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北朝鮮は核実験をするのか、しないのか……金正恩総書記の胸の内を邪推してみた

西岡省二ジャーナリスト/KOREA WAVE編集長
金正恩総書記(提供:KRT/ロイター/アフロ)

 北朝鮮は核実験をするのか、しないのか。するならいつなのか――。筆者を含む北朝鮮ウォッチャーはこの命題に半年以上も振り回されている。米韓両国から「核実験が間近に」という情報が発信されるたび右往左往し、手元の予定稿(近く起こり得る事項について事前に書いておく記事)を繰り返し上書きしている。中国共産党大会が終了して2週間以上が過ぎた今、「もはや核実験はやらないのではないか」との声もある。この疑心暗鬼の状況こそ、北朝鮮が意図しているものかもしれない。米中間選挙が目前に迫るなか、北朝鮮の核実験をめぐる見解を整理してみた。

◇国防5カ年計画

 北朝鮮の核実験は、金正恩(キム・ジョンウン)総書記が2021年1月の朝鮮労働党大会で打ち出した「国防科学発展および兵器システム開発5カ年計画の重点目標」の一環だ。そこには「核技術をさらに高度化する一方、核兵器の小型・軽量化、戦術兵器化をより発展させて、現代戦において作戦任務の目的と攻撃対象に合わせてさまざまな手段に適用できる戦術核兵器を開発し、超大型核弾頭の生産も持続的に推し進める」と記されている。

 この宣言から1年後、北朝鮮は各種ミサイルの試射を繰り返すようになり、並行して北朝鮮咸鏡北道(ハムギョンプクド)の豊渓里(プンゲリ)核実験場で「核実験に向けた準備」ともとれる動きがとらえられるようになった。今年3月以後、米韓両国の当局によって頻繁に「準備は完了」「北朝鮮はタイミングを計っている」などの情報が発信されるようになった。

 北朝鮮の核実験の可能性を考える際、焦点が当てられるのは「技術的な問題」「政治的意図」「中国との関係」だ。それぞれについての見方を以下に記した。

◇技術的な問題

 北朝鮮はなぜ核実験をしなければならないのか。その答えとして挙げられるのが「技術的なノウハウを得るため」だ。

 北朝鮮はこれまで北朝鮮版イスカンデル(KN23)や北朝鮮版ATACMS(KN24)、超大型放射砲(KN25)などを開発し、ミサイル技術を高度化させてきた。ただ、これに搭載できる小型戦術核弾頭を開発するには核実験が不可欠とされるというわけだ。

 韓国の専門家の間には「KN23やKN24には同じ種類の核弾頭が搭載でき、戦術的に使うことができる。だが巡航ミサイルには全く異なる核弾頭が必要で、その開発はかなりハードルが高い」という見方もある。

 核実験では、シミュレーション通りに起爆装置が作動するのか▽要求通りの破壊力が出せたのか――を確認するとともに、戦術核としての能力を外部に誇示する必要性がある。

 戦術核は「戦術的に必要な地域」に使う。被害を最小限に抑えつつ、敵の軍事施設などを完全に除去する“使用するための核爆弾”といわれる。したがって、7回目の核実験は「とてつもなく大きな破壊力」ではなく「調整された爆発力」を確かめることになる。仮に7回目の核実験で小型戦術核弾頭の開発が整えば、その後、さらなる核実験によって高威力の核兵器開発に乗り出す可能性もある。

 ところで、一部には「北朝鮮はもはや核実験を必要としていない」という意見もある。「北朝鮮は既に核武力完成を宣言しており、追加核実験は必要ではない。『核実験』という言葉にインパクトがあるため欺瞞作戦を展開しているだけ」「既に水素爆弾の実験まで実施した北朝鮮が追加核実験を通じて得られる利益は大きくない」というものだ。ただ、こちらの意見は主流ではないようだ。

2018年、北朝鮮の核実験場爆破について伝える韓国のテレビ
2018年、北朝鮮の核実験場爆破について伝える韓国のテレビ写真:ロイター/アフロ

◇政治的意図

 北朝鮮ウォッチャーの間には、核実験は「北朝鮮が握る最後のカード」という見方がある。国際社会の視線を朝鮮半島に向けさせ、米韓を圧迫する唯一のカードというわけだ。このカードを切る前、北朝鮮は外に向けて強力なメッセージを発して関係国を動揺させ、朝鮮半島における主導権が北朝鮮にあるという点を前面に押し出す。

 米中間選挙に際して核実験を強行すれば、世界の注目を集めることができ、米国を大きく揺さぶることができる――と判断すれば、そのタイミングで核実験を強行するかもしれない。

 もちろん、異なる見解もある。

 米朝関係の現状を考えれば、北朝鮮が核実験をしたからといって、米国が果たして、北朝鮮の要望を受け入れるのか。米国を驚かせて「自分たちは核保有国」と宣言しても、北朝鮮に有利な条件で交渉が進められるのか――という観測だ。むしろ、米本土を攻撃できる大陸間弾道ミサイル(ICBM)を試射するほうがはるかにインパクトがある、という考えも聞かれる。

 日米韓など関係国では、新型コロナウイルス感染やロシアによるウクライナ侵攻への注目が集まっている。仮に北朝鮮が核実験を強行しても、各国の関心は広がらず、インパクトも限定的かもしれない。

◇中国との関係

 核実験を強行すれば、最大の支援国・中国との関係に悪影響を及ぼさないか――これも北朝鮮の懸念材料と考えられる。

 北朝鮮は中国共産党大会(10月16~22日)の間、中国が強い拒否感を覚える核実験を実施することはなかった。北朝鮮は中国と緊密な関係を維持しており、中国の重要な政治行事の合間に緊張状態を作って中国のメンツをつぶすようなことはなかった。

 今後、中国から習近平(Xi Jinping)共産党総書記の特使が北朝鮮に派遣され、党大会の結果とともに新たな外交政策についても説明があると考えられる。習近平総書記は来年3月の全国人民代表大会(全人代=国会)で国家主席としても次の任期に入る必要がある。中国としては、ウクライナ危機で国際社会が混乱している状況において、朝鮮半島で別の危機に巻き込まれたくないというのが本音だろう。こうした敏感な時期に、北朝鮮は果たして、中国が嫌がる核実験を強行するのか。

 ここでも別の主張がある。

 そもそも北朝鮮は「マイウェイ」であり、中国の顔色をうかがいながら戦略を変えるようなことはしない。北朝鮮が中国の承認・容認を受けたりして政策を実行するという行為は北朝鮮の政治文化でありえない。それゆえ、中国への配慮も限定的だという見方も根強い。

◇米中対立をにらみながら

 以上の観点を考え合わせれば、金総書記は核実験実施の時期について「中国との関係を強化しつつ、米国に最も大きなインパクトを与えることのできるタイミング」を計っているように思える。

 おそらく、米中対立が今後激化するなかで「いま核実験を強行すれば、米国を最大限窮地に追い込め、中国を浮上させることができる」と判断できるようなタイミングを狙って核実験カードを使うことになる。

 そう考えれば、核実験のタイミングは「今ではない」ということになる。

 ただ、北朝鮮は意表を突く形で動く傾向がある。各国のウォッチャーが「今ではない」と書き始めた瞬間、実行に移す可能性も常に排除できない。

 北朝鮮当局は7回目の核実験についてほとんど言及していない。戦略的に曖昧な立場を維持するということも、北朝鮮の常套手段だ。

ジャーナリスト/KOREA WAVE編集長

大阪市出身。毎日新聞入社後、大阪社会部、政治部、中国総局長などを経て、外信部デスクを最後に2020年独立。大阪社会部時代には府警捜査4課担当として暴力団や総会屋を取材。計9年の北京勤務時には北朝鮮関連の独自報道を手掛ける一方、中国政治・社会のトピックを現場で取材した。「音楽」という切り口で北朝鮮の独裁体制に迫った著書「『音楽狂』の国 将軍様とそのミュージシャンたち」は小学館ノンフィクション大賞最終候補作。

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