWOW
『連続ドラマW フェンス』番組キーカット 提供=WOWOW

『連続ドラマW フェンス』

2023年3月19日(日)から毎週日曜22:00放送・配信中(全5話)

脚本:野木亜紀子

演出:松本佳奈

出演:

松岡茉優

宮本エリアナ

青木崇高

與那城奨(JO1)

比嘉奈菜子

佐久本宝

新垣結衣(特別出演)

ド・ランクザン望

松田るか

ニッキー

Reina

ダンテ・カーヴァー

志ぃさー

吉田妙子

光石研

ほか

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ライター、ドラマ評論家

1976年生まれ、ライター、ドラマ評論家。テレビドラマ評論を中心に、漫画、アニメ、映画、アイドルなどについて幅広く執筆。単著に「TVドラマは、ジャニーズものだけ見ろ!」(宝島社新書)、「キャラクタードラマの誕生 テレビドラマを更新する6人の脚本家」(河出書房新社)がある。サイゾーウーマン、リアルサウンド、LoGIRLなどのWEBサイトでドラマ評を連載中。

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