台湾有事に日本の自衛隊は出動することになるのか
フーテン老人世直し録(575)
卯月某日
今週末に行われる菅総理とバイデン大統領の初の日米首脳会談は、「台湾」がキーワードになりそうだ。米国大統領が対面で行う最初の会談の相手に日本の菅総理を選んだのもそれが理由と思われる。
菅政権は「同盟国の中で日本が最初の対面の相手に選ばれたのは日米同盟の強さの証」と言うが、信頼関係の強さから選ばれたとは思わない。「日本を喜ばせることでより多くのものを米国が得ようとしている証」だとフーテンは思う。
前回のブログにも書いたが、バイデン大統領は米中関係を「21世紀に於ける民主主義対専制主義の戦い」と位置付け、米国が同盟国を主導して中国に立ち向かう構図を作ろうとしている。その中で最強のパートナーにしたいのが、尖閣問題で中国と衝突する日本である。
だから菅総理との最初の電話会談で、バイデン大統領は菅総理が言い出す前に「尖閣諸島は日米安保条約第5条の適用範囲である」と言った。菅総理はいたく感動したようで、記者団に目を真ん丸くしてその言葉を紹介した。しかし今から思えばあれは台湾有事に日本を巻き込むため米国が打った布石である。
「尖閣への安保条約第5条適用」は、オバマ政権で東アジア・太平洋担当国務次官補を務めたカート・キャンベルが最初に言った。第5条は「日本の施政下にある領域で武力攻撃があった場合、日米が共同で対処する」と規定している。それは尖閣諸島にも適用されると言うのだ。
背景にクリントン政権時代のモンデール駐日大使が「尖閣諸島を巡って国際紛争が起きた場合、日米安保は発動しない」と発言して日本人を失望させた過去がある。モンデール発言当時、米国議会を取材していたフーテンは、それを米国の「本音」だと思ったが、日本人は米国の「本音」を知りたくない。嘘でも騙されていたかった。
米国憲法では、軍の最高司令官は大統領だが、開戦を決めるのは連邦議会である。ただ奇襲攻撃に対処するなど「防衛的な」軍の使用は大統領にも権限がある。しかしいずれにしても大統領の指揮権には制約があり、大統領が思うままに軍を動かすことはできない。
一方で米国は他国の領土問題には不介入の方針を採っている。しかし北方領土問題で1956年に2島返還で日ソ平和条約が締結されそうになると、米国のダレス国務長官はそれに怒り、「2島で妥協するなら沖縄は返さない」と言って交渉をまとめさせず、日本は「4島一括返還」に転じて交渉は膠着状態になった。
日本と韓国の竹島問題も、中国との尖閣問題も、領土問題はそれらの国々と日本が連携するのを妨げる。日本を周囲から孤立させることは米国にとって都合が良い。唯一の同盟国として米国が日本を従属させておくことを可能にするからだ。
そして領土問題で日本と周辺国との間で紛争が起きた場合、米国が本当に介入するかどうかは疑わしい。米国の国益になるなら介入するが、そのバランスを見てからでないと決定しない。だからモンデール発言はおかしな話ではない。ところが日本人は米国に守ってもらいたいと思うから失望した。
その後、オバマ大統領が大統領として初めて「第5条適用」を言って安倍前政権を喜ばせ、今度はバイデン大統領が最初から菅総理にそれを言った。カート・キャンベルがバイデン政権の「インド太平洋調整官」なので、これは彼のシナリオだと思う。
カート・キャンベルは日本を巧妙に操る「ジャパン・ハンドラー」の一人である。日本政府は「ジャパン・ハンドラー」のジョセフ・ナイやリチャード・アーミテージの提言を受け入れ、2015年に安倍前政権が憲法解釈の変更によって集団的自衛権の行使を認めた。日本の自衛隊は世界のどこでも米軍と共同で作戦行動を行うことが可能になった。
日本人は日本国憲法を最高法規と考えているが、それより上に日米安保条約があり、日米安保体制が平和憲法より優位にあることを日本人は意識しないまま受け入れている。カート・キャンベルがバイデンに「尖閣への第5条適用」を最初に言わせたのは、2015年に成立した安保法制を試す機会にしようとしているためだとフーテンは思う。
米国は「台湾有事」で米軍の指揮下に入った自衛隊が何をできて何ができないのかを試したいのだ。それによって米軍と自衛隊の一体化はさらに進化する。そして米国は軍事負担を日本に負わせ、中国との経済競争により多くの力を割こうとする。
16日の日米首脳会談は米国にとって、日本が現行憲法の枠内でどこまで軍事的な役割を果たせるかを見極める場になるだろう。それに対し秋までに解散・総選挙を行わなければならない菅政権は、米国に逆らうことなどできない。敷かれたレールを走るだけになるように思う。
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