地域とビジネスの相性 時間をかけ見極める必要
山口県萩市には、江戸時代から昭和初期の歴史的建築物が戦争や自然災害、近代的な開発の影響を免れ街じゅうに残る。町並みの価値を早期に認識していた同市は、独自の条例を1972年に制定し歴史的景観の保全を始めた。武家屋敷跡が多い堀内地区と平安古(ひやこ)地区は、75年に創設された伝統的な集落、町並みを保存するための国の制度に基き翌年に「重要伝統的建造物群保存地区(重伝建地区)」に日本で最初に選定された。
市内北部にかつて萩城下の港町として地域の経済活動を担い栄えた浜崎地区がある。鉄道の開通や日本の戦後復興による人口流出などが原因で衰退したが、その良さを掘り起こし活気を取り戻そうと住民が動いた。後に「浜崎しっちょる会」となる任意団体を97年に立ち上げ、市と協働し町並み保存事業を推進した。自分達が住む町屋の内部や代々伝わる由緒ある品物を一般公開するなどして、地域内外の人をもてなす取り組みも始めた。住民参加のまちづくりにより同地区も2001年に重伝建地区に選定された。
萩市ビジネスチャレンジサポートセンターは、こうして保全、修景が進んだ浜崎地区の一角に20年2月に開設した。獅子野美沙子センター長は着任から1年がたった頃、明治時代の建物で、センターの並びにある元生花店の入居者が決まらない事を知る。市が譲り受け多額の費用をかけ修理中だった。浜崎しっちょる会の人たちと面談する時など度々話題に出るため、常に頭の片隅に置くようになった。
書店と美容室を融合
22年夏、獅子野センター長がリサーチ業務をしていた時、神奈川県三浦半島の南端にある三浦市を拠点とする出版社、アタシ社の「本と美容室」というビジネスに出会った。
所在地の文化や人に合わせ選書する独立系書店と、首都圏などで腕を磨いた美容師の美容室を合体させた店舗を、あえてローカルで展開する事業だ。神奈川県内で手応えを感じていた同社は次の出店先を探していた。
地域の人達に新たな気づきややる気をもたらしてくれそうなビジネスだと獅子野センター長の胸は高鳴った。萩市は06年から移住・定住促進に取り組むなど、歴史や伝統を大切にしつつも積極的に外に向けて開いてきた。これはアタシ社が出店先に求める要素だった。
萩市が所有する元生花店は、民間事業者に運営権を売却するコンセッション方式で入居者を募っていた。獅子野センター長は同社に、プロポーザル方式ではあるが萩市への出店を検討してみないかと打診した。熱のこもったメールを受け取ったアタシ社は雑誌の取材も兼ねて22年秋に同市を訪れた。浜崎地区の風景やその住人に魅せられ、何度か行き来して情報を収集した。可能性を確信した同社のプランは、23年4月に応募し選考を経て採択された。約1年をかけて開業を準備し、今年の6月29日に「本と美容室」萩店をオープンした。
全国の自治体で空き店舗対策事業が行われているが、重要なのはビジネスの性格と地域の特性がうまくマッチするかどうかを判断することだろう。地域と密着して挑戦している獅子野センター長はアタシ社の存在を知って、その取り組みや考え方を十分に理解した上で出店を促し、出店に結びついた。この事例は他の地域の誘致の取り組みでも参考になるに違いない。
【日経グローカル(日本経済新聞社刊)488号 2024年7月15日 P29 企業支援の新潮流 小出宗昭連載第16回より】