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【パリ】一期一会の感動の味。和菓子職人・白石学さんの挑戦。

鈴木春恵パリ在住ジャーナリスト
レストラン「YUSHIN」で供される白石さんの和菓子。(写真/筆者撮影)

パリを舞台に、和菓子の世界の新境地を開こうとしている人がいます。

その名は白石学(しらいし・まなぶ)さん。

今年36歳になる北海道生まれの日本男児です。

パリで活躍する和菓子職人・白石学さん(写真/筆者撮影)
パリで活躍する和菓子職人・白石学さん(写真/筆者撮影)

パリで和菓子というと、『とらや』がまず思い浮かびます。コンコルド広場のすぐそばにあるお洒落なサロン・ド・テは、いわゆるパリのセレブたちの間でもとても人気です。

とはいえ、他に対抗馬があるわけでもなく…。食の都パリでさえこんな事情ですから、日本以外の場所で美味しい上質の和菓子をいただくことがどんなに難しいことか想像できるでしょう。

そんな中、私は久々に感動的な和菓子に巡り合いました。それは茶道の稽古場で、お仲間が用意してくれた小さな小さな和菓子でした。

「常盤薯蕷(ときわじょうよ)」という名前のそれは、一見したところではただの真っ白なお饅頭です。けれども、黒文字で二つに割ると、鮮やかな緑が目に飛び込んできました。

手のひらの懐紙の上で繰り広げられる一瞬のスペクタクルとでも言いましょうか。畳の上で神妙にしていた私ですが、思わず、(うわっ)と嬉しい驚きの声が出てしまったように思います。

そして口に含めば、目にした通りの緑、けれどもこれまで味わったことのない緑の風味が上品な甘味ともども口蓋全体を満たしてくれる。これを至福と言わずしてなんと表現しましょう。

白石さんのインスタグラム、11月1日の投稿写真。右下にあるのが「常盤薯蕷」。
白石さんのインスタグラム、11月1日の投稿写真。右下にあるのが「常盤薯蕷」。

決して大袈裟ではなく、忘れられない感動を残してくれたこの「常盤薯蕷」の詳細は記事の後半に譲るとして、(この作り手の話をぜひ聞いてみたい)、という私のリクエストに応えてくれた和菓子職人、白石学さんの来歴をまずご紹介したいと思います。

「こんな爺さんになりたい!」

白石さんは1986年、北海道の浦河で生まれました。競走馬の飼育で有名な道南の町です。実家はパン屋さん。パンの他にケーキや洋菓子も作る家族経営の店で、3人兄弟の末っ子として生まれた白石さんは、小さいころ、パン屋を手伝ってから学校に行ったりしていたそうです。

兄たちは家業とは別の道に進んだので、三男の学さんが実家を継ぐという流れになるのですが、高校を卒業して田舎の世界しか知らないのは嫌だからということで、彼は札幌の菓子専門学校に進みます。

「2年間遊びたかっただけなんですけれどもね」と、白石さんは謙遜しますが、そこで彼の人生を決める出会いが待っていました。それが、当時70代でも現役で和菓子の指導にあたっていた三上先生でした。

「専門学校は、クラスに30人の生徒がいたとしたら、20人は洋菓子、10人がパンを選ぶというくらいで、和菓子を勉強したいというのはクラスに1人、2人いれば良い方という比率です。

もし実家に帰るとしたら、パンや洋菓子はある程度、親父から教えてもらえればいいから、まぁ和菓子かな、くらいに思っていたんです。

ところが、目覚めちゃったんですね。(ああ、自分もこんな爺さんになりたい!)と」

10代の若者だった白石さんにしてみれば、三上先生の第一印象は「よぼよぼの爺さん」でした。

けれども、きびきびと動いて、一見無骨そうな指を器用に動かして繊細な細工を形にしてゆく…。その職人の姿は、若い白石さんに何事かを思わせるに十分で、今でも(目標としているほど、彼の心の中に深く刻まれました。

練り切りで「桜」を製作する白石さんの手元。30歳から着始めたという和服に襷掛け。20歳から丸刈りという出で立ちがとても潔い。(写真/筆者撮影)
練り切りで「桜」を製作する白石さんの手元。30歳から着始めたという和服に襷掛け。20歳から丸刈りという出で立ちがとても潔い。(写真/筆者撮影)

「当時、パンや洋菓子は趣味のレベルで家でもできるけれど、和菓子を家で作るという人は聞いたことがない。和菓子を選ぶ学生がこれだけ少ないということは、これからどんどん貴重になってゆくのではないか、と、少し天邪鬼みたいな気持ちもありました。

小さな世界観で季節を表すというのもとても好きで、同じ形を意識して作ったとしても、人によって全然違うんですよ。そこが面白くて、どんどんハマっていきました」

昔ながらのお菓子屋さんから銀座の名店へ

専門学校を卒業した白石さんは、札幌の和菓子店に入ります。

「和菓子って分業なんです。餡子は餡子屋さん、和菓子は和菓子屋さん、団子は団子屋さん、って言われるくらい昔から分業で成り立ってきたんですけれども、入った店は全部していた店。お正月の鏡餅、お茶のためのお菓子、どら焼き…。浅く広く、ではないですが、餡子の練り方から上生菓子まで幅広くやらせてもらいました」

札幌の店を他にも何軒か経験して5年余り経つと、「できたてのお菓子を振る舞いたい」という思いが募り、東京に出て、飲食店で働き始めます。

「和菓子は目的買いなんですよ。和菓子を知っている人でないと店に買いには行かない。食べる人がどんどん少なくなってしまうなか、ずっと和菓子屋として構えていても仕方がない。

ということは、言葉は悪いですが、無理やり食べさせなくてはならないと思ったのです。コース料理のデザートとして出されて、それを食べて美味しかったらだんだんニーズが増える。そう思って、できたての和菓子を作れるような料理屋に入ろうと思いました」

ちなみに、この時期、和菓子以外の引き出しも持とうと、白石さんは日本酒の勉強もし、利酒師、酒ソムリエとしての資格も得ています。

東京でもさらに経験を積んだ後、白石さんは銀座の超人気店「盡(ジン)」で、「アシェット・デセール」として和菓子の腕前を披露するようになります。

白石さんが現在シェフ・パティシエを務めるレストラン「YUSHIN」の夜のコースで出される「アシェット・デセール」。鶯餅と椿の主菓子を中心に、季節感を風景として表現して見せている。(写真/筆者撮影)
白石さんが現在シェフ・パティシエを務めるレストラン「YUSHIN」の夜のコースで出される「アシェット・デセール」。鶯餅と椿の主菓子を中心に、季節感を風景として表現して見せている。(写真/筆者撮影)

「アシェット・デセール」。デザートの一皿、とでも言えるでしょうか。カウンター式のその高級店で、白石さんはお客さまの目の前で一皿を仕上げてゆきました。練り切りをその場で細工してゆくだけでなく、ジュレや羊羹をソースのようにして皿にあしらったり。冷たいものは冷たく、温かいものは温かく。

「実験的に色々出させていただける機会に恵まれて、こういう和菓子があってもいい、と思っていたことをさせてもらいました」

ニューヨーカーを驚かせたカウンター和菓子

残念ながら、銀座のその店は閉店してしまいましたが、そこでの経験が白石さんの現在の自信に繋がっているように見えます。

福岡の酒蔵、そして大阪。白石さんはさらに3ヶ月ほどニューヨークでの経験も積んでいます。精進料理を出す一つ星の店で、カウンターでデザートを作れる人を探しているというオファーに応えた渡米でした。

「海外に行く気はなかったんですけど、そういうことならやってみたいと思いました。『英語がしゃべれなくても大丈夫なの?』と言ったら、サービスの人がうまいこと説明してくれるから大丈夫、と。

お客さんの目の前で作っていると『それ、なんだよ?』『えっ?知らないの?和菓子っていうんだよ』『それ食べれられるの?』『食事の後で持って行くから』みたいなやりとりがあって、蓋物を開けたらそこにお花があって『わーっ!』となる。

『美味しいねっ! デザートのおかわりできないの? 別料金でいいから』。そんな体験を通して、異文化だけれどやっぱり何か伝わるものはあるんだな、と実感したものです」

そうして、海外へという意志が白石さんの中で固まって行きます。

ビザの取りやすさという点で、アメリカよりもヨーロッパ。しかも専門学校時代の研修旅行で訪ねた国の中でもフランスのパリへ、と照準を定めます。

パリ、コロナ禍からのスタート

「パリには芸術が身近にあって、お花とかお茶とか、私が好む文化を好きなフランス人が多いと思います」という白石さん。

和食レストラン『衣川』が、ちょうどデザートを強化したいというタイミングが重なり、無事にビザも取得してパリに到着したのが2020年11月。コロナ禍真っ只中のことでした。

少し外出するにも証明書を提示しなくてはならないコンフィヌモン(外出制限)中でしたから、レストランも持ち帰り対応のみ。気勢を削がれたスタートだったのでは、と想像しますが、「私にとってはとても有益な期間でした」と、白石さんは振り返ります。

パリのパティスリーにはどのレベルの和菓子が置いてあるのか見に行ったりする一方で、茶道の先生を紹介してもらって稽古を始め、そこから彼の和菓子が受け入れられ、和菓子作りのワークショップを始めることにもなりました。店に立たない代わりに、自宅の小さなキッチンでじっくりと餡子を練るというような日々だったそうです。

レストラン「YUSHIN」での和菓子ワークショップの様子。口コミとインスタグラムで評判を呼び、出張ワークショップのリクエストが、イタリア、スイス、モナコなど近隣の国々からも届く。(写真/筆者撮影)
レストラン「YUSHIN」での和菓子ワークショップの様子。口コミとインスタグラムで評判を呼び、出張ワークショップのリクエストが、イタリア、スイス、モナコなど近隣の国々からも届く。(写真/筆者撮影)

2月半ばのこの日のテーマは、道明寺桜餅と桜の花の形の練り切り。練り切りの中には、桜の葉を刻んだ白餡が入っている。塩漬けの桜の葉や道明寺粉は、パリの日本食材店で調達可能だそう。(写真/筆者撮影)
2月半ばのこの日のテーマは、道明寺桜餅と桜の花の形の練り切り。練り切りの中には、桜の葉を刻んだ白餡が入っている。塩漬けの桜の葉や道明寺粉は、パリの日本食材店で調達可能だそう。(写真/筆者撮影)

和菓子の世界観をどう伝えるか

白石さんは現在、今年2022年1月にオープンした日本料理店「YUSHIN」のシェフ・パティシエとして働いています。白木の香りも清々しい新店。フロアの一角には、白石さんの場所があって、そこで完成させた出来たての和菓子がお客さまのもとに運ばれます。

昼は重箱に詰めた5種の和菓子の中から一つ選んでもらってサービスしますが、夜のコースメニューのデザートは、「アシェット・デセール」。練り切りのメインの和菓子の周囲にまるで絵を描くようにソースや極薄の飴菓子、紫蘇と和えた塩など、さまざまな要素をあしらい、多種多様な食感と風味を楽しめる演出になっています。

「こんな形で和菓子を出したら、日本なら『なんだこれ?!』と言われてしまうかもしれません。けれども逆にこの面白い試みがパリで流行っていますと言ったら、逆輸入されて、若い人が半分ミーハー的にでも、和菓子を食べてくれる機会が増えるかもしれないと思います」と、白石さん。

けれども、「本当はこういうのが美学だと思います」と、一つだけ和菓子を載せた塗りの皿を出してくれました。

ヴァレンタインでーの前日ということで、「薔薇」の和菓子を作ってくれた白石さん。餡はハイビスカスティーでほんのりと香りづけしてある。(写真/筆者撮影)
ヴァレンタインでーの前日ということで、「薔薇」の和菓子を作ってくれた白石さん。餡はハイビスカスティーでほんのりと香りづけしてある。(写真/筆者撮影)

「40グラムの中で一つの世界を表現する。たとえば、茶席なら、掛け軸があって、花があって、道具があって、そこに椿の蕾のお菓子が出てきたとすれば、(春が近い)ということを連想ゲームのように感じながらお茶をいただく。

けれども、今の人は、というより、世代に関係なく、和菓子からそのように考えることに慣れてはいないのです。そうであれば、まずは風景にして見せてあげる必要がある。そして次に、椿の蕾のお菓子を前にしたときに、連想を広げられるようになるのではないかと思います」

最終的には40グラムで小宇宙を伝えることが白石さんの願いですが、頑なにその場所を動かずに人々が理解してくれるのを待つのではなく、斬新な「アシェット・デセール」の試みで手を差し伸べることによって、より多くの人を和菓子の世界へ導こうとしているように見えます。

アウェイだからこその挑戦

さて、冒頭の「常盤薯蕷」のこと。

白石さんのインスタグラムの投稿写真。「常盤薯蕷」を二つに割ったところ。
白石さんのインスタグラムの投稿写真。「常盤薯蕷」を二つに割ったところ。

それは茶道の正月とされる11月のお菓子としてふさわしいもので、常緑の松と雪の景色を表現していると言われます。真っ白な皮は雪、鮮やかな緑は松を象徴するもの。普通この緑色の餡は、白餡を着色するか、抹茶餡を使うのだそうですが、白石さんは、グリンピースを濾したものを餡子として使っていたのでした。

美味しいものを作るにはまず上質な素材ありき、と私などは考えてしまいます。あずき、砂糖にもずいぶん違いがあるはず。パリではそれが手に入るのだろうか? と。

「そのあたりは諦めています」と白石さん。

「というよりも、その場で手に入るものでそれなりのものが表現できるのが技術。わざわざ取り寄せるのではなく、応用しながらやっています」

白石さんが使う小豆は、パリのスーパーの豆類が並ぶ棚にあるHaricot rouge(アリコ・ルージュ)、砂糖もごく普通の市販品。それでも立派に上質の和菓子ができるのです。

ワークショップには、レストランのお客さまで何度も来日している親日家の女性が参加。「今は思うように日本にいかれないけれど、日本が私のそばに来てくれたよう」と、とても満足されていた。(写真/筆者撮影)
ワークショップには、レストランのお客さまで何度も来日している親日家の女性が参加。「今は思うように日本にいかれないけれど、日本が私のそばに来てくれたよう」と、とても満足されていた。(写真/筆者撮影)

私が感動した「常盤薯蕷」は地元にある素材を生かした和菓子の最たるもので、工夫や挑戦が必要な条件だからこそ生み出された味と言っていいでしょう。

とはいえ、納得のゆくレベルのものを作るためには、かなりの仕事が必要で「時間があればずっと仕込みをしています」という毎日。彼のインスタグラムには常に新しい和菓子の写真がアップされています。そのレパートリーの豊かさは二十四節気を連想させるもので、和菓子を通じて一つの美の世界観を作っているように見えます。

「いや、必死ですよ。もともとあったものを基礎に、それから枝分かれして『これやったらどうだろう。あれやったらどうだろう』と、だんだん引き出しを増やしていっています。そうでないと、退化し続ける。ちょっとずつでも進歩しないと、そのレベルにはとどまれないので、常に挑戦だと思っています」

将来の目標は? と尋ねると、「自分自身の店を持ち、カウンターで作る工程を見ながら和菓子とお茶を楽しんでもらえるサロン・ド・テのようなものをやってみたいと思っています」と、白石さん。

日本の食文化に親しむ人の裾野がどんどん広がりつつあるパリ。そんな日が早く訪れるといい、と願うのは、私たち日本人だけではないでしょう。

また、グルテンフリーやヴィーガンにも対応できるスイーツでもある和菓子。私たち日本人が気づかない意外な世界レベルの可能性を秘めているかもしれません。

右上「鶯餅」のきな粉はpetit pois(乾燥したグリンピース)を空炒りしてミキサーにかけたもの。右下「君しぐれ」は、表面の割れ目を梅の枝ぶりに見立て、花と鶯を添えてある。(写真/筆者撮影)
右上「鶯餅」のきな粉はpetit pois(乾燥したグリンピース)を空炒りしてミキサーにかけたもの。右下「君しぐれ」は、表面の割れ目を梅の枝ぶりに見立て、花と鶯を添えてある。(写真/筆者撮影)

白石学さんのインスタグラムはこちら

現在、白石さんのお菓子は、レストラン「YUSHIN」のデザートとして味わうことができます。

Restaurant YUSHIN

77, rue Chauveau 92200 Neuilly sur Seine

電話 +33 (0)9 88 52 88 24

パリ在住ジャーナリスト

出版社できもの雑誌の編集にたずさわったのち、1998年渡仏。パリを基点に、フランスをはじめヨーロッパの風土、文化、暮らしをテーマに取材し、雑誌、インターネットメディアのほか、Youtubeチャンネル ( Paris Promenade)でも紹介している。

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