米社会に広がる「差別狩り」 偉人、老舗ブランド、不朽の名作も標的に
黒人への差別や偏見を助長しかねない商品やサービスの見直しを企業に迫ったり、差別の象徴と見なされる人物の像の撤去を強要したりする「差別狩り」が、米社会で急速に広がっている。標的はリンカーン元大統領や不朽の名作にまで広がり始めた。背景には、人種差別抗議デモをきっかけとした差別問題に対する米国民の意識の高まりがあるが、「やりすぎ」との声も出ている。
人気アトラクションのテーマを変更
ウォルト・ディズニーは25日、同社が運営するテーマパークの人気アトラクション「スプラッシュ・マウンテン」のストーリー設定を変更すると発表した。これまでは1946年公開の映画「南部の唄」をモチーフにしていたが、2009年公開の「プリンセスと魔法のキス」に設定し直す。
南部の唄は、19世紀の米国を舞台に、黒人男性と白人の少年の心の交流を描いた作品。しかし、当時の米国で、黒人と白人が対等な関係を築くことはあり得ず、誤った歴史認識を植え付ける恐れがあるとして、黒人団体などが長年、抗議していた。そのため同作品は、DVDも製作されず、ネット配信もされていないなど、事実上お蔵入り。一方、プリンセスと魔法のキスは、主役のプリンセスがディズニー作品初の黒人であることが話題となった。
ディズニーは、スプラッシュ・マウンテンのストーリー設定の変更は以前から検討していたと説明する。だが、このタイミングでの発表は、人種差別抗議デモの影響を受けたことは明らかだ。ツイッター上では6月初めから、スプラッシュ・マウンテンのテーマ変更を求めるツイートが拡散し、オンライン署名サイト「チェンジ・ドット・オーグ」で、「スプラッシュ・マウンテンのテーマをプリンセスと魔法のキスに」と呼びかけるキャンペーンが始まると、あっという間に2万を超える賛同者が集まり、同サイトはキャンペーンの成功を宣言した。
だが、同じチェンジ・ドット・オーグ上で、スプラッシュ・マウンテンのテーマ変更に反対するキャンペーンも複数立ち上がり、そのうちの1つは5万人超の賛同者を集めるなど、米国民の間に差別狩りに対する強い関心と違和感があることをうかがわせた。
歴代ナンバーワン映画も
ディズニーの動きに先立つ6月上旬、動画配信サービスのHBOマックスは、南北戦争時代の社会を描いた映画「風と共に去りぬ」の配信を一時取り止めた。1939年公開の同作品は、アカデミー賞で作品賞に輝いたほか、インフレ調整後の興行収入で今も歴代1位を維持するなど、米映画史上に残る名作。しかし、奴隷制度を正当化する内容だとして批判が絶えなかった。HBOマックスは、南北戦争当時の時代背景を説明するなどした短い動画を本編に添付し、24日、配信を再開した。
また、テキサス州出身の女性3人組のカントリーバンド「ディクシー・チックス」は25日、「ザ・チックス」に改名すると発表した。「ディクシー」は南北戦争の時に南軍を構成した諸州のニックネーム。人種差別を想起させるとして、一部メディアなどが批判していた。
ディクシー・チックスは、グラミー賞を過去13回も受賞するなど、米国を代表する音楽バンド。だが、2003年の英ロンドン・ツアーで、当時のブッシュ大統領のイラク侵攻を公然と批判し、米世論の激しい怒りを買って活動停止に追い込まれた苦い過去もある。今回は世論に従わざるを得なかったようだ。
召使いのイメージが問題
差別狩りは、消費者に愛着のあるブランドにまで及び始めている。
今月中旬、大手食品メーカーが相次いで主力ブランドの変更を表明した。
ペプシコの子会社クエーカー・オーツは、ホットケーキ用ミックスの老舗ブランド「アント・ジェマイマ(ジェマイマおばさん)」を廃止すると発表した。同ブランドのトレードマークである、白い歯を見せて笑う黒人女性のイラストが、白人家庭に仕える黒人メイドを想起させるとの批判を受けたものだ。批判は昔からあったが、人種差別抗議デモの拡大後に一段と強まっていたという。
食品大手マースは、栄養価を高めたパーボイルド米のブランド「アンクル・ベンズ(ベンおじさん)」の名前やキャラクターを変更する方針を明らかにした。アンクル・ベンズは黒人男性。現在のイラストは企業役員のいでたちだが、2007年以前は召使いの恰好をしており、そのイメージが差別狩りの標的となったようだ。
ホットケーキ用シロップなどのブランド「ミセス・バターワース」を扱うコナグラ・ブランズは、同ブランドをパッケージも含め全面的に見直すと発表した。ミセス・バターワースは、容器の形状が白人家庭に仕える黒人メイドの体型を揶揄していると批判されていた。
リンカーンも標的に
差別狩りの標的は、歴史上の偉人や英雄にまで広がっている。
首都ワシントンDCでは、リンカーン元大統領による奴隷解放宣言を記念して1876年に建てられた「奴隷解放記念碑」が撤去されるかどうかの瀬戸際に立たされている。リンカーン元大統領は、歴史の教科書には米国の奴隷制度を廃止した偉大な大統領として記述されているが、歴史の専門家によると、リンカーン自身は奴隷制の廃止には必ずしも積極的でなかった。奴隷解放宣言した理由は、北軍の連帯を保つためだったとされる。
奴隷解放記念碑は、直立するリンカーンの足元に1人の黒人奴隷が跪(ひざまず)く構図で、これもリンカーンが差別主義者だと非難を招いている理由のようだ。この記念碑を力ずくで撤去する動きがあり、現在はフェンスで囲い、警官が見張りをしている。
ただ、ニューヨーク・タイムズ紙によると、この記念碑はそもそも解放された奴隷らの寄付によって建てられたもので、そうした経緯を知らない人も多いという。地元出身の黒人政治家も、法的手続きを経ないでの撤去には慎重な姿勢を見せている。
一方、ニューヨーク市のデブラシオ市長は22日、同市のアメリカ自然史博物館の入り口にそびえ立つセオドア・ルーズベルト元大統領の銅像を撤去すると述べた。銅像は、馬にまたがった元大統領が右に一目でそれとわかるネイティブアメリカン(先住民)、左に裸同然の黒人を従えた構図で、差別的だとして博物館が撤去の同意を市に要請していた。
また、東部の名門プリンストン大学は27日、ウィルソン元大統領の名前を冠した「ウッドロー・ウィルソン公共政策大学院」から、元大統領の名前を外すことを決めたと発表した。米国では、学校の名前に歴史上の偉人や大口寄付者の名前を付けることは珍しくない。ウィルソン元大統領は、大統領になる直前、プリンストン大学の学長を務めていた。
ウィルソン元大統領は第一次世界大戦後の国際連盟の創設に貢献したが、内政面では人種隔離を支持し、プリンストン大学の学長時代は白人至上主義団体クー・クラックス・クラン(KKK)を賞賛する発言をしていたという。
デモの衝撃度
差別狩りの具体的な事例はどれも、突然降って湧いたものではなく、長年、くすぶり続けていたものだ。言い方を変えれば、白人社会がこれまで差別に対する抗議の声を無視し続けてきたツケが回ってきたとも言える。無視できなくなったのは、5月25日の白人警官による黒人男性の暴行死事件に端を発した人種差別抗議デモがもたらした米社会への衝撃が、それだけ大きかったという証だ。
これは日本にとってもけっして対岸の火事では済まされない。例えば、スプラッシュ・マウンテンは東京ディズニーランドにもあるし、ブランドの変更を迫られた商品の多くは、日本でも流通している。米国の人種差別抗議デモに連動したデモが日本や欧州各地でも起きたように、マイノリティ(少数派)への差別問題は今や、国の内政問題ではなく、環境問題と同じようにグローバルな問題であり、各国民が一緒になって取り組むべき問題だという意識が芽生えつつある。日本人もそうした意識を持つことが必要だろう。