秘密会を開かずに安全保障問題の本質的な議論を避けてきた日本の国会
フーテン老人世直し録(689)
如月某日
日本国憲法57条に国会の公開原則と「秘密会」の規定が書かれてある。国会は衆参両院とも公開が原則だが、出席議員の3分の2以上の賛成で「秘密会」を開くことができる。そして「秘密会」の記録の中で特に秘密を要すると認められるもの以外は議事録を保存し、一般に頒布しなければならない。
憲法は「秘密会」を認めている。ところが戦後の日本では「秘密会」を開いたことがただの1度もない。だからほとんどの国民は国会が「秘密会」を開けることを知らない。そしてそれは日本の国会が各国の議会と異質であることを物語る。
どんな集団や組織にも、いや家族の中にだって秘密はある。公開することで所属メンバーが不利益を受けるなら情報は公開されない。例えば、他社に漏れれば会社が潰れると思う企業情報は、特定の社員が知るだけで一般の社員には公開されない。一般の社員は特定の社員を信用し公開を要求しない。
それと同じで、政府も他国に知られると国民が不利益になると思われる情報は公開しない。しかし立法府が機密情報を知らないままでまともな議論はできない。議会に「秘密会」があるのはそのためである。
「秘密会」には秘密保持を条件に与野党議員が参加する。そして行政府や軍に機密情報を開示させ、それを巡って与野党が非公開の議論を行う。大事なことは与党と野党の双方の議員が参加することで、与野党が機密情報を共有し、政府の方針をチェックするとともに国の進むべき方向を議論することである。
政府が国民に情報を公開しないことを批判する野党議員やメディアは多い。黒塗りだらけの文書を見せられると国民も怒りを感ずる。しかし「秘密会」を開いて国会のチェックを受けろと主張するメディアはない。野党も「秘密会」を開く動きを見せない。
「秘密会」を開催してもメディアには公開されないので不満なのは分かる。しかし国民に公開しなくとも国民の代表である議員に公開するのだから、「秘密会」を開くのと開かないのとでは雲泥の差がある。政府の機密情報を立法府が知ることは、それだけで政治に緊張感が生まれる。
しかし現在の野党とメディアは、それよりも情報を開示しない政府を非難して、「民主主義に反する」と国民に訴える方が、自分たちの得点になると考えている。国民のことより自分たちの選挙や利益を優先しているとフーテンには見える。
政府が非公開にした機密情報の中で、最も比重が大きいのは安全保障に関わる軍事情報である。従って各国が安全保障政策を転換する時、その国の議会では「秘密会」が開かれ、軍事機密情報を開示させて議論を行う。
ところが日本の国会では、警察予備隊が保安隊になり、保安隊が自衛隊になり、専守防衛の自衛隊に集団的自衛権の行使を認めても、さらに攻撃兵器の保有を認めようとしても、安保政策の大転換であるのに、これまで「秘密会」は開かれなかった、今回もおそらくは開かれない。
フーテンが「秘密会」を知ったのは、憲法を読んだからではなく、米国議会を取材したからだった。米国議会ではしばしば「秘密会」が開かれ、安全保障問題の議論が行われていた。議会は公開が原則と思っていたフーテンは、最初は怪しげな印象を抱いたが、その意味するところはすぐに理解できた。
すると開かれたことのない日本の国会が不思議に思えてきた。なぜ開かれたことがないのかを国会関係者に尋ねると、「守秘義務を課しても機密情報がすぐ野党議員からソ連や中国に通報される」との答えが返ってきた。
自民党は米国側、社会党や共産党はソ連側で、日本の政治は米ソの代理戦争をやっているというのだ。それを聞いたのは1989年の冷戦終了の後で、91年のソ連崩壊の前だったと思う。フーテンは「もう冷戦は終わったのに、まだ日本の政治は後ろを向いているのか」と思った記憶がある。
しかし自民党と社会党が対峙した「55年体制」は、まさに世界の冷戦体制を国内に持ち込む意図があった。それは何度も書いてきたが、自民党主流派の「軽武装・経済重視」路線による「狡猾な外交術」のカラクリである。
この記事は有料です。
「田中良紹のフーテン老人世直し録」のバックナンバーをお申し込みください。
「田中良紹のフーテン老人世直し録」のバックナンバー 2023年2月
税込550円(記事5本)
2023年2月号の有料記事一覧
※すでに購入済みの方はログインしてください。