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まだ若いシングルマザーと清掃業の独身男性。「見えない存在」になっている彼らに思いを寄せて

水上賢治映画ライター
「星くずの片隅で」より

 2019年の香港民主化デモを背景にした内容で香港では上映禁止の処分を受けた映画「少年たちの時代革命」。日本では2022年末から劇場公開され大きな反響を呼び、まだ記憶に新しい本作をレックス・レン監督とともに共同で手掛けたのが、今回話を訊いた香港の新鋭、ラム・サム監督だ。

 現在、日本劇場公開中の映画「星くずの片隅で」は、彼の単独監督デビュー作。「少年たちの時代革命」と同様に、いまの香港社会で懸命に生きる市井の人々にスポットライトを当てる。

 生き方が不器用な中年男性と、窮地に立っても明るさを失わないシングルマザーの出会いから始まる物語は、いまの香港社会に対する問題に直接的に言及したり、声高に社会的メッセージを放ったりしているわけではない。

 日本のタイトルのように、星くずのような小さな存在でしかない、町の片隅でひっそり、しかし懸命に、そして誠実に生きようとする人間たちをそっと見つめる。そこからは、確実にいまの香港社会の空気、香港で生きる人々の息吹がしっかりと感じられるはずだ。

 記念すべきデビュー作で目指したこととは?本作で香港の何を描き、何を伝えようとしたのか?香港の新時代を築くラム・サム監督に訊く。全五回。

「星くずの片隅で」のラム・サム監督  筆者撮影
「星くずの片隅で」のラム・サム監督  筆者撮影

主人公の仕事を清掃業にした理由

 前回(第三回はこちら)、「自分の育った環境に近い都会の片隅にある小さな町の名もなき人々のリアルな日常を取り上げた映画を作ろうと思いました」と明かしてくれたラム・サム監督。

 その物語は、小さな清掃業者を営むザクと、女手ひとつで幼い娘を育てるシングルマザーのキャンディを主軸に置きながら、都会の片隅で懸命に生きる市井の人々の日常と、心の交流が描かれる。

 その中には、自身と脚本家が実際に目にしたことなどがふんだんに盛り込まれているという。

「コロナ禍に入る前から、脚本の構想は練っていたのですが、その時点で、まず主人公の仕事は清掃業にしようと考えていました。

 なぜ、清掃業者にしたのかというと、今回、脚本を担当してくれたフィアン・チョンの発案でした。

 彼がたまたま町を歩いているときに、清掃業に携わる人たちが地位の向上や労働対価に対することでのストライキをしているところに居合わせたそうなんです。

 それで脚本をどうしようかと構想を練っているとき、そういえば清掃の仕事をしている人たちってあまりきちんと映画で取り上げられていないよね、という話になりました。

 確かに考えてみると、オフィスを舞台にした映画などで必ず出てきますけど、主人公になることはない。だいたい脇役で、ちょっとだけ出てきて、とくに深く触れられることはほどんどない。

 彼らにスポットライトを当ててみることで、新たな世界が見えてくる物語ができるのではないかと考えて。

 そこで、清掃業者の人を通して、ひとつの物語を作るというのはどうだろうと、話がまとまりました」

清掃員の方々というのは、現代社会が抱えている問題を解決している人たち

 そのように考えを及ばせたのには、こんな思いもあったという。

「清掃業というのは、みんながやりたがらない仕事のひとつだと思います。

 ただ、ほんとうによくわたしたちは考えないといけないと思うのですが、彼らの存在なくしてこの社会は成り立たないんです。

 彼らが日々、ごみを収集して運んでくれたり、オフィスをきれいに掃除してくれたりしているから、わたしたちは快適に生活ができて、オフィスで仕事することができる。

 もし、彼らの存在がなければ、町はゴミであふれかえり、交通が麻痺したり、環境が悪化したりと社会が機能不全になる。

 彼らの存在がなければ、あらゆるところに支障が出ていまの生活が成り立たなくなってしまう。

 実は清掃員の方々というのは、現代社会が抱えている問題を解決している人たちだと思うんです。

 でも、彼らの仕事や努力に対して、あまりにもわたしたちは無知で、目を向けていない気がする。

 快適な生活を享受していながら、彼らを見えない存在にしているところがある。

 そこで、見える存在としてこの映画で描きたいと思いました」

「星くずの片隅で」より
「星くずの片隅で」より

このことはほとんどニュースで伝えられていない

 よく考えると、コロナ禍もまた、清掃員たちの存在は大きかった。でも、その仕事についてはほとんど伝えられていないといってもいいかもしれない。

「映画で描いたことですけど、コロナ禍、清掃員のみなさんはオフィスや街の消毒作業に明け暮れていました。

 でも、このことはほとんどニュースで伝えられていないと思います。

 ニュースが報じるのは、ほとんど医療現場のことです。もちろん、このコロナ禍での医療従事者の献身的な活動はたたえられるべきだと思います。

 でも、その医療施設やオフィスといったところのクリーニングに当たったのは清掃業の方々であることを忘れてはいけないと思います」

キャンディをシングルマザーという設定にした理由

 キャンディをシングルマザーという設定にしたのもこんな実体験があったからという。

「香港の統計調査などを見たわけではないんですけど、香港ではシングルの家庭が珍しくない。

 たとえば、シングルマザーの母親のもとで育って、父親に一度も会ったことがない、という子どもも珍しくない。

 わたしの知り合いにもいます。

 あと、わたしが学校で担当したクラスの生徒も、半分以上、親が離婚していました。

 で、日本でもそうだと聞いていますが、香港でもシングルで子どもを育てるというのはかなり大変で。

 コロナ禍で、その状況はさらに悪化したことは想像に難くない。

 ということで、シングルマザーという設定をとって、いまの社会の問題や支援の在り方、そういったことをよりクリアにみせて、映画を通して考えられればと思いました」

(※第五回に続く)

【「星くずの片隅で」ラム・サム監督インタビュー第一回はこちら】

【「星くずの片隅で」ラム・サム監督インタビュー第二回はこちら】

【「星くずの片隅で」ラム・サム監督インタビュー第三回はこちら】

「星くずの片隅で」ポスタービジュアル
「星くずの片隅で」ポスタービジュアル

「星くずの片隅で」

監督:ラム・サム

出演:ルイス・チョン、アンジェラ・ユン、パトラ・アウ、トン・オンナーほか

全国順次公開中

公式サイト https://hoshi-kata.com

筆者撮影以外の写真はすべて(C)mm2 Studios Hong Kong

映画ライター

レコード会社、雑誌編集などを経てフリーのライターに。 現在、テレビ雑誌やウェブ媒体で、監督や俳優などのインタビューおよび作品レビュー記事を執筆中。2010~13年、<PFF(ぴあフィルムフェスティバル)>のセレクション・メンバー、2015、2017年には<山形国際ドキュメンタリー映画祭>コンペティション部門の予備選考委員、2018年、2019年と<SSFF&ASIA>のノンフィクション部門の審査委員を務めた。

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