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北朝鮮は水害被害よりもミサイル 7度目の核実験も視野に!

辺真一ジャーナリスト・コリア・レポート編集長
新型戦術弾道ミサイル発射台と演説する金正恩総書記(朝鮮中央通信

 「泣いた烏がもう笑った」ではないが、1週間前に中朝国境を流れる鴨緑江の氾濫で国境都市・平安北道新義州が水害被害を被った時は落胆のあまり深刻な表情をしていたのに昨日(4日)は、いつもの勝気な金正恩(キム・ジョンウン)総書記に戻っていた。

 金総書記は昨日、平壌で行われた新型戦術弾道ミサイル発射台の国境第1線部隊への引き渡し儀式に出席し、意気揚々演説をしていた。

 北朝鮮のメディアでは紹介されていなかったが、朝鮮中央通信が配信した25枚の写真をみると、19枚目に式典会場に「ジュエ」とおぼしき娘の姿が写っていた。

「ジュエ」とみられる娘(朝鮮中央通信から)
「ジュエ」とみられる娘(朝鮮中央通信から)

 朝鮮戦争休戦協定日の7月27日に見舞われた豪雨で新義州の約4100余世帯の家屋と3000ヘクタールの耕地、そして数多くの公共施設、道路、鉄道が浸水するなど大きな被害にあったことが写真や映像で伝わると、国際人道団体をはじめ韓国やロシアなどが北朝鮮の人道危機を憂い、支援を表明したが、肝心の北朝鮮は全く意に介してないようで、支援を仰ぐ素振りも見せていない。

(参考資料:慢性化した北朝鮮の「豪雨被害」 それでも韓国の支援は拒否!)

 韓国の支援申し入れに対しては何の反応も示さず、金総書記はむしろ「我々の被害状況を捏造して、我が共和国のイメージに泥を塗るための悪辣な宣伝に熱を上げている」と批判し、逆にロシアに対しては丁重に感謝の意を表し、「助けが必要な場合は最も真実な(ロシアの)友人たち、モスクワに助けを請う」と述べただけで当面は外部の力を借りずに自力で復旧工事にあたる意向を表明していた。

 やせ我慢をしているのかもしれないが、北朝鮮の水害被害は外部が心配するほど深刻ではないのかもしれない。というのも、北朝鮮は慢性的に水害被害にあっているからである。金正恩政権発足(2012年)から数えただけでこれまでに豪雨、台風被害は5~6回あった。

 最も大きな被害は2016年で8月29日から9月2日の間に咸鏡北道で発生した洪水被害では死者138人、行方不明400人を出し、倒壊、流出家屋は2万9800戸、被災者延べ14万人に達した。新型コロナウイルス最中の4年前の2020年にも1万6680棟の家屋と630棟の公共施設が破壊され、3万9000ヘクタールの農耕地が被害を受けていた。

 それに比べれば、今回は比較的に「軽傷」で済んだということなのかもしれない。そのことは、金総書記が8月2日に救助活動に動員された空軍ヘリ部隊を視察した際に本当かどうかわからないが「浸水による被害が最も大きかった新義州地区で一人の人命被害もなかったのが有難かった」と言っていることからも窺い知ることができる。

 そうでなければ、昨日(4日)、新型戦術弾道ミサイル発射台の国境第1線部隊への引き渡し儀式を平壌で盛大に行うことはできなかったであろう。もちろん、多少無理してでも式典をやらざるを得なかった事情もあった。

 国を挙げての水害復旧工事を優先させるならば本来ならば、この式典をもう少し遅らせても良さそうなものだが、金総書記は式典での演説で「全国が水害復旧のための闘いに奮い立った時であるにも関わらず新型兵器システムの受け渡し記念式を行うのは人民死守、主権守護の根本保証である国防力の強化をいかなる環境の中でも停滞させずに推し進めようとする我が党の透徹した意志でもあり、国家建設で堅持している不変の原則的な立場である」と強調していた。即ち、北朝鮮という国は天災が起きようが、人災が起きようが、国防優先なのである。

 それにしても、戦術弾道ミサイル発射台の引き渡しをなぜ、8月4日に定めたのだろうか?

 実は、金総書記は昨年8月3~5日と、11~12日と軍需工場を視察していた。1回目の視察では超大型大口径ロケット砲弾生産工場とミサイル発射台車工場が含まれていた。また、2度目は戦術ミサイル生産工場、戦術ミサイル発射台車生産工場を視察していた。要は、8月4日が金総書記の軍需工場視察の記念すべき1周年に当たるからだ。

 北朝鮮の発表によると、今回国境第1線部隊に引き渡された新型戦術弾道ミサイルの発射台数は250台で、金総書記は「僅か1年という短期間で250台を生産した」(金正恩)と胸を張ってみせていた。

 もちろん、1カ所で生産されたのではく「軍需部門の各重要企業所が生産した」と言っているところをみると、複数の工場で生産されたようだ。それも、250台の配備は第1段階に過ぎず、今後、第2、第3段階とさらに補強することを明らかにしていた。

 北朝鮮は3種類ある新型戦術弾道ミサイルを金総書記の言葉を借りるならば「軍事力の主力」「中核的な攻撃型兵器」として重視している。

 今回国境第1線部隊に引き渡された新型戦術弾道ミサイルは近距離戦術誘導ミサイル「火星―11ラ型」で射程110km。 軍事境界線からソウルまでは60kmなので全人口の半分近くを抱える首都圏は完全に射程圏内に入る。発射台は6輪で4連装。単純計算すれば、250台から同時に発射されれば、1千発が首都圏に着弾する。

 新型戦術弾道ミサイルは核の搭載が可能とされているが、北朝鮮はあえて「新型核戦術弾道ミサイル」という表現は使わなかった。それでも演説で「特殊な物理的な力である戦術核の実用的側面でも効果性を向上させた」と述べていたことや「敵対勢力が我が国を相手に武力を使用する考えもできないように戦争抑止力と戦争遂行能力を圧倒的に強化していく」と強調していたところをみると、今月19日から始まる米韓合同軍事演習(乙志フリーダム・シルド=自由の盾)を相当意識しているようだ。

 金総書記は演説で「現在の保有している戦争抑止力水準で満足してはならない」として「国防発展5か年戦略目標を譲歩することなく徹底的に完璧に占領すべきである」と号令を掛けていた。

 来年度が最終年度となる国防発展5か年戦略目標には▲核兵器の小型・軽量化と▲中・大型核弾頭の生産が含まれている。

 金総書記は演説で核について「急変する全地球的安保環境と米国が主導する軍事ブロック体系の無分別な拡張は我々をして国家の核力量と核態勢を一層徹底的に完備しなければならないとの結論に到達させ、日々刻々とその切実さを感じさせている」と発言していた。

 北朝鮮は金総書記のこの発言の前日(3日)に外務省が「敵対国家が企図し、試みるかもしれない全ての形態と規模の核攻撃を抑止し、現在と未来の不確実な安全環境から国家の主権と領土保全を守るのは我が国の核戦力に付与された憲法的義務である」として「我が国は自分の主権と安全利益、地域と世界の平和と安定保障のために最も必要な措置を講じる準備ができている」との対外政策室の名による広報文を出していた。

 どうやら米朝ハノイ会談が決裂した2019年から「今度こそやるかもしれない」と毎年、米韓が警戒している7度目の核実験も北朝鮮の視野に入っているようだ。

(参考資料:謎が謎を呼ぶ北朝鮮の「水害被害」 真逆の北朝鮮発表と韓国情報!)

ジャーナリスト・コリア・レポート編集長

東京生まれ。明治学院大学英文科卒、新聞記者を経て1982年朝鮮問題専門誌「コリア・レポート」創刊。86年 評論家活動。98年ラジオ「アジアニュース」キャスター。03年 沖縄大学客員教授、海上保安庁政策アドバイザー(~15年3月)を歴任。外国人特派員協会、日本ペンクラブ会員。「もしも南北統一したら」(最新著)をはじめ「表裏の朝鮮半島」「韓国人と上手につきあう法」「韓国経済ハンドブック」「北朝鮮100の新常識」「金正恩の北朝鮮と日本」「世界が一目置く日本人」「大統領を殺す国 韓国」「在日の涙」「北朝鮮と日本人」(アントニオ猪木との共著)「真赤な韓国」(武藤正敏元駐韓日本大使との共著)など著書25冊

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