パリっ子の胃袋をわしづかみ 加速する日本食愛@フランス
「日本大好き」という外国人がますます増えていることは、すでにあちらこちらで耳にしていることでしょう。
特にパリでの日本食の人気は抜群です。
オペラ座から歩いてすぐのところにあるサンタンヌ通り界隈には日本食レストランが集中しています。ラーメン店など、どちらかというと庶民的なものが多のですが、昨今の賑わいは目覚ましく、歩道から人がはみ出してしまうくらいに行列をなしている店が少なくありません。
岸田首相も駆けつけた日仏観光イベント
5月2日、パリ日本文化会館で「日仏観光イベント」(観光庁、日本政府観光局主催)が催されました。主たる目的は日仏間の相互交流の拡大、2025年大阪関西万博を含む訪日観光のPRです。
このイベントの開催は、パリで行われたOECD(経済協力開発機構)閣僚理事会と時を合わせたもので、岸田文雄首相も駆け付けました。
イベントの前半はセミナー、そして後半は「日本のアペロとおやつの時間」と題したレセプション。日本食品海外プロモーションセンター(JFOODO)が提供する日本の食材などを使った料理や飲み物が、参加者およそ120人にふるまわれました。
このレセプションで、私が特に注目したことの一つは、以前ご紹介した茶懐石「秋吉」の秋吉雄一朗さんが腕を振るったこと。そしてもう一つは、それらの料理へのフランス人の感想です。
パリの1つ星、茶懐石「秋吉」の料理に舌鼓
2023年1月、パリに開店した茶懐石「秋吉」。
コロナ禍という予期せぬ障害にも屈せず、多大な努力の末に開店に漕ぎ着けたことは、以前ご紹介しました。ドキュメンタリー映画になりそうなくらい波瀾万丈の開店物語は、こちらの記事でどうぞご覧ください。
本格的な茶懐石料理の店が、果たして外国で受け入れられるのか。それは賭けとも思えるものでしたが、2024年3月に発表されたフランスのミシュランガイドで、「秋吉」は見事1つ星を獲得しました。
レセプション会場には、シェフの秋吉雄一朗さん、そして奥様の三鈴さんの姿があり、気さくな笑顔で参加者にお料理を提供していました。
ここでの「秋吉」の料理をご紹介しましょう。
まずこちらは日本産ホタテのひろうすのあんかけ。
ひろうすは、豆腐に野菜や魚介類を混ぜて揚げた伝統料理ですが、この日、秋吉さんは、風味の高い北海道産のホタテ貝を使い、あんかけには有馬山椒を添えました。北海道近海でとれるホタテは、水揚げされたその日のうちに14度以下で冷凍され、新鮮さを保ったままフランスに輸送されているのだそうです。
次は、日本和牛サーロインのたたき、ポン酢のジュレ、おぼろ昆布。
「和牛」は、フランスのレストランでもしばしば目にします。ですが、その大半は日本ではなく外国で飼育されたもの。けれども、この日の秋吉さんの料理で使われていたのは鹿児島県産の黒毛和牛で、柔らかな肉質と繊細な霜降りの旨みが格別でした。なるほど、本場の「和牛」ならではです。それに添えた福井県産のおぼろ昆布もまた上品で、牛肉と一緒に口の中でとろけてゆく感覚がなんとも言えず美味です。
そして、やはり以前ご紹介したパリの和菓子職人、白石学さんの姿もそこにありました。というのも、白石さんは2023年6月から「秋吉」で仕事をしているのです。「秋吉」の料理に白石さんの和菓子が加わればまさに鬼に金棒。最初から最後まで日本の正統派の一流の味を満喫できる店として、日々研鑽を積んでいることが想像できます。
レセプションで白石さんがふるまっていたのは、菖蒲をかたどったお菓子でした。パリに暮らしていると、こういう季節感を忘れてしまうものですが、白石さんの和菓子のたたずまいは、一瞬にして茶室の畳の美しさを思い出させてくれるようでした。
ピエール・ガニエールシェフ 日本への愛
フランス料理界の巨匠、ピエール・ガニエール氏は、秋吉さんのひろうすを目を閉じて味わっていました。「いかがですか?」と、性急に感想を求めようとする私を彼は手で制して、しばらく反芻するように、目を閉じていました。
ガニエール氏は前半のセミナーの冒頭で登壇し、とても感動的なスピーチをしました。彼が日本を最初に訪れたのは1984年。その時からずっと、日本は彼に良い意味でのカルチャーショックをもたらし続けていることを、熱を帯びた一言一言で語りました。
東京にもレストランを開き、多くの日本人シェフを育ててきたフレンチの巨匠。彼は日本の建築に、海女さんの仕事ぶりに、陶芸家の作品に真摯な感動を持って接してきました。そして日本文化、ひいては料理についても、「季節を表現し、瞑想のようでさえある。そこに何を載せるのか、私たちは日本人から学ぶところが大きい」とも語りました。
そのシェフが秋吉さんの料理をじっと目を閉じて反芻している…。彼の泰然とした姿は、言葉以上の何事かを私たちに伝えるものでした。
訪日客を送る最前線で働く人たち
レセプション参加者の多くは、フランスの旅行代理店で働く人々です。
「秋吉」の料理をはじめ、様々な日本酒、和菓子、JALの機内食の「パリ丼」などを味わいながら、彼らは次のようなコメントをくれました。
「和牛がとても美味しい。たたきで食べるのは初めてですが、とても美味しいです」
「20年前に日本を初めて訪れた時、『和牛』に目覚めました。当時フランスでは今のように『和牛』が知られていませんでしたから。また、フランスでそれまで知っていたものと比べて、本場の寿司、刺身はクオリティが別格なのだと実感しました」
「寿司、刺身はフランス人に今とても好まれています。もちろん人によりますが、とても多くの人が好きです。若い人たちは特に好き。彼らは世界の文化全般に対してオープンですから。中でも日本食の人気はとても高い位置にあると思います」
「パリの日本食レストラン街の近くにオフィスがあります。サンタンヌ通りにある小さい寿司バー、素晴らしいです」
ちなみに、旅行代理店勤務の方々が口を揃えて言っていたのは、フランスでは、日本への旅の機運がますます高まっているというということ。
「コロナ前をはるかに上回る需要」
「万博への予約もすでに開始している」
「東京、京都、大阪がメインですが、クライアントのプロフィールに応じて地方へ、オリジナリティを付け加える旅のプランを組んでいます」
などという声も聞かれました。
人生最高の白和えの味
会場には「フランステレヴィジョン」のジャーナリストの姿もありました。
聞けば、彼は何度も日本を訪れていて、秋吉シェフとも仕事をしたことがあるのだとか。
「10年前に日本酒のドキュメンタリー番組を制作しました。当時彼はOECDの公邸料理人だったので、日本酒と食事のペアリングについてインタビューをしました。その時とてもいい印象を持ちましたので、彼がパリに店を開いたことがとても嬉しいです。もちろんお店にも行きました。このレベルのレストランがパリにあるということを、私たちはとても誇りに思っています」
「今日の料理はいかがですか?」と質問すると、彼は「蕪とえんどう豆の白和え」がとても気に入った様子で、「私がこれまでの人生で食べた中で、最上の料理」と、満面の笑みを見せてくれました。
レセプションで振る舞われた料理はどれもとてもレベルの高いものでしたが、この一品は最も薄味で、ともすると、他の料理の存在感の陰に隠れてしまいかねないくらいの繊細さでした。
けれども、その上品な味を日本人なみに、というかそれ以上に感知し、愛でるフランス人は確実に存在するのだと私は思いました。
非常にレベルの高いフランス料理を作る日本人シェフがパリに多いように、日本とフランスの行き来が盛んになることによって、一流の日本食材、料理のクオリティを理解し、さらに活かしてゆくフランス人も現れるのでは…。
そんな想像さえも抱かせる今回のイベントでした。