形ばかりの「地域ファースト」 地域金融機関の改革は進むか
「地域ファースト」を標榜する地域金融機関が、目先の利益を優先し「自行ファースト」になる傾向がある。全国津々浦々を調査して回ったわけでもないのでどこかには誰がどう見ても地域ファーストだと言える地域金融機関があるのかもしれない。しかし私自身、地域金融機関関係の研修等の講師を150回以上してきた中で「ここは」というところに出会った事が無い。講演先でよく「事業者支援の重要性はわかるがそれは儲かるのか」と、尋ねられる事が全てを物語っているように思う。
そのような中で、巣鴨信用金庫(東京・豊島)は「地域あってこそ」という考え方を貫いている。同庫との出会いは、2007年12月に開催された同庫の取引先向けの勉強会だった。当時私はまだ銀行員で、出向先の公的中小企業支援機関で取り組んでいた事業者支援の活動について話をした。イベント閉会直後、当時の理事長が「職員を私の元に弟子入りさせて欲しい」と声をかけてきた。私の話を聞いて、自分達が本来やらねばならない事をできていないと分かりショックを受けた、と。
偶然その翌年に銀行を退職して独立する事になったため、研修を受け入れた。しかし研修を受けたたったひとりの職員が同庫に戻っても、組織の中で埋もれてしまうと考え、専門のチームを作った方が良いと提言した。
若い職員だったが、何かあれば理事長に相談するようにアドバイスもした。彼が1年ほどの研修を終えたのち09年9月にできたのが事業者支援の専門部署「すがも事業創造センターS-biz」で、15年近くたった今も組織として機能している。この組織は顧客のメリットは大きいが、直接的リターンは少ない。こうした取り組みを長期間継続している事からも同庫の地域に対する姿勢が伝わってくる。
新型コロナウィルスの感染拡大が始まり取引先の多くが厳しい状態になると予想された時も、同庫は事業者支援を最優先した。理事長は支店長会議で、「融資残高や新規融資先を競っている場合ではない」と言って業績数値目標を撤廃し、取引先の事業支援、経営改善支援に全力で取り組むよう号令をかけた。金融機関ではありえない判断だ。
地域の助け合いから誕生
1922年(大正11年)創業の同庫の前身「有限責任信用組合巣鴨町金庫」は、大正バブル崩壊直後の大不況の中、苦しい時は助け合おうと地域の人達が資金を出し合ってできたそうだ。地域とは運命共同体であり、地域がよくならなければ自分たちも存続できないという考え方が今も生きている。同庫では、S-bizを核に、全店の全営業職員が取引先の売り上げ増加実現に向けて知恵を絞っている。
金融庁が旗を振った施策である03年の「地域密着型金融(リレーションシップバンキング)の推進」も、14年の「事業性評価に基づく融資」も、いずれも本質は取引先の中小企業に対して一層寄り添い実効性のある支援を求めるものだ。だが19年に同庁の幹部と対談した際に、事業者支援は形ばかりでマインドが置き去りになり、具体的な成果に結びついていないという話題になった。
いま、コロナ禍で追い込まれ、実質無利子・無担保の「ゼロゼロ融資」を利用した企業の倒産が増えている。地域ファーストに本気を出せるか、地域金融機関の意識改革は喫緊の課題だ。
【日経グローカル(日本経済新聞社刊)468号 2023年9月18日号 P19 企業支援の新潮流 連載第6回より】