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東京五輪の「バブル方式」は選手団入国時の羽田空港で崩壊――これが菅首相の言う「安心安全な大会」なのか

高橋浩祐米外交・安全保障専門オンライン誌「ディプロマット」東京特派員
羽田空港国際線到着ロビーの一般待合席で談笑する米国の五輪関係者たち(筆者撮影)

新型コロナウイルスの感染が急速に再拡大している中、東京五輪の開会まで一週間を切った。海外選手団の来日もピークを迎えている。政府や東京五輪・パラリンピック大会組織委員会は、海外からの選手や大会関係者を一般市民と接触させない「バブル方式」を採用し、菅首相も「選手、関係者は一般国民と交わらない」と強調してきた。

しかし、このバブルには穴ばかりで危うさがあるとあちこちで指摘されている。実際にどうなっているのか。筆者も自分の目で確かめるべく、7月16日午後、羽田空港国際線到着ロビーに足を運んだ。

●国際線到着ロビーには大勢の人

羽田空港で海外の選手団や関係者が到着するのは、第3ターミナルになっている。国際線到着ロビーに行って、まず驚いたのが、思ったより狭い場所で人がごった返していたことだ。選手団を迎える組織委関係者やボランティア、警察官、さらには一般客が大勢いた。テレビのカメラクルーも常に4、5人到着口の目の前にある指定の場所から撮影していた。

羽田空港国際線到着ロビーに集う大勢の人々(高橋浩祐撮影)
羽田空港国際線到着ロビーに集う大勢の人々(高橋浩祐撮影)

しばらく到着ロビーで待っていると、まず何十人もの英国の選手団が目の前をゆっくりと通り過ぎて行った。選手団はスタンション(仕切り棒)でつながれた青いベルト2本の間を進んでいった。それが選手団にとっての導線(通路)になっていた。

羽田空港国際線到着ロビーを通り過ぎる英国選手団(高橋浩祐撮影)
羽田空港国際線到着ロビーを通り過ぎる英国選手団(高橋浩祐撮影)

しかし、すぐその隣には、スーツケースを引いて歩く一般客の姿も多く見かけられた。筆者が想像していた「バブル方式」とは正直かなりかけ離れていた。ベルトを越えて違うレーンを歩いてはだめよ、といった便宜上の区分程度の分け方だ。

羽田空港国際線到着ロビーを通り過ぎる米国選手団。奥には一般客の姿も見られる(高橋浩祐撮影)
羽田空港国際線到着ロビーを通り過ぎる米国選手団。奥には一般客の姿も見られる(高橋浩祐撮影)

その後、どこの国かよく分からない別の国の選手団が大勢目の前を通り過ぎていくので、”Hi! Where are you from?”と声を掛けると、1人の女性選手が元気よく”USA!”と答えてくれた。筆者が気軽に声を掛けられるほど、近くにいられるという証しだった。

羽田空港国際線到着ロビーを通り過ぎる米国選手団。その右側にはスーツケースを引いて歩く一般客の後ろ姿も見られる(高橋浩祐撮影)
羽田空港国際線到着ロビーを通り過ぎる米国選手団。その右側にはスーツケースを引いて歩く一般客の後ろ姿も見られる(高橋浩祐撮影)

また、スタンションで仕切られたベルトの導線は、一般客の通行を妨げないように、ところどころ繋がっておらず、途切れている。このため、選手団が通った後すぐに一般客が同じ場所を通るという「入り交じり」が生じていた。

スタンションで仕切られたベルトの導線は、一般客の通行を妨げないようにところどころ途切れている(高橋浩祐)
スタンションで仕切られたベルトの導線は、一般客の通行を妨げないようにところどころ途切れている(高橋浩祐)

到着ロビー前の一般待合席では米国の五輪関係者とみられる人々が談笑していた。同じフロアのタリーズコーヒーには海外からの五輪関係者が一般客に交じって座って飲食していた。また、忘れ物をしたのか、あるいは仲間への何か連絡事項があったのか、「Team USA」と胸に書かれたTシャツを着て筆者の目の前を何度も往復する屈強な若い男性選手もいた。総じて選手や関係者らが自由に空港内を動き回る様子が数多く見受けられた。

到着ゲート前にある交通案内所の受付の女性に「これで本当にバブルと言えるのでしょうか」と問うと、「紐一本の仕切りですからね。こんなに近くで同じ空気も吸っていますし」と浮かぬ表情で話した。この女性はモデルナのワクチンをまだ1回しか接種していないという。

近くにいた民放テレビのベテランカメラマンに話を聞くと、つい先週までは同じ到着口から選手団も一般乗客も出てきていたが、さすがにそれはまずいとのことで選手団は正面向かって左側の別の出口から出てくるように変更になったという。

羽田空港第2ターミナルのエレベーターには「東京2020大会関係者も使用させていただいております」との表示もある(高橋浩祐撮影)
羽田空港第2ターミナルのエレベーターには「東京2020大会関係者も使用させていただいております」との表示もある(高橋浩祐撮影)

●バブル方式とは何か

羽田空港の取材現場では「いったいこれがバブル方式なのか」「バブル方式とは何か」とずいぶんと考えさせられた。「これで選手団も一般客も安全なのだろうか」と不安になった。

では、海外のスポーツ競技大会でのバブル方式はいったいどうなっているのか。朝日新聞の2月9日の記事は、バブル方式でエジプトで開催された1月のハンドボール男子の世界選手権の例を紹介している。それによると、ハンドボールの日本代表団が「空路でカイロ入りすると、滑走路にはすでにバスが待っていた。数歩で乗り込むと、ホテルまで運ばれた」という。

同じ記事では、ハンドボール日本代表の主将、土井レミイ杏利さんの「空港に着いてから、バブル以外の場所は、ほぼ踏んでいないですね」とのコメントも紹介されている。

羽田空港でのバブル方式とは大きな違いだ。日本は新型コロナの感染症対策として今のままのバブル方式でいいのだろうか。

筆者はもともと学生時代から国際交流活動に励んできており、スポーツでも国際会議でも何でも海外の人々と接するのは大好きだ。ボランティアの方を含め、五輪開催に向けて努力を重ねてきた人には敬意を払っている。

しかし、羽田空港の現場の状況を目の当たりにすると、残念ながら、東京五輪のバブル方式は選手団入国時の羽田空港で既に崩壊していると言わざるを得ない。菅首相が繰り返し言ってきた「安心安全な大会」とは程遠い。

集団感染が起きたクルーズ船「ダイヤモンド・プリンセス号」では、施設内を厳格に区分けする「ゾーニング」や隔離の在り方が大きく問われたが、その教訓も得られていないように思える。このパンデミック禍に五輪を強行開催するならば、エジプトのような徹底したバブル方式を今からでも何とか採用できないものか。

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米外交・安全保障専門オンライン誌「ディプロマット」東京特派員

英軍事週刊誌「ジェーンズ・ディフェンス・ウィークリー」前東京特派員。コリアタウンがある川崎市川崎区桜本の出身。令和元年度内閣府主催「世界青年の船」日本ナショナルリーダー。米ボルチモア市民栄誉賞受賞。ハフポスト日本版元編集長。元日経CNBCコメンテーター。1993年慶応大学経済学部卒、2004年米コロンビア大学大学院ジャーナリズムスクールとSIPA(国際公共政策大学院)を修了。朝日新聞やアジアタイムズ、ブルームバーグで記者を務める。NK NewsやNikkei Asia、Naval News、東洋経済、週刊文春、論座、英紙ガーディアン、シンガポール紙ストレーツ・タイムズ等に記事掲載。

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