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【なんでフルマラソンに年齢制限があるの?】なぜ学生エリートランナーは、フルマラソンに挑戦しないのか?

たくや/ランナー医師、ランナー、ランニングコーチ

学生の陸上競技の最長距離種目は、中学生が3000m、高校生が10000m、大学生がハーフマラソンとなっています。実際に有名な大学生のランナーも、フルマラソンに挑戦するのは大学4年生か社会人になってからというのが圧倒的に多いと思います。さらに多くのハーフ・フルマラソンの大会は、18歳以上であることが参加資格に盛り込まれています。なぜ学生ランナーはフルマラソンに挑戦しないのでしょうか。18歳未満の方は参加資格がないのでしょうか。

「成長過程の未成年者に、マラソンの負荷は大きすぎる」と言われているが

成長段階の身体には、フルマラソンの負荷は危険!と一般的に言われています。ですがその根拠となる文献は見当たりません。そして中学生と高校生にマラソン練習のプログラムを実行したところ、怪我をしたのは高校生の方が多かったという文献もあります。さらに海外のサイトをみると、Runner‘s Worldでは「エビデンスはないものの、マラソンを走るリスクが高く必要性が低い」、VerywellFitでは「身体・骨・心肺・精神への悪影響を危惧するとともに、賠償保険会社の推奨・要件に基づいて年齢制限が設定されている」とあります。要は「証拠はないけど、たぶん若いうちにフルマラソンを走るのはリスクが大きいよね」そして「それに基づいて賠償保険も設定されているから、大会では年齢制限を設けています」ということです。
日本国内ではハーフ・フルマラソンの多くの大会が、参加条件を18歳以上としています。ですが海外をみると、この年齢制限にはバラつきがあります。例えば平壌マラソンは年齢制限なし、ホノルルマラソンは7歳以上、ヒューストンマラソンは12歳以上、北京マラソンは20歳以上となっています。世界的にみると、見解は一様ではなさそうです。

若いうちはマラソンを走るメリットが少ない

もう一つの理由は、若い頃からフルマラソンに挑戦するメリットが少ないからということです。それはフルマラソンの走力がピークとなる年齢は、20代後半だからです。

実際にハーフマラソン・フルマラソンの自己ベストを記録した年齢・走力のピーク時の年齢を調べた文献をみてみます。その文献では1997年から2020年まで、世界の陸上競技の記録を収集しているTilastopajaのサイトから入手できるデータを解析しています。解析したのは18歳以上のハーフマラソン・フルマラソンのトップ20の記録をもつ選手で、何歳の時に自己ベストを記録したかを調べています。

1997年から2020年における、ハーフマラソン・フルマラソンのピーク時の年齢:Thuany M et al.Medicina (Kaunas). 2021
1997年から2020年における、ハーフマラソン・フルマラソンのピーク時の年齢:Thuany M et al.Medicina (Kaunas). 2021

結果をみると1997年から2020年にかけて、昔も今もフルマラソンのベストを記録する年齢の方が、ハーフマラソンのベストを記録する年齢より高いことが分かります。特に男性でこの傾向は強く、フルマラソンのベストを記録できるのは28歳程度ということが分かります。
これをみると若いうちはスピードがつきやすく、ベテランになるとスタミナがつきやすくなることが分かります。若い頃はスタミナに拘らず、短い距離でスピードを鍛えるのが良いのかもしれません。

ランキング別のピーク時の年齢と、国籍の大陸別のピーク時の年齢:Thuany M et al.Medicina (Kaunas). 2021
ランキング別のピーク時の年齢と、国籍の大陸別のピーク時の年齢:Thuany M et al.Medicina (Kaunas). 2021

また、世界のランキングの3位以内・4-10位・11-20位のランナーを比較すると、ランキングが上位のランナーほど自己ベストを記録した年齢が高いことが分かります。そしてアジア・アフリカ国籍のランナーは、他の大陸の国籍のランナーより若年でピークを迎えるようですが、それでも28歳前後のようです。

若年のうちからフルマラソンで結果を出したランナーの今は?

世界的にも多くの大会で、ハーフマラソン・フルマラソンの年齢制限を設けています。ですが以前は学生や学童が参加して、びっくりするような記録を打ち出しています。そのようなランナーが、その後どうなったかをみてみます。
MyBESTRunsのHPからですが、男性では10歳以下のマラソンの世界記録を持つウェスリー・ポール(9歳:2時間56分57秒)、11-14歳の同記録を持つ同氏(14歳:2時間41分31秒)は、その後の情報がありません。15-19歳の同記録を持つツェガエ・メコネン(19歳:2時間4分32秒)は、それがピークで以降記録が下り坂になります。
女性では、10歳以下のマラソンの世界記録を持つジュリー・マリン(10歳:2時間58分1秒)、11-14歳の同記録を持つシン・ウェイ(14歳:2時間33分8秒)は、現在では記録の検索もできません。15-19歳の同記録を持つシュレ・デミセ(19歳:2時間20分59秒)は、その4年後の世界陸上に出場しましたが途中リタイアしました。結局その記録がピークのようです。
マラソンは他の競技のように、早くから競技に取り組めば良い結果が出るという訳ではないようです。

ですが、2015年の北京世界陸上のマラソンを19歳で優勝したギルメイ・ゲブラシラシエ(記録は2時間12分27秒)は、以降も順調に記録を伸ばし、2022年のチューリッヒマラソンで2時間5分34秒を記録しています。一部ですが若い頃からマラソンを走って記録を残し、以後も成長しているランナーもいるようです。

まとめ

「若いうちにフルマラソンを走るのは体への負荷が大きすぎる。」というのは、文献的にはエビデンスが乏しいようです。ですが実際に過去の記録をみると、正しい可能性が高いと感じます。それよりも「フルマラソンのピークを迎えるのは28歳前後だから、若いうちからフルマラソンを走るメリットが乏しい」というのが正しい見解だと自分は考えます。
若いうちは短い距離でスピードを鍛えて、高校を卒業してからハーフマラソン、大学を卒業してからフルマラソンを始める。そんな日本の長距離ランナーの取り組みは、過去の記録や文献を読んだ限りでは正しいように思えます。

医師、ランナー、ランニングコーチ

41歳まで某大学病院の消化器肝臓内科で勤務、現在は都内の一般病院で内科医をしています。また、中学でランニングを始めて走歴は約40年、その経験を活かしてランニングステーションでコーチもしています。総合内科専門医・消化器病専門医・肝臓専門医・抗加齢医学会専門医、JMJA公認ランニングドクター他、資格は多数。フルマラソンの完走は67回でベストタイムは2時間50分31秒(2019湘南)。ランナーからよく聞かれることやランナーに伝えたい事を、科学的なエビデンスと経験をもとに記事を書いています。

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