ドラマ『本気のしるし』特集1 イベントルポ&深田晃司監督インタビュー
現在、メ~テレで放送されている連続ドラマ『本気のしるし』は今年最大の問題作である。
2000~02年にかけてビッグコミックスペリオールで連載された星里もちるの漫画『本気のしるし』(小学館)をドラマ化した本作は、一言で説明するのが難しい作品だ。
おもちゃや花火の総合玩具商社 で働く辻一路(森崎ウィン)はある日、謎の女・葉山浮世(土村芳)と知り合う。次々とトラブルに見舞われる浮世を仕方なく助けているうちに、とんでもない状況に辻も巻き込まれていく。
(※辻一路の「辻」は二点しんにょうが正式表記)
監督は『淵に立つ』や『よこがお』といった映画で知られる深田晃司。
既存のテレビドラマとくらべると、映像も照明も演技も何から何まで異色のものとなっている本作は、常に不穏な空気が漂っている転落サスペンスとなっている。
また、本作はメ~テレ(名古屋テレビ放送)制作のドラマで、関東ではtvk(テレビ神奈川)のみの放送だった。
メ~テレ 毎週月曜深夜0:54~1:26 放送
tvk 毎週水曜23:00~23:30 放送
しかし、放送がはじまると大きな反響を呼び、TVerやGYAO!といった無料動画配信サイトを通して多くの視聴者を獲得。現在は放送終了後の見逃し配信だけでなくTVerとGYAO!で全話配信がおこなわれている(配信終了は12月24日)。
もしもまだ本作を見ていないという方はまずは一話でもいいので、このドラマを見てほしい。なんとも言えない不穏な空気に引き込まれること間違いなしだ。
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この度、ドラマジャーナルでは『本気のしるし』を2日にわたって特集する。
今回は11月16日(土)におこなわれた『本気のしるし』の上映&トークイベントのレポートと深田晃司監督のインタビューを掲載。
最終話の放送日となる12月15日(月)には、深田晃司監督と葉山浮世を演じた土村芳さんのWインタビューを掲載する予定だ。
『本気のしるし』特集1 上映&トークイベントレポート&深田晃司インタビュー
イベント当日はクラウドファンディングのコレクターを対象に4~7話の先行上映会がおこなわれた。その後、深田晃司監督と土村芳にドラマの裏話を伺うトークイベントが開催、司会は映画評論家で放送作家の松崎まことが担当した。
トークでは、SNSでの反響や、土村が浮世に選ばれた経緯について語られ、その後、劇中で印象に残ったシーンについての話となった。
中でも盛り上がったのが第4話の打ち上げ花火のシーンだ。
司会の松崎が、辻が猫を見に行ったすきに打ち上げ花火に火をつけてしまうシーンに浮世のキャラクターが現れていると絶賛すると、土村は「あそこまで長く使われていると思っていなくて、カットがかかるまでの時間で遊んでしまい「しめしめ」という感じを出してしまった。そのカットが使われていてびっくりしました」と語った。
対して深田監督は、「一ヶ月強の撮影で一番大変だった」と振り返る。当日は雨が降っていて花火がつきにくい状態だったため、撮影を諦めようと思ったら、ロケや予算の都合でこの日しか撮影できず、リハーサルができない中、ぶっつけ本番で撮影したところ、(土村の)「しめしめ」という表情が出てきて、これは面白いと思ったという。
浮世に対し土村は、100%理解しているかわからないまま撮影していたという。
撮影中にどう言えばいいかわからない台詞があり、一度だけ「どう言えばいいですか?」と監督に尋ねたのだが、その時に深田監督は「普段、自分たちも生活しながら、自分の感情も性格もそんな正しくは把握できないし、今こういう気持ちだからこう話そうとか順序正しく動けているわけではない。わからない時はわからないままでもいい」と伝え、そこから土村さんは演じるのが楽になったという。
その後、トークを一端中断し、ドラマの未公開映像を鑑賞。
そして、サプライズゲストとして浮世の夫・正を演じた宇野祥平が登壇。
劇中では険悪なシーンが続く二人だが、待ち時間は楽しく過ごしていたという。時に宇野が正の言い分を代弁し、土村が浮世の気持ちを代弁するというお互いの演じるキャラクターの気持ちを弁護し合う一幕もあったという話がとても印象的だった。
一方、深田監督と宇野は若い頃からの知り合いで、宇野が出演した自主映画のカメラマンを深田が務めたという。
宇野が「現場が楽しくすごく良い組だった。監督で組が変わる」と言うと深田監督は「監督が恐いとスタッフが萎縮してしまうので、みんなから意見やアイデアが出る現場がいい。20代のスタッフ時代には殴られたり、ドロップキックが飛んできた」と当時を振り返った。
実は、深田監督は11月14日に自身のTwitterで、ハラスメントに対するステートメントを発表している。
https://twitter.com/fukada80/status/1194991108930994177
詳しくはこちらを参照→「愛があれば大丈夫」なんて言わせない。今なおパワハラ・セクハラが残る映画業界で、ある監督が声を上げた。
今回のインタビューでは、このステートメントの話を入り口に『本気のしるし』が今の時代に作られた理由について伺っている。
※
『本気のしるし』深田晃司監督インタビュー
「人は簡単に本音を言わないし、本人ですら本当の気持ちはわからない」
―― 先日、ハラスメントに対するステートメントを発表されましたが、その理由について教えてください。
深田晃司(以下、深田) 自分が若い頃に殴られていたので、労働環境の改善には関心がありました。ですが、フリーランスで映画監督をやっていく上でハラスメントに対する向き合い方は非常に難しいものがありまして。会社組織で社員として働く分には、社員研修をして同じ価値観を共有することができるのですが、フリーランスとなると俳優もスタッフも作品ごとに集まっては解散してゆくので、ハラスメントに対する考え方があまりにもバラバラなんですよね。
身近で加害者になっているスタッフもいたので、自分の考えを周知して、今後の現場でハラスメントを減らしていくための方法として、これが一番手っ取り早いと思いました。
――『本気のしるし』を作られた理由と、どこかでつながっているように感じます。
深田 つながっていると思いますね。00年代からドラマ化したいとは思っていたのですが、女性が男性を翻弄する従来のファムファタール(運命の女)もののように見せかけて、実は男社会の中で女性が傷つきながら翻弄されていく姿が描かれた作品だと思います。
―― 原作もドラマ版も見る側がすごく試される作品だと思うんですよ。イジワルな見方かもしれませんが「浮世さんのことをどう思っているのか」で、その人の女性観が大体わかってしまうというか。
深田 そういう意味でも自分の好きなタイプの原作だったと思います。自分にとって、良い物語、良い芸術作品は“鏡のようなもの”だと思っています。何かの考え方や思想を押し付けるのではなく、鑑賞者が作品と向き合った時に鑑賞者自身の考えや思想があぶり出されるもの、「自分がどういう人間だか知ってしまうもの」が良い作品だと思っています。
『本気のしるし』もそういうヤバさがある作品だと思います。
「視聴率は気にしなくていいですから」
―― 企画の成り立ちについて教えてください。
深田 20歳の時に『本気のしるし』を連載で読んでいました。元々、星里もちる先生のファンだったのですが、とにかく面白くて。当時、映画学校の学生だったのですが、物語の転がし方が連続ドラマに向いていると思っていました。あちこちで映像化したいと話していたら、今回、制作統括を担当していただいているマウンテンゲートの戸山剛さんが原作を取り寄せて読んでくれて「これは面白いから進めよう。メ~テレに持っていっていいかな?」と言われたので「あっ良いですよ」と軽く返事したら、忘れた頃に連絡が来て、「決まったからやるよ」って言われたのが、はじまりですね。
―― メ~テレ制作というのは後だったのですね。
深田 戸山さんと作った『淵に立つ』がメ~テレ制作だったという縁があったので「最初にメ~テレに持っていってみよう」というのがきっかけですね。
―― 今回、地方局制作のドラマでしたが、作る上で大変だったことを教えてください。
深田 厳しいか厳しくないかと言うと予算的には決して潤沢ではなかったですけど、日本の映像制作自体が世界的に見るとすごく厳しいので(笑)。今回はみなさんが工夫してくれたおかげで、なんとか乗り越えたという感じですね。
―― 逆にメ~テレで撮ったことの利点は?
深田 他のテレビ局で撮ったことがないのでわかりませんが、自由に撮らせてもらえたことはありがたかったですね。メインの二人もオーディションで決めさせていただきましたし、内容についても意見を交わすことはあってもテレビ局の都合でこうしてほしいという要望はなかったです。どこかの打ち合わせのタイミングで「視聴率は気にしないでください」とプロデューサーから言われました(笑)
―― 僕はメ~テレもtvkも見られる環境ではなかったので、TVerと GYAO!がなかったらこの作品を見つけられなかったと思います。やはり、ネット配信が入り口になった人は多かったのでしょうか?
深田 多かったと思います。ぼくも普段ドラマをみないので、あんな便利なものがあると今回はじめて知りました。
『本気のしるし』が2019年に作られることの意味
―― 反響はいかがですか?
深田 今のところ、とても良いですね。もちろんイライラしてみるのを辞めた人もいると思いますけど。既存のテレビドラマらしさを無視した内容なので、そこを新鮮に受け止めていただけたのかなぁと思います。
―― 当時、『本気のしるし』を読んでいた時の印象を教えて下さい。
深田 とにかくストーリーが面白くて、夢中になっているうちに終わってしまったという感じですね。人間に対する距離感が一面的でなく多面的な要素が持つ面白さが強かったと思います。
―― 浮世さんは当時、どのように受け止められていたのですか?
深田 今とあんまり変わらなかったですね。ネットの感想を見ても「浮世ありえねー」とか「イライラする」とか。漫画のレビューをみても概ね一致するというか、この15年で大きく変わったということはないですね。ただ今回は俳優という生身の人間が演じていて絵によるディフォルメがないので、より生々しくなっていると思います。星里もちる先生がTwitterで漫画以上に逃げ場がないとおっしゃっていましたけど、そういう違いはあるのかなぁと思います。
―― 辻の印象はいかがでしたか?
深田 当時から「辻もひどい」という意見はありましたが、#MeToo運動を経て、もっとも大きく変わったのは辻の中にある男性社会の暴力性に対する受け止められ方かもしれないですね。辻や峰内大介が浮世を奪い合う様子を通して、男性側が持っている加虐性に気づきやすくなっているのかもしれないです。特にここ数話(6~7話)で辻の評判がどんどん下落していて、「浮世ひどい」という声よりも「辻がひどい」という声の方が最近は増えていて(笑)。
―― 今は、男の内面のブラックボックス感の方が問題なのかなぁと思うんですよ。逆に浮世さんの気持ちは今の方が理解しやすいような気はします。とは言え、ああいう人は、魔性の女みたいな扱いにされがちですが。
深田 そこは一番気をつけたところですね。魔性の女、ファムファタールのステレオタイプにならないように意識しました。“歴史の中で悪女がいかに作られてきたのか”について国文学者の田中貴子さんがまとめられた「〈悪女〉論」(紀伊國屋書店)を今回、女性を描く上で参考にし、一部スタッフとも共有しました。
キングダム、ロング・グッドバイ、青年団
―― トークイベンントで、ラース・フォン・トリアー監督が撮った連続ドラマ『キングダム』の話をされていたのが印象的でした。
深田 あれが僕の中にあるもっとも強烈なドラマ体験ですね。
―― 話を聞きながら、ラース・フォン・トリアーが関わっていたドグマ95のことを思い出していました。もしかしたら『本気のしるし』のコンセプトに近いのではないかと思います。作品の空気も『奇跡の海』といったラース・フォン・トリアー等のヨーロッパ映画を思わせるところがあると感じるのですが。
※ドグマ95 1995年にデンマークで起きた映画運動。「純潔の誓い」という映画を制作する上での10のルール(撮影はすべてロケーション、カメラは手持ちであること、カラーであること等)がある。
深田 確かに音楽はほとんど使ってないですが、ドグマほど禁欲的には撮ってないですね。クレーンは使ってないですけどレールは使っていますし。ですが、ドグマが目指していた原始的な映像の面白さ、映画の面白さには自分も共感する部分があります。まぁ『キングダム』自体は全然ドグマとは違う法則でコテコテに作られているのですが。
―― 『本気のしるし』を撮る上で、影響を受けた作品はありますか?
深田 ロバート・アルトマン監督の映画『ロング・グッドバイ』を参考に撮りたいと思い、撮影に入る前にカメラマン、森崎ウィンさん、土村芳さんと鑑賞しました。今まで自分が撮った映画と『本気のしるし』に違うところがあるとすれば、ズームワークを多用しているところだと思います。『ロング・グッドバイ』は奇妙で絶妙なズームの使い方をしながらエンタメとしても成立している。辻の飼っているザリガニの名前がマーロウなのは、主人公のフィリップ・マーロウの名前から付けています。
―― 元々、平田オリザさんの青年団の演出部にいらっしゃったとお聞きしたのですが。
深田 実はまだ現役で。
―― 静かな演劇、現代口語演劇と呼ばれる平田オリザさんの作劇理論は、監督の作品に影響はあるのでしょうか?
深田 自分は映画学校を卒業して10代から映画オタクで、むしろ演劇は嫌いだったのですが、オリザさんの演劇を観て「これは面白い。映画に活かせるな」と思って演劇の世界に留学したような気持ちなんですよ。それが今も続いているんですけど。
―― 平田オリザさんからは、どのような指導を受けましたか?
深田 最初の1年目は俳優陣といっしょに新人研修のような指導を受けたのですが、その後はオリザさんの現代口語演劇を見ていく中で勉強していったという感じです。青年団の作劇方法が既存のドラマと違うところは「みんな簡単に本音を言わない」ことですね。日常生活において人は簡単に本音を言わないし、本音だと思って話している本人ですら、それが本心かどうかわかるはずがないという距離感でオリザさんは作っているのだと思います。その距離感がとても気持ちよかったのですが、考えてみれば自分が好きなエリック・ロメールや成瀬巳喜男といった映画監督もそういうことをやっているのだと思います。それを今の現代口語、現代の日本語で最も洗練された形でやっているのが青年団だったという印象であり驚きで、その技を盗みたいという思いで20代後半の時に入りました。そういう要素は『本気のしるし』にも受け継がれているのではないかと思います。
特集2「深田晃司×土村芳Wインタビュー」は12月16日配信。