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謎が謎を呼ぶ北朝鮮の「水害被害」 真逆の北朝鮮発表と韓国情報!

辺真一ジャーナリスト・コリア・レポート編集長
空軍ヘリによる被災者救助活動を視察中の金正恩総書記(朝鮮中央通信から)

 韓国と体制競争をしていた先代の金日成(キム・イルソン)、金正日(キム・ジョンイル)時代の北朝鮮は社会主義制度の優越性を強調することに腐心し、その裏面の事件や事故、不祥事などの恥部は極力覆い隠していた。

 しかし、3代目の金正恩(キム・ジョンウン)時代になってからは父親の時には極秘扱にしていた妻子のお披露目から軍事機密扱いのミサイルの開発に至るまで限定的ではあるが、ある程度オープンにしている。

 その一例として挙げられるのが、2014年5月の平壌市平川区で起きた23階建ての高層マンション崩壊事故だ。多くの死傷者が出たが、金総書記は党幹部や建設責任者らを現場に派遣し、遺族らに謝罪させ、その様子を写真付きで「労働新聞」で伝えていた。

 そうした情報公開の流れの中でその狙いが国難克服への国内の結束にあるにせよ、あるいは国際社会の支援欲しさにあるにせよ、北朝鮮は台風や豪雨、干ばつなどの被害状況も公開するようになった。特に経済分野での失敗や自然災害対策不備になどについては隠さずに「労働新聞」や「朝鮮中央テレビ」などメディアを通じて内外に伝えている。

 例えば、2016年8月29日から9月2日にかけて咸鏡北道一帯で発生した洪水被害の時は「死者138人、行方不明者400人、倒壊、流出家屋2万9800戸、被災者延べ14万人。この他に破損した公共施設900棟、道路180か所、崩壊した橋60本以上、そして2万7440ヘクタールの農耕地が浸水した」と、被害状況を詳細に伝えていた。

 昨年も台風の到来で穀倉地帯の「平安南道南浦の安石干拓地で堤防が決壊し、水稲を植えた270余ヘクタールを含む総560ヘクタールの干拓地区域が冠水し、江原道の高城郡でも大雨と高潮で堤防が決壊し、200ヘクタール余りの農地が冠水した」と、被害状況を発表していた。

 先月28日に平安北道・新義州市と義州郡で発生した水害状況も北朝鮮は翌日には素早く発表していた。

 朝鮮戦争休戦協定日(7月27日)から降り続いた豪雨により中朝国境を流れる鴨緑江が氾濫し、「約4100世帯の家屋と3000ヘクタールの耕地、公共施設、道路、鉄道が浸水した」と、「朝鮮中央通信」は報じていた。

鴨緑江の氾濫で冠水した新義州郡(朝鮮中央通信から)
鴨緑江の氾濫で冠水した新義州郡(朝鮮中央通信から)

 ここまでは韓国のメディアも北朝鮮の報道をそのまま引用し、伝えていたが、興味深いのは死者を含む行方不明者については北朝鮮では明らかにされていないのに韓国のメディアはその数まで言及していたことだ。

 鴨緑江の氾濫によりこれだけの被害が発生したわけだから行方不明者(死者)がいないのが不自然だ。実際に、金総書記も7月29日から30日まで被災地で開いた政治局非常拡大会議で「許しがたい人命被害まで発生させた」として人命被害があったことを認め、随行した党幹部らに関係者らを処罰するよう命じていた。

 ところが、昨日(8月2日)、災害救助活動に動員された空軍ヘリ部隊を視察した際の演説では「浸水による被害が最も大きかった新義州地区で人命被害が一件も出なかった。これは奇跡としか表現できない」と、「前言」を翻していた。

 それとは逆に、「朝鮮日報」など韓国の大手メディアは死者を含む行方不明者は少なくとも「1100人から1500人に上る」と「国情院」の関係者とおぼしき「政府関係者」や「脱北者」ら「北朝鮮消息筋」の話として伝えていた。

 北朝鮮当局が言うように水害で孤立した人が5000人で、そのうち4200人が救助されたならば、単純計算しても残りの800人は救えなかったことになる。また、約4100世帯の家屋が浸水したならば、1世代平均4人の家族構成だとすれば、被災者は軽く1万人は突破する。

 さらに、金総書記が救出活動が完了した後も一人でも多く救助するよう偵察飛行を行うよう命じていたことから取り残された被災者がいたものと推測され、加えて治安を担当する社会安全省(警察)が「災害危険地域の住民の数をまともに掌握してなかった」(金総書記)ならば、4桁の行方不明者は決して「捏造」とは言い切れないのではないだろうか。まして、被災地の党や行政、警察の幹部らが行方不明者が多数発生すれば、問責されかねないと恐れ、住民にかん口令を敷き、口封じをしていれば、正確な数はわかる筈はない。

 もう一つは、「救助に動員されたヘリが数機、墜落し、そのうち1機は救助した被災民もろとも墜落した」と韓国のメディアが報じていたことだ。

 ヘリ墜落の根拠は、新義州対岸の中国からヘリが落ちるのが住民に目撃され、映像に撮られていたこと、もう一つは豪雨が静まらない悪天気の中で10余機のヘリコプターがそれぞれ20数回も連続的に往復飛行して、救助活動を行っていたことが挙げられる。

 ところが、金総書記は「任務遂行中1機のヘリコプターが救助地域で不時着陸したことがあるが、全ての飛行士が無事であることは有難かった」と述べ、ヘリのパイロットらに謝意を述べていた。そのうえで、金総書記は韓国のメディアは「数機のヘリが墜落したものと見られると捏造し、世論に流布させ、我が共和国のイメージに泥を塗るために悪辣な謀略宣伝に熱を上げている」と、怒りを露わにしていた。

 これも真相は不明だ。

 金総書記が被災地を訪れたのは28日で、29日から30日には被災地で対策会議を開いていた。この時の金総書記の発言の中にはヘリの不時着に関する言及はなかった。どうやら中国側でヘリが落ちるのを目撃されていたことや「2~3機墜落した」と報道されたことで1機の不時着を正直に認めることで数基のヘリ墜落を否定しようとしたものとみられる。

 客観的にみて、ヘリが数基も墜落したならば、金総書記が救助に貢献した軍ヘリ部隊を訪れ、「輝かしい武勲を立てた」として勲章を授与することも宴会を催すこともあり得ない。韓国を欺くために茶番劇をするほど余裕もなければ、愚かでもない。

 北朝鮮は半ば鎖国状態にあり、情報が統制されている。北朝鮮が発信する情報は主に宣伝、即ち体制美化なので北朝鮮の国内情勢や人民の日常生活を把握することは容易ではない。従って、北朝鮮に特派員を置いていない日本など国際社会は韓国からの情報を基に北朝鮮の動静を伝えざるを得ない。

 その韓国で北朝鮮情報を発信する部署は北朝鮮と対峙している統一部と情報機関の「国家情報院」(NSP)それに金正恩体制の打倒を目指す脱北者らである。尹錫悦(ユン・ソクヨル)政権になってからは特に北朝鮮に関しては情報の歪曲、誇張などネガティブ情報が常態化している。

 日本には北朝鮮情報を検証する術がない。ただ、真実を隠そうとする北朝鮮と暴こうとする韓国の狭間にあってとりあえず、双方の主張、言い分をそのまま伝え、読者に判断を委ねるほかない。

ジャーナリスト・コリア・レポート編集長

東京生まれ。明治学院大学英文科卒、新聞記者を経て1982年朝鮮問題専門誌「コリア・レポート」創刊。86年 評論家活動。98年ラジオ「アジアニュース」キャスター。03年 沖縄大学客員教授、海上保安庁政策アドバイザー(~15年3月)を歴任。外国人特派員協会、日本ペンクラブ会員。「もしも南北統一したら」(最新著)をはじめ「表裏の朝鮮半島」「韓国人と上手につきあう法」「韓国経済ハンドブック」「北朝鮮100の新常識」「金正恩の北朝鮮と日本」「世界が一目置く日本人」「大統領を殺す国 韓国」「在日の涙」「北朝鮮と日本人」(アントニオ猪木との共著)「真赤な韓国」(武藤正敏元駐韓日本大使との共著)など著書25冊

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