機を逃さぬ素早い商品化 地域の意識にも変化生む
売り上げを増やすには、機を逃さずスピーディーに商品化する事も重要だ。秋田県湯沢市の湯沢市ビジネス支援センター(ゆざわビズ)も開設当初から心がけてきた。それが端的に表れたのが以下の事例だ。
20年8月、故・安倍晋三元首相が辞任を表明した2日後に、同市出身で内閣官房長官だった菅義偉氏の総裁選出馬の可能性が報道された。ゆざわビズの藤田敬太センター長は即座に過去の新首相誕生時の地元の様子を調べた。関連グッズの開発が王道だった。特に印象に残ったのは鳩山由紀夫氏が首相に就任した時の地元北海道室蘭市の沸き立つ様子だった。「810(ハト)セール」の名称で様々な店が810円で売り出されていた。
菅氏に「令和おじさん」のあだ名がついた新元号発表記者会見の後には、湯沢市ではなく秋田市の事業者ばかりが関連商品を出していた事も知った。「今回は湯沢市が盛り上がるべきだ」と思った。
菅氏は9月2日に正式に立候補を表明する前から有力視されていた。投開票まで2週間もないが、藤田センター長は、時間やお金をかけない「菅グッズ」の開発を地域の事業者に提案した。さらにゆざわビズがある駅通り商店街のメンバーに、ハトセールを引き合いにし「菅氏が勝ったら全ての商店街で一斉にセールをして盛り上げては」と声をかけた。99代目の首相なので99(キューキュー)セールと名付け、99円、990円といった99をつけた値段にしたらインパクトがあると具体的な提案もした。翌日には商店街からセール実施決定の連絡があった。横断幕やポスターなども用意される事になった。
総裁選が告示された9月8日頃には、グッズ開発に取り組む事業者の関係者が菅氏を題材にラップの曲を作るという話も飛び込んできた。藤田センター長はこうした動きを発信し、まず東北地方の有力紙である河北新報が10日に報じた。同日に秋田テレビが紹介すると、他の新聞やテレビが追随し、湯沢市が秋田県初の内閣総理大臣誕生を期待し盛り上がっているという報道が過熱していった。これに背中を押されるようにグッズを開発する事業者も増えた。
コロナ禍に干天の慈雨
14日の投開票で菅氏の首相就任が確定した翌日からは、全国紙や全国放送のテレビ番組、県外の地方紙も湯沢市が祝賀ムードだと大々的に報じ始めた。菅内閣が発足した16日から行われた99セールの効果もあり、Tシャツやパフェ、ヨーグルト、饅頭、弁当、米、甘露煮など様々な記念グッズは飛ぶように売れた。ゆざわビズの調査では経済効果は4000万円に上った。コロナ禍第二波の最中で、リーマンショックを超える経済の落ち込みを記録していた頃なので、干天の慈雨と感じた事業者も多かっただろう。
「当時の取り組みが地域の人達の意識に変化を生じさせたのでは」と藤田センター長は感じる。菅氏の退任時にも多くの事業者が商品開発したほか、23年にJR湯沢駅前に菅氏の胸像が設置された際、事業者が自主的に「グッズを作り売り上げの数%を維持管理費に回す企画を考えている」と相談してきた。この時も様々な新商品が生まれた。
チャンスを捉え、納得感のある提案とスピード感のある戦術で、点ではなく面での取り組みが実現し、地域のやる気に火をつけた好事例だと思う。
【日経グローカル(日本経済新聞社刊)486号 2024年6月17日 P39 企業支援の新潮流 小出宗昭連載第15回より】