ファシスタたらんとした者の入水自殺に楚の屈原を思う
フーテン老人世直し録(350)
睦月某日
21日早朝、評論家の西部邁氏が多摩川で入水自殺した。西部氏は昨年6月に出版した『ファシスタたらんとした者』(中央公論新社)で、日本の敗戦から今日までの自らの生き様と思想的変遷、そして大衆社会に対する深い絶望と生の終わらせ方を綴っていたので、フーテンはその日が来るのを予感していた。
西部氏は保守のイデオローグだが、しかし安倍総理を取り巻く保守派とは一線を画している。と言うより安倍総理とその周辺を「保守」とは看做していない。そして政治を「保守対革新」と見る見方も批判した。
「保守」とは人間が頭で考えた理想を追求して社会を変えることに反対し、社会が長い時間をかけて人間同士の調和を作り出した歴史の知恵、すなわち「伝統」を尊重する。社会の現状が「伝統」から逸脱しそうになれば改革して人間の調和を取り戻すのが「保守」の思想である。
安倍総理のように日本とは全く「伝統」の異なる米国にべったりになる者を「保守」とは言えず、西部氏に言わせればまるで「左翼」だと言う。なぜなら米国はそもそも「左翼国家」として誕生したからである。
「左翼」は、フランス革命の時に「自由、平等、博愛」を叫んで旧体制の破壊を扇動した急進派が国会で左側に座ったことに由来するが、その急進派に影響を与えたのは米国の独立宣言である。米国は「自由、平等、幸福追求権、革命権」などを掲げて英国と戦い独立を勝ち取った。
建国当初の米国には欧州出身の上流階級がいて保守主義も残っていたが、現在のトランプ大統領を彷彿とさせる第7代大統領アンドリュー・ジャクソンが「米国式民主主義」を確立して欧州と絶縁、米国は学ぶべき歴史の伝統から自らを切り離した。
ロシアにも歴史と伝統は存在したが、それは世界初の社会主義革命によって徹底的に破壊され、社会主義国家ソ連が誕生する。このロシア革命もフランス革命と同様に米国の独立宣言に影響された理想の追求の結果である。
ところが第二次大戦後、米国とソ連が対立すると、日本人は「米国につくのが保守でソ連につくのが革新」と考えた。歴史に学ぶことをしないという意味で米国とソ連は二卵性双生児である。米国とソ連の違いは個人主義による競争経済と集団主義による計画経済の違いで、それは「保守対革新」と呼ぶべきものではない。それを日本人は間違えた。
さらに言えば対立しているように見せながら、実は社共は自民長期単独政権の補完勢力であった。社会党は過半数を超える候補者を選挙で擁立せず、だから全員が当選しても自民党から政権を奪えない。一方の共産党は全選挙区に候補者を擁立することで野党勢力の結集を阻み、野党内に路線を巡る対立をもたらす。いずれも自民を助けていた。
また日本の政治に米ソのような競争経済と計画経済の対立もない。自民も社共も官僚主導の計画経済で福祉国家を目指し、日本に米国の「小さな政府」の考えはなかった。冷戦後に米国の圧力で小泉政権が「小さな政府」に転換するが、それまでは全員が「大きな政府」の信奉者であった。
米国の対日戦略の要は日本を永久に占領支配体制に置くことである。日本を自立させないためには憲法9条を守らせることと、安保条約を守らせて米軍の支配下に置く必要がある。9条を守らせるには社共の護憲運動が都合よく働き、安保条約を守らせるには自民が全面協力した。
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