【パリ】役所広司、KINOTAYO映画祭で同郷のレイコ・クルック西岡の『赤とんぼ』に感動スピーチ
日仏文化の架け橋、現代日本映画を届けるKINOTAYO映画祭
2006年に始まった「KINOTAYO映画祭」は、現代日本映画を紹介するフランス初の映画祭です。今年で18回目を迎え、2024年11月23日から12月14日までパリ日本文化会館をメイン会場に開催されました。今年は国立アジア美術館(ギメ美術館)との提携も加わり、例年以上に充実したプログラムが展開されました。
映画祭では毎年、200本以上の新作から厳選したコンペティション作品や特別上映が行われます。今年は役所広司さんを招き、彼のキャリアを振り返る特集も組まれました。最新作『八犬伝』がコンペティションに出品され、声優を務めた『窓ぎわのトットちゃん』が映画祭のフィナーレを飾りました。
『赤とんぼ』:西岡レイコ・クルックが紡ぐ戦時下の記憶
映画祭の中で特に注目を集めたのが、朗読劇フィルム『赤とんぼ』です。 本作は、特殊メイクアップアーティストとして世界的に活躍し、2011年にフランス芸術文化勲章オフィシエを受章したレイコ・クルック西岡さんが、自身の幼少期の体験を綴った原作がもとになっています。
長崎での原爆体験を10歳の少女の目線で描き、「戦争を忘れてはならない」という強い思いが込められてたこの作品は、昨年、長崎で作曲家、大島ミチルさんの協力を得て朗読劇として公演され、撮影されました。その映像作品が今回の映画祭特別作品として、仏語字幕付きで上映されました。
上映後の特別対談:役所広司とレイコ・クルック西岡
上映後には、レイコ・クルック西岡さんが役所広司さんのエスコートで壇上に登場し、同郷・長崎出身の二人による対話が実現しました。
クルック西岡さん
今でも世界のあちこちで戦火の絶えない時代。そういう時にやはり、言葉とか映像の力はとても大切で必要なことだと思っています。観ていただいてありがとうございました。
これからもこれを機会に、若い方たちに学校などでぜひ見ていただきたいと思っています。
役所さん
本当に感動しました。本当に。 僕とレイコさんは、日本の九州の長崎の諫早で育ちました。僕はシティーボーイで街の子なんですが、レイコさんは干潟で田んぼばっかりのところ(笑)。今日の朗読を観ていて、あそこの小野島という小さな町から、レイコさんがこの花の都パリへ来たことを思いました。
今年ノーベル平和賞を受賞した「日本被団協」の田中さんがスピーチされましたけれども、レイコさんはその田中さんと2歳か3歳くらいの差ですよね。レイコさんもおっしゃる通り、これからは若者たちに引き継いでいかなきゃいけないというのは本当に心に沁みました。
実はもう何年も前に、この『赤とんぼ』を映画化しようという話がありました。レイコさんから僕にその夢を託されて、「早く、私が元気なうちに『赤とんぼ』を飛ばしてくれ」と言われ続けていたのですが、どうも僕の力不足で、この映画が完成することは今のところ出来ていないんですけれども、今日この映像を拝見して、あの時に僕が映画にしなくて良かったかもしれないと思いました(笑)。
こういう映画もあるんだな、と思いながら今日は拝見しました。本当に素晴らしかったです。 朗読劇では少しコンパクトになっていると思いますが、原作ではさらに感動的で美しいシーンがたくさんあります。当時十歳の少女がこれほど鮮明に映像としてその記憶を残しているということは、やはり相当強烈な印象だったと思いますし、映画人としてずっと長年活躍してきたレイコ・クルックさんという人だったから、幼い頃に記憶した映像が文字としておとしこまれたのかなと思います。 僕は本を読んでる時よりも、今日レイコさんが頑張ってる姿を見て本当に感動いたしました。
観客とのQ&A:戦争の記憶をめぐる問いかけ
上映後、会場からは観客の感動の言葉と共に質問が寄せられました。
観客(女性)の質問
感性がとても細やかに描かれていたことが驚きです。本が発行されたのは2013年だと思いますが、それ以前にメモ的なものを書かれていたのでしょうか?また演出はどのようにされたのですか?
クルック西岡さん
実際の記憶というのは思ったよりも鮮明です。だいたい大人は10歳の子供のお相手はしないのですが、私は記憶がすごく鮮明に残っています。メモのようなものは物心がついてから少ししておりました。でも当時は原爆とか「カミカゼ」とか、そういうものを話すことはかなりタブーでございました。これを発表することも演じることも無理な時代がございました。
そしてそのタブーが解けたころ、私はこれを映画にしたいと思って、自分でシナリオを書いてみましたが、映画がいかに難しいか。役所さんも先ほどおっしゃってくださいましたが、役所さんが頑張ってもダメだったのですから、私がそういう夢を見たことは大変無駄だったのです。 でも本を書けば、どなたかが読んでくださるだろうということで本にしました。
この企画は、長崎でのコンサートの第二部を、大島ミチルさんが私に「自分で喋って必ず伝えるように」ということで、朗読劇というのをやりたいというご提案があって、私がもう本当にやぶれかぶれで舞台に立ったわけでございます。
そういう状況でございますから、演出家がいるわけではないのです。オーケストラがあって舞台があるだけ。大きな劇場ですから、私がパリから色々と指示を出させていただいて、シナリオ、それから演出、デッサンは私の本からとっておりますが、照明など全て、朗読以外にも全て私がやらなければいけなくなって。それでこういう結果ができたわけでございます。
観客(男性)の質問
映像にも感動しましたが、テキストにも感動しました。子供の目で描かれた作品だと思います。当時、日本軍に対してもアメリカ軍に対しても憎しみを抱いていない印象を受けましたが、それから何十年もたった今でも感じていらっしゃらないのでしょうか? あるいは見方は変わったのでしょうか?
クルック西岡さん
子供っていうのは大人のように、そういうことを考えないのです。大人は吹き込むかもしれませんが。
この本を書くときに、私は子供の目線、子供の感性で、イデオロギーとか政治とか一切入れないで、それに資料も集めないで、できるだけ自分の感性で、メモリーに入っているものを、Citron pressé(レモン絞り)みたいに絞り出して書きました。
ですから、そういう意味で、敵とか味方とか復讐だとかというのは、あまり存在しないのだと思います。それは大人の世界のことだと思います。
役所広司さんへのインタビュー
さらにこの後、筆者は役所広司さんにインタビューをする機会を得ました。
映像作品としての『赤とんぼ』のこと、さらにフランス人観客からの質問について、どう感じられましたか?
役所さん
映画っていろんなものがあります。今回は実際の朗読会ではなく、それを撮影したものが映し出されました。物語の主人公、当時10歳だった主人公がそれを語っている姿、生の楽団がいて、それで時々挿絵が動いていたり煙が出たり。映画を見ている感覚がありました。これはレイコさんが本当に映画に仕立ててくれたな、と思いました。かなり斬新な映画だと思いました。
怒りを覚えないかという質問への答えについては、レイコさんの答えは正しかったと思います。10歳の少女はそれほど深くは考えていない。ただ、それは読者なり、映像を見た人たちが感じることなのだと思います。いずれにしても、戦争というものの悲惨さはみなさん感じるでしょう。どこに怒りを感じるかというよりも、やはり戦争は起きちゃいけないということを感じてもらえるのではないかと思います。
さらに筆者は、役所広司さんがカンヌ映画祭で主演男優賞を受賞した『Perfect Days』についても質問させていただきました。この映画には筆者自身とても感動し、静かな日本人の尊厳を感じるような映画だと思ったからです。
この映画で、役所さんはそういったものを意識して演技されたのでしょうか?
役所さん
特にそこまでは考えてはいませんでした。でも、公衆トイレの清掃員という仕事を自分の仕事として、銭湯に入るため、一杯の焼酎を飲むために一生懸命やっている人。仕事にも満足しているし、美味しい酒を飲めるし、太陽が作ってくれる木漏れ日を見ながらそれに感謝をする。 そういう生き方って、ひょっとしたら、アフリカのかなり動物的に生きている人たちとか昔のインディアンとかがしていたことかもしれない。
日の出と共に起きて、日暮れと共に眠りにつく。そういう人たちには当たり前のことなのでしょう。本来、人間というのは、そういうのが本当に豊かな生き方なんだろうなというのを、なんとなく僕も羨ましがりながら、撮影に参加していたような気がします。
僕もそうですけれど、人は物が欲しい。だけど一生懸命働いてそれをやっと買ってもすぐ次の物が欲しくなるのが人間です。それで満足している人は決して多くないですよね。欲しいものが次から次へと出てくるから、決して満足することがない。
糸井重里さんが「これは足るを知る映画だな」とおっしゃいましたけれど、満ち足りることを知るのが本当は一番豊かな生活なんだと思います。この映画は、それを語っているような気がします。
この作品は昨年の映画祭でも脚光を浴びましたが、今年もあらためて上映されました。
「カンヌに始まり、KINOTAYOで締める年」という役所さんの言葉通り、映像文化を通じた日仏の理解と交流は、これからもますます深まりを見せることでしょう。