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【論文で驚きの能力が公開!】親子マラソンの世界記録を達成した元オリンピアンの父親と、走歴4年の息子

たくや/ランナー医師、ランナー、ランニングコーチ
写真は写真ACより

大規模マラソン大会の前に、親子で数キロ走る親子マラソンという競技を目にすることがあります。多くは小学生くらいの子供が親と一緒に走って、最後は手をつないでゴールというものです。ですがギネスの記録では、親子で同じフルマラソンに参加して、その合計タイムを競う種目があるのです。現在のギネス世界記録は、2019年10月のフランクフルトマラソンで記録された4時間59分22秒です。2人の写真はアイリッシュタイムズのHPを見てもらうこととして、2020年に公開されたそのランナーの詳細を調べた文献をみてみましょう。

父親は元オリンピック選手、息子は走り始めて4年のランナー

父親はアイルランド在住のトミー・ヒューズさんで、23歳のときダイエット目的で長距離走を始めました。その後飛躍的に記録を伸ばし、フルマラソンの自己ベストは2時間13分59秒という凄いレベルに到達しました。さらに驚くのは32歳のとき、バルセロナオリンピックのマラソンに出場したのです。バルセロナオリンピックといえば、森下選手が銀、中山選手が4位、転倒しながらも谷口選手が8位入賞した我々も記憶に残る大会です。残念ながら彼の記録は2時間32分55秒の72位でしたが、オリンピックに走歴10年で参加した凄いランナーなのです。その後は一時アルコール依存になりランニングを中断しましたが、48歳から再度ランニング再開しています。ほとんど練習しなかったベルファストマラソンで8位入賞、以降は練習に力を入れるようになり、59歳でこの大会を迎えました(Athlete WeeklyOlympedia参照)。

一方で息子のエオイン・ヒューズさんは、30歳から走り始めました。走歴4年で、直前の大会では10kmレースで30分51秒、ハーフマラソンで1時間08分30秒を記録、そして今回のフランクフルトマラソンが初フルマラソンでした。

世界記録を出したときの、親子のペース:Louis JB et al.J Appl Physiol.2020
世界記録を出したときの、親子のペース:Louis JB et al.J Appl Physiol.2020

レースは序盤は息子のエオインさんがリードするものの、終盤はペースダウンして抜かれてしまいました。ですが走歴4年にも関わらず、ゴール直前になってもサブスリーの速さで粘ってゴールしました。そして父親は威厳を保つネガティブスピリット、オリンピアンの片鱗を見せました。

その結果、父親は2時間27分52秒で完走し、息子は2時間31分30秒で完走しました。親子の合計タイムは4時間59分22秒で、それまでの記録を2分50秒更新してギネス世界記録となりました。

父親と息子の心肺能力、ランニングエコノミーなどの能力は?

最大酸素摂取量

世界記録を出した親子の酸素摂取量:Louis JB et al.J Appl Physiol.2020
世界記録を出した親子の酸素摂取量:Louis JB et al.J Appl Physiol.2020

驚くのは父親で、59歳にも関わらず最大酸素摂取量が65.4ml/kg・分という高い心肺能力をもっていました。同年齢の熟練アスリートはだいたい45ml/kg・分程度です。そして息子は走歴が浅いものの、それを上回る66.9ml/kg・分という数値でした。ランニングを始めてわずか4年で、こちらも驚く数字です。

走行速度による酸素摂取量・心拍数・血中乳酸値

世界記録を出した親子の走行速度によるランニングエコノミー、酸素摂取量、心拍数、血中乳酸値:Louis JB et al.J Appl Physiol.2020
世界記録を出した親子の走行速度によるランニングエコノミー、酸素摂取量、心拍数、血中乳酸値:Louis JB et al.J Appl Physiol.2020

(左上:ランニングエコノミー)

息子はペースが上がるにつれて、ランニングエコノミーが低下しています。まだまだペースの速いランニングに馴れていない印象です。一方で父親は時速16~17kmのレースペースで、最もランニングエコノミーがよくなっています。このくらいの速度を一番練習しているのでしょう。

(右上:酸素摂取量)

息子は最大酸素摂取量が父親より高かったのですが、レースペースではその84.5%の酸素摂取量になっています。一方で父親はなんと、最大酸素摂取量の90.9%の酸素摂取量でレースを走っていることが分かります。70歳の男子マラソン世界記録保持者が、最大酸素摂取量の93%でマラソンを走破したとの報告もあり、年配の記録保持者はこういう能力に長けているのかもしれません。

(左下:心拍数)

やはり加齢とともに最大心拍数は低下しますから、父親の方が心拍数は少なめです。ですが最大心拍数と比較すると、息子は最大心拍数の90.9%、父親は93.3%まで追い込んでいました。父親は心拍数が少なめながら、かなり追い込んで走っていることが分かります。

(右下:血中乳酸濃度)

息子はペースとともに徐々に乳酸濃度が上昇しますが、父親は時速17kmを超えると急上昇します。レース序盤の15km地点で、時速18km(キロ3分20秒)で飛ばした息子についていかなかったのは、こういう理由があったのかもしれません。時速17km(キロ3分32秒)の乳酸作業性閾値と思われる運動強度で序盤を走り、終盤にペースアップする、父親は理想的なレース運びをしていたわけです。

実は日本人も、親子マラソンのギネス記録をもっている

写真は写真ACより
写真は写真ACより

今回は2019年のフランクフルトマラソンで、親子のフルマラソンのギネス記録を更新したトミー・ヒューズさん、エオイン・ヒューズさんの身体能力を調べた研究をまとめました。運動能力は66%、練習による伸びしろは47%、運動への取り組みは62%遺伝すると言われています。成人してからランニングを始めたところも、始めてすぐに素晴らしい結果を出すところも、高い最大酸素摂取量も親子で似たところがあるように思います。

ですが実は、親子マラソンのギネス記録は男性の親子にのみ限ったものではありません。そして日本人がもっている記録もあります。2014年の大阪国際女子マラソンで、母の前田淳子さんと娘の前田彩里さんがギネス世界記録を達成、それは現在も破られていません(ギネスワールドレコードのHPより)。また2014年の別府大分マラソンでは、日本人ランナーの母の片岡昌子さんと息子の片岡哲朗さんが、ギネス世界記録を達成しています(現在は更新されています:ギネスワールドレコードのHPより)。今回の文献はアイルランドのランナーでしたが、そんな日本人のランナーも、素晴らしい能力を持っているのかもしれません。

医師、ランナー、ランニングコーチ

41歳まで某大学病院の消化器肝臓内科で勤務、現在は都内の一般病院で内科医をしています。また、中学でランニングを始めて走歴は約40年、その経験を活かしてランニングステーションでコーチもしています。総合内科専門医・消化器病専門医・肝臓専門医・抗加齢医学会専門医、JMJA公認ランニングドクター他、資格は多数。フルマラソンの完走は68回でベストタイムは2時間50分31秒(2019湘南)。ランナーからよく聞かれることやランナーに伝えたい事を、科学的なエビデンスと経験をもとに記事を書いています。

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