終末期医療…今こそ、社会や家族で考えるべきことでは?(下)
…前号からの続き…
大塚さんの地域や社会における活動について
鈴木(以下、S):大塚さんは、「ケアプラザさがみはら」のある地域などでも、その分野で発信されたり、社会的な取り組みへの理解を高める活動などもされているかと思います。具体的に教えてください。
大塚小百合さん(以下、大塚さん):最近では様々な場で研修の講師をさせていただく機会があり、大学や地域の専門職団体で学生や医療・福祉分野の方に社会福祉施設の制度的背景、医療の実情や、施設における高齢者救急の内情、終末期のケアなどについてお伝えさせていただいております。
意外だったのは、多くの医療職の方々は大学や専門学校などで必ずしも「老衰による死」を学んでこられなかったということでした。最近では超高齢社会を背景に学習カリキュラムにも反映されつつあるようですが、協力医の先生の方々がおっしゃるには「病院における『死』は医療の敗北なので、私たちはそれを学んでこなかった。勝利(治癒)の為の医療を学んできた。今でも死亡診断書に『老衰』と書くことに抵抗のある医師がたくさんいる」とのことでした。
また、生活の場である施設を看護師や嘱託医がいるという理由で病院と同じような治療ができると考えておられる病院の先生も多くいらっしゃいます。病院の先生方から、「なんで医者が施設にいるのに病院に連れてくるんだ!」といった心無い言葉を受けて傷つく施設職員もいるのです。
そこで、私としては、施設における嘱託医や看護師の役割はあくまで健康管理であり、病院と同じような検査や治療はできないという事実も広く知ってもらいたいと思い、積極的に講師をお受けするようにしています。
また私は、救急病院でMSW(Medical Social Worker、医療相談員)を務めていた頃、多くの家族が、病気や怪我で急に介護問題に直面し、青天の霹靂に困惑する姿を見てきた経験から、一般の方向けに「介護への備えとなる基礎知識」を伝えていきたいと思っていました。
最初は有志のメンバーで一般向けの勉強会などを開いていたのですが、コロナ禍を機に2年ほど前からYouTubeを活用して、発信することもはじめています。「ゆるっとかいご」という番組名で様々な介護施設やサービスの基本的な情報や介護する家族へのお役立ち情報などを仲間と共に発信しています。チャンネル登録者数も現時点でもうすぐ9000名となり、私の登場する動画再生数もトータル14万回を超えました。
想像以上の反響に驚いています。看取り説明会もそうですが、ご本人やご家族に専門的な知識の基礎があるだけで、利用できる制度や施設、ケアの選択の幅がぐっと広がることを実感しています。
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社会的対応の必要性について
S:ありがとうございます。さまざまな活動をされているのですね。さらにこの問題解決のためには、当事者、家族および関連の施設等の努力だけでは不十分かと思います。社会の環境や状況が大きく変わってきているなか、社会的対応も必要でしょう。大塚さんのご経験から、その点での示唆や提言等ありますか。
大塚さん:厚生労働省では、前号でお話したACP(アドバンス・ケア・プランニング)をより馴染みやすい言葉となるように、「人生会議」という愛称で普及を進めています。しかし、専門分野である医療・介護業界の中でも認知度は未だに低く、実践には課題の多い状況です。
平成30年3月に厚生労働省が発表した「人生の最終段階における医療に関する意識調査 報告書」によると「あなたは、アドバンス・ケア・プランニング(ACP)について、知っていますか」という問いに対して、一般国民は「知らない」が 75.5%、医療介護従事者でも、「よく知っている」は医師 22.4%、看護師 19.7%となり、介護職員では 7.6%にすぎませんでした。
日本では約8割の方が病院でお亡くなりになります。国際的にみてもこの割合の高さは群を抜いており、一方でスウェーデンやオランダといった福祉先進国においては病院でお亡くなりになる割合は日本の半数の4割前後、半数以上の方は自宅や日本でいう介護施設に当たるナーシングケア付きの住宅でお亡くなりになっています(出典:「要介護高齢者の終末期における医療に関する研究報告書」、医療経済研究機構、2002年3月)。
このように、日本では諸外国と比較し「暮らしの場で自然に最期を迎える」という選択が少ない状況であるにもかかわらず、平成28年度に内閣府が行った「高齢化の状況及び高齢社会対策の実施状況」では91.1%の方が人生の最終段階において「延命のみを目的とした治療は行わず、自然にまかせてほしい」と回答しており、終末期の積極的治療を望まない主旨の回答がほとんどであるという矛盾が起きています。
つまり、人生最期の時間を住み慣れた自宅で過ごしたいというQOD(「死の質」)を重視する方々がはるかに多い状況なのです。
成り行きで病院での死を選択するのではなく、家族や様々な専門職ができるだけ早い段階で本人の希望や価値観を共有し、どこでどのように最期を迎えるのが、ご本人にとってそして家族にとっても幸福なのかを真剣に話し合っていくことが大切なのです。
そのためには、高齢者ご本人やその家族に医療・福祉の専門職が、老衰が進行する前に積極的に最期を見据えた関わり方をしていく必要があります。他方で、医療介護従事者のACPに対する認知度は依然として低いことから、介護施設における看取り加算のように、ACPを保険点数の加算要件に組み入れることを働きかけるなど、専門職が積極的にACPについて学び、アプローチを促せる仕組みづくりも考えるべきだと思います。
また日本人は家族の死についての話題に「縁起でもない」と忌み嫌う文化的背景や、核家族化により高齢者と関わる機会も少なく、「老い」や「死」という問題に向き合う機会が極端に少ないのが現状です。欧米においてはデス・エデュケーション(death education、人間らしい死を迎えるにはどうすべきかに関する教育で「死への準備教育」のこと)は、高等教育から始まり、中等教育、初等教育にまで普及しているそうです。日本でもデス・エデュケーション、死生学教育、所謂「いのちの教育」の普及が年齢を問わず求められると考えています。
今後の活動について
S:非常に学ぶことが多い気がします。今後どのような活動をしていきたいかを教えてください。
大塚さん:今後は地域にとどまらず、全国的に、穏やかな老衰による「死」の在り方を発信できるような取り組みができればと思っています。今年度は神奈川での高齢者福祉研究大会や、関東ブロックにおける研究大会でも当施設の「心残りゼロケア」の取り組みを発表する予定です。
また、現在出演しているYouTube番組「ゆるっとかいご」等でも老衰や終末期のケアについて取り上げていく予定です。
地域や社会に伝えたいことについて
S:最後に、地域や社会に対して、お伝えしたいことなどがあれば教えてください。
大塚さん:家族を悔いなく見送れるように、あの時知っていれば、話し合っていれば、というような後悔をしないように、一人でも多くの方に「死」の向き合い方を学んでほしいと思っています。
看取りケアについての知識が乏しかった頃は、「死は本人だけのもの」であるので、本人の希望する最期の在り方が何より大切だと考えていました。しかし、実際の看取りの現場に立ち会う中で、「残された家族」にも本人の死は大きく影響し、私のように今でも家族の死が「心残り」になってしまった事例も多く見てきました。
「死は本人だけのものではない」、本人の意向はもちろん一番尊重されるべきですが、その想いが家族と共有されること、受け止められるために時間をかけて話し合い、紡いでいくことの大切さを知っていただけるように、私としては、自施設にとどまらず、これからも多くの発信の機会を作っていければと考えています。
また、そのような機会等を通じて、日本における超高齢時代の高齢者医療の在り方を今一度考えてみる機会を皆様に持っていただければと思います。
S:大塚さんのお話を伺い、これまで漫然とは感じていたことのポイントが鮮明になった気がします。人生の寿命が長くなったからこそ、いい人生を過ごすためにも、ご本人や家族ばかりでなく、社会全体で、「死」についてもっと積極的に考えるべき時代になったのですね。本日は非常に学ぶことが多かったです、お忙しいなか、お話を伺わせていただき、ありがとうございました。
大塚 小百合(おおつか さゆり)さんのプロフィール:
・現職:社会福祉法人蓬莱会「特別養護老人ホームケアプラザさがみはら」施設長
相模原市高齢者福祉施設協議会 副会長
相模原市在宅医療・介護連携推進会議 副会長
・資格:社会福祉士、精神保健福祉士、介護支援専門員
<略歴>
関西学院大学文学部卒業。関西学院大学大学院社会学研究科社会福祉学専攻・博士前期課程修了(社会学修士)。関西学院大学専門職大学院経営戦略研究科修了(経営管理学修士(MBA))。
大学卒業後、市役所福祉職、社会福祉協議会、急性期病院のMSW、社会福祉法人蓬莱会新規事業準備室長としての勤務を経て現職に至る。