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アベノミクスは日本を「第四のチャレンジ」とは異なる方向に導いた

田中良紹ジャーナリスト

フーテン老人世直し録(349)

睦月某日

 17年前の2月22日、衆議院の憲法調査会に参考人として出席した日本大学の小川直宏教授は、日本にとって21世紀最大の課題は少子高齢化をどう乗り切るかで、米国の経済学者からそれが日本の「第四のチャレンジ」になると言われた話を紹介した。

 小川教授にそれを言ったのはケネディ大統領の経済顧問を務め独自の経済発展段階説「テイク・オフ理論」を打ち立てたウォルト・ロストウ教授である。ロストウ教授は沖縄返還の秘密交渉にもかかわった人物で日本の歴史にも造詣が深い。

 そのロストウ教授が、日本には危機に陥った時にそれを乗り越える政治のリーダーシップがあったとして、徳川時代の「鎖国」、明治時代の「文明開化」、第二次大戦後の「経済復興」を挙げ、次に来る「第四のチャレンジ」は「少子高齢化対策」になると語ったという。

 21世紀は移民国家である米国を例外としてアジア、欧州ではいずれの国も少子高齢化が深刻になる。それだけにどの国よりも少子高齢化のスピードが速い日本がどのような対策を打ち出すかに各国は注目している。ロストウ教授は日本の政治に期待を込めて小川氏に語ったのだと思う。

 ところが5年前から始まったアベノミクスは「第四のチャレンジ」とは異なる方向に国民を導き、当初の思惑通りにならなくても誤りを認めず、挙句の果てに直近の選挙で安倍総理に「少子高齢化は国難」と言わせ「第四のチャレンジ」に取り組むふりだけしている。

 5年前に「2年間で2%の物価上昇を実現する」と胸を張って大胆な金融緩和に踏み切った黒田東彦日銀総裁の任期が今年4月に終わる。2%の物価目標は5年経っても達成されず、もはや達成されると考える人間はいないが、しかし金融緩和を止めると言えば経済が大混乱するのでやめるわけにもいかない。

 黒田日銀総裁は続投するのか、それとも交代するのか、いずれにせよその時期はアベノミクスの功罪を真剣に考える機会になる。大胆な金融緩和で確かに円安と株高が実現し、それが国民に期待感をもたせたことは事実である。国民の鼻先に見るだけのニンジンがぶら下げられ国民はそれにつられて走らされた

 アベノミクスを推進した経済学者たちの思惑は、日本経済の低迷の原因をデフレと考え、デフレから脱却すれば経済は成長し、経済が成長すれば増税などしなくとも税収が増え財政再建は可能になるというものである。ところがデフレが終わっても経済成長率は高まっていない。安倍政権の5年間の平均成長率はプラス1.5%で民主党政権の3年間の平均成長率プラス1.6%より低い。

 そのため安倍総理は雇用が改善したことを力説する。「有効求人倍率はバブル期のピーク時よりも上回った」と選挙戦で訴えた。すると「就活」に苦労している若者たちが自民党に投票する傾向が生まれたと指摘されている。

 しかし経済成長率が民主党政権時より低いのだから経済の力で完全雇用が達成されたのではない。有効求人倍率が上昇したのは安倍政権が誕生する前の景気後退局面でも見られたから、アベノミクスというより団塊の世代が退職したための人手不足と見られる。

 しかも就業者数は増えたが労働時間が減少しているという指標もある。つまりいったん退職した男性の高齢者や中高年の女性が短時間のパートタイマーで働くようになり、就業者数は増えたが労働時間と掛け合わせた数字は増えていない。従って若者たちの自民党支持は安倍総理の演説におどらされただけの話である。

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ジャーナリスト

1969年TBS入社。ドキュメンタリー・ディレクターや放送記者としてロッキード事件、田中角栄、日米摩擦などを取材。90年 米国の政治専門テレビC-SPANの配給権を取得。日本に米議会情報を紹介しながら国会の映像公開を提案。98年CS放送で「国会TV」を開局。07年退職し現在はブログ執筆と政治塾を主宰■オンライン「田中塾」の次回日時:11月24日(日)午後3時から4時半まで。パソコンかスマホでご覧いただけます。世界と日本の政治の動きを講義し、皆様からの質問を受け付けます。参加ご希望の方は https://bit.ly/2WUhRgg までお申し込みください。

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