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官民共同出資のIT開発会社 釧路市に誕生した背景

小出宗昭中小企業支援家
IT人材輩出の拠点になる事を目指すk-Hackの経営陣と従業員:k-Biz提供

 デジタルトランスフォーメーション(DX)推進、IT(情報技術)人材の育成が急務だと言われて久しいが、なかなか進まないとの指摘もある。人口自体が減り続けている地方自治体では難しくなる一方だろう。この根本的な課題の解決に踏み込む日本初という取り組みを、北海道釧路市が公的中小企業支援施設k-Bizと連携して始めた。

 政府が「スタートアップ創出元年」と位置付けた2022年、k-Bizは開設から4年がたちそれまでに1万件近い相談を受けてきた。一方、同市は成長分野であるITで起業したいという相談が極めて少ない事を憂慮し、政府の支援策も活用しながら解決したいと考えていた。

 k-Bizの澄川誠治センター長は、制度を使う人自体がいないのだと考えた。地元の高専や大学を出たIT人材の卵は、働く先がないから大都市に出ていってしまう。補助金を積んでIT企業誘致ができたら即効性はあるかもしれないが、業績次第で撤退されるリスクもはらむ。

 そこで澄川センター長は、時間はかかるが、同市でIT会社を作って人材を育て、地域に輩出していく方法があるのではないか、と提案した。実現は難しいと思ってはいたが、意外にも同市は、本当に意味があることをやりたいと、この取り組みを前進させる決意をした。そこから具体的な組み立てが始まった。

 まず人だ。同市出身で、大手IT企業の最高技術責任者を務めるなどトップクラスのIT人材として知られていた佐藤佳祐氏に協力を要請し、経営陣に加わってもらった。実務を担う従業員については、まず地元で働きたい学生がいると見込んだほか、就職難の韓国の学生に狙いを定めた。海外に活路を求めている学生も多く、優秀な人材を日本企業に斡旋するサービスを活用しようと考えた。

ソラミチと提携し仕事確保

 仕事はどうするか。大手企業を顧客に抱え、ウェブサイトやネット広告からシステム開発まで総合的なITサービスで急成長中のITベンチャーのソラミチ(東京・千代田)の仕事に関与できれば幅広い経験を積んだ人材を養成できると考え、業務提携に踏み切った。同社が地方企業の支援に関心を持っていることが決め手になった。

 同市と釧路商工会議所、阿寒町商工会、音別町商工会、釧路地域DX推進協会、釧路信用金庫、釧路信用組合、大地みらい信用金庫、北洋銀行が共同出資。同市は3年間限定の補助金も設けて運転資金の一部とした。

 こうして国内で初めて官民連携によるIT開発会社「k-Hack」が23年6月に発足した。釧路高専OBと韓国出身のエンジニアを雇用し、同年9月に本格的に業務が開始した。24年2月時点で11人を雇用し、そのうち国内外からの移住者は9人だ(※)。k-Hackは3年以内に事業を軌道にのせ、50人規模の雇用実現を目指している。

 新会社は地元企業からは受注しないが、従業員は副業ができるようにした。従業員にとっては独立に向けた「慣らし運転」にもなるし、DXに不慣れな地域企業にとっては、副業レベルで関わってくれるIT人材がちょうど良いのではないかと考えた。

 澄川センター長が持つビジネスセンスや地域を巻き込む力、そして何より地域の共同出資が象徴するk-Bizへの厚い信頼があってこそ実現したのだろう。なかなか真似できない取り組みだと思う。

【日経グローカル(日本経済新聞社刊)482号 2024年4月15日 P19 企業支援の新潮流 小出宗昭連載第13回より】

(※)24年8月時点で社員12名、アルバイト4名を雇用し、国内外からの移住者は11名になっている。

中小企業支援家

59年生まれ。法政大卒後、静岡銀行に入行。M&A担当等を経て、01年静岡市の創業支援施設へ出向。起業家の創出と地域産業活性化に向けた支援活動が高く評価され、Japan Venture Award 2005経済産業大臣表彰を受賞した。07年浜松市に開設された中小企業支援施設への出向中に故郷の富士市から新設する中小企業支援施設のセンター長着任を依頼され、08年銀行を退職し会社を立ち上げ施設の運営を受託し12年に渡り運営した。知恵を使って売上を生む小出流の中小企業支援をわが町にもと取り組む自治体が全国20カ所以上に拡がった他、NHK「BS1スペシャル」や「クローズアップ現代等でその活動が特集された。

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