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みんなで仲良く貧しくなり衰退する平和日本の「少子化対策」のお粗末

田中良紹ジャーナリスト

フーテン老人世直し録(691)

如月某日

 世界の動向を政治・経済現象からではなく、教育、宗教、家族の在り方から分析するフランスの人口統計学者エマニュエル・トッド氏の目に、日本はすでに「国力の維持を諦めた国」と映っている。

 トッド氏の近著『我々はどこから来て、今どこにいるのか』(文芸春秋)を読むと、先進国の中で取り返しがつかないほど少子化が進んでいる国はドイツと日本と韓国の3カ国である。敗戦後のドイツと日本は経済に力を入れ、欧州とアジアでそれぞれ経済大国になった。ところがその将来が揺らいでいる。

 ドイツと同じく製造業に力を入れ貿易輸出で生きてきた日本は、今では貿易赤字の国に変わった。ドイツは人口減少をカバーして経済力を維持するため、移民を大量に増やす政策を採用したが日本は何もしていない。豊かさの指標である一人当たりGDPで、日本はすでに台湾に抜かれ、まもなく韓国にも抜かれる。

 日本は世界の先進国で構成されるG7にアジアから唯一参加し、今年は議長国を務めているが、このままではいつまでその地位にとどまれるのか分からない。アジアの主導的な地位から転落する日はそう遠くない。

 トッド氏はその分析手法でこれまでソ連崩壊や米国の衰退を予言し、予言を的中させてきた。そのトッド氏の目に少子化対策に何の手立てもしない日本は、自らの意思で衰退・縮小への道を選択したように映る。

 従って日本がどれほど防衛費を増やしても、かつてのように海外に膨張する力を持てるはずはなく、内にこもって沈みゆく国家を維持することに汲々とし、それすらかなわず縮小していくことになる。だから日本の平和主義は続くだろうが、衰亡することを心配しなければならない。

 片山杜秀慶応大学教授が連載する「週刊新潮」のコラムに、やはりフランスの人口統計学者ピエール・ショーニュー氏のローマ帝国滅亡の分析が紹介されている。滅亡の原因は戦争でも疫病でもなく少子化である。

 ローマ帝国が成熟すると識字率が上昇した。教養が高くないと帝国で生きられなくなる。教育費に金がかかるようになると少子化が起こり人口は減少する。帝国末期の人口は絶頂期の半分に減った。

 ローマ帝国に高学歴の人間が増えると同時に、新興宗教のキリスト教が影響力を持つようになり、来世の救済を求める信仰がローマ人から現実を見る目を奪った。絶頂期のローマは軍事力と警察力で国境を守り、国内を安定させ、それに人民は税金を払ったが、少子化のせいで辺境の防衛がおろそかになる。

 辺境の外には人口を増やし、武装して攻め込んでくる蛮族がいる。ローマの軍隊が当てにならなくなると、平和に慣れたローマ人は自分たちで戦おうとはしない。蛮族に金を渡して安全を保障してもらう。帝国は税収不足で劣化の度合いを深め、蛮族が次第に帝国内部に入り込む。こうしてローマ帝国は滅亡した。

 岸田総理は年頭に「異次元の少子化対策に取り組む」と宣言した。しかしその後の与野党の議論を見ると「異次元」でも何でもない。児童手当の所得制限撤廃とか、N分N乗方式とか、「異次元の少子化対策」の名に値しない議論が続いている。

 中でも馬鹿馬鹿しいのが、自民党が児童手当の所得制限撤廃を表明したことに立憲民主党が食いつき、民主党政権が選挙公約にした「所得制限のない子ども手当」を自民党が潰したとして、「少子化対策が10年遅れた」と批判していることだ。

 まず児童手当も子ども手当も「子ども政策」ではあるが「少子化対策」ではない。統計学上2人の親から2人の子供が産まれても人口は維持できない。人口を維持するには1人の女性が生涯に2.1人の子供を産む必要があり、従って3人以上の子供を産むようにする政策でなければ「少子化対策」と呼べない。

 児童手当は民主党政権誕生以前から「社会保障制度」の一環としてあった。しかし民主党はそれを抜本的に拡充し、政権交代を果たす09年の選挙マニフェストに「所得制限を設けずに15歳までの子供を持つ親に一律月額1万3千円支給、さらに1年後には月額2万6千円に増額する」と書いた。これが国民にインパクトを与え、政権交代の原動力となった。

 だから権力を奪われた自民党は猛然と反発した。「選挙目当てのバラマキ」、「親がその金をパチンコに使ってしまう」と批判し、果ては「愚か者め!」という強烈な口撃も飛び出した。しかしフーテンは民主党の「子ども手当」を「景気対策」と捉えていた。

 当時はリーマンショックの不況を乗り切るため、麻生政権が「定額給付金」というバラマキをやった。国民一人当たり1万2千円を支給したが効果はなかった。民主党はそれを「子育て支援」の形にし、高校授業料無償化とセットにして、しかも永続性をアピールした。いかにも「少子化対策」であるかのように装った。

 だから支給がパチンコに使われても景気対策になるから構わない。しかも在日外国人にまで支給を適用したのだから、日本の「少子化対策」と言えるのか疑問である。しかし選挙用のスローガンとしては効果抜群だった。フーテンは幼稚だと思っていた民主党にも知恵者がいるものだと感心した。

 東日本大震災が起こると、菅直人政権は復興に全力を挙げるという理由で簡単に「子ども手当」を打ち切った。「子ども手当」が国家の存亡にかかわる「少子化対策」だったら大震災が起きても打ち切る必要はない。打ち切ったのは「少子化対策」ではなく選挙目的だったからである。

 今回の「少子化対策」で自民党が所得制限撤廃を打ち出したのも、「少子化対策」のためではなく選挙対策が念頭にある。そもそも岸田総理が「異次元の少子化対策」と言いながら、児童手当の拡充を第一に掲げているのは、選挙目的であることの証拠だとフーテンは見ている。

 学者や有識者が「少子化対策」で共通して言うのは、国民に金を支給するより、教育費の無償化や子育てを母親に負わせない施策の実施が効果的だということだ。ところが日本では支給の拡充が前面に出る。政治家の頭には選挙しかなく、真剣に「少子化対策」を考えていない証拠である。

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ジャーナリスト

1969年TBS入社。ドキュメンタリー・ディレクターや放送記者としてロッキード事件、田中角栄、日米摩擦などを取材。90年 米国の政治専門テレビC-SPANの配給権を取得。日本に米議会情報を紹介しながら国会の映像公開を提案。98年CS放送で「国会TV」を開局。07年退職し現在はブログ執筆と政治塾を主宰■オンライン「田中塾」の次回日時:11月24日(日)午後3時から4時半まで。パソコンかスマホでご覧いただけます。世界と日本の政治の動きを講義し、皆様からの質問を受け付けます。参加ご希望の方は https://bit.ly/2WUhRgg までお申し込みください。

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