「脱農薬」目指す異色の農協
自然環境や人体に多大な影響を及ぼす恐れから、世界的に使用禁止や規制強化が進むネオニコチノイド(ネオニコ)系農薬。日本では害虫駆除に不可欠との理由で、今も全国の田畑で使われている。そうした中、地域の農家や消費者、NPOなどと協力して果敢に「脱ネオニコ」に取り組み、成果を上げている農協がある。現地を訪ねた。
収量増え、味も向上
「コメ作りは楽しいですよ。おかげさまで充実した毎日を過ごしています」。田植えが済んだばかりの水田で、日焼けした顔に笑みをたたえて出迎えてくれたのは、紀伊水道に面した徳島県阿南市で農業を営む村上弘和さん(66)だ。
システムエンジニアだった村上さんが、会社を定年退職して実家のコメ作りを継いだのは6年前。所有する15反(約15000平方メートル)の水田のうち、3分の1は農薬も化学肥料も一切使わない水田。もう3分の1は化学肥料の使用量を半分以下にし、農薬は除草剤の使用が1回だけという「特別栽培米」を作る水田だ。
村上さんは以前から有機農業に関心があり、コメ作りを始めるのと同時に、農薬や化学肥料を減らす取り組みを始めた。成果は予想以上で、「収量も増え、食味に関しても高評価を得ている」と声を弾ませる。
水田の場所が散らばっていることもあり、農薬、化学肥料の削減は段階的だが、「いずれは全ての水田で無農薬・無化学肥料のおいしいコメを作りたい」と抱負を語る。
そんな村上さんの強力な援軍が、阿南市や小松島市など2市2町にまたがる「東とくしま農業協同組合」(JA東とくしま)だ。
JA東とくしまは正組合員数約8000人の一見、ごく普通の農協だが、他の農協と大きく異なる点がある。地域の農家やNPO、生協などと協力し、農薬や化学肥料をできるだけ使わない農業を精力的に推進している点だ。
農協の異端児
農協では農薬や化学肥料を生産資材と呼び、生産資材をメーカーから仕入れ農家に販売することは、重要な収益源となっている。農林水産省によれば、農家が購入する農薬の約6割は農協から。生産資材の取扱量を減らすことは、農協の利益に直に響くだけに、どの農協も慎重にならざるを得ない。
にもかかわらず、JA東とくしまは10年ほど前から、農薬や化学肥料を極力使わないコメ作りを果敢に推し進めてきた。その中心人物が、現在JA東とくしま坂野支所参与を務め、仲間から「農協の異端児」とも呼ばれる西田聖さん(60)だ。
自身コメ農家の西田さんは、ある時、若いころには水田を埋め尽くすほどいた白鷺(しらさぎ)の姿が、いつの間にかほとんど見られなくなったことに気付いた。
野鳥が消えたということは、タニシなど餌となる水田の生物が減っていることを意味する。当時は農作業の省力化や作物の収量増を目的に、農薬が当たり前に使われた時代。「自然環境の異変は農薬が原因に違いない」。西田さんはそう直感したという。
その間、コメ農家の経営は、外国産米への市場開放や消費者のコメ離れなどで、急速に悪化。「このままではコメ農家が立ち行かなくなる」と危機感を抱いた西田さんの頭に浮かんだのが、失われた自然環境の回復とコメの高付加価値化を同時に実現できる、無農薬・無化学肥料によるコメ作りだった。今で言うところの「持続可能な農業」だ。
西田さんはまず、農薬や化学肥料を使わずに作物を育てる有機農業の理論を勉強し、自ら有機に近いコメ作りを実践。理論を実証できたところで、農協内に「特別栽培米部会」を立ち上げ、仲間のコメ農家に参加を呼び掛けた。
無農薬化を進めると決めた際に、「真っ先に排除した」(西田さん)農薬が、ネオニコ系殺虫剤だった。当時、ネオニコ系農薬が原因と疑われる農業の被害が相次いで報告され始めていたのが、理由だった。
海外は脱ネオニコの流れ
ネオニコ系農薬は1990年代から普及し始めた比較的新しいタイプの殺虫剤で、現在、世界で使用されている殺虫剤の主力を占める。しかし、植物の受粉に不可欠なミツバチの大量失踪や大量死、様々な野生生物の減少の原因と疑われているほか、世界的に増えている子供の発達障害との関連性を指摘する専門家もいる。そのため、ネオニコ系農薬の使用中止を求める声が世界的に高まっている。
脱ネオニコの動きも広がっている。欧州連合(EU)は4月、ネオニコ系農薬のうちクロチアニジン、イミダクロプリド、チアメトキサムの主要3種類の使用をほぼ全面的に禁止することを決定。米国やカナダ、ブラジル、韓国、台湾なども、使用禁止や規制強化に踏み切っている。
一方、もともと農薬使用量の多い日本では、ネオニコ系農薬も他の農薬と同様に、全国の田畑で普通に使用されているのが現状だ。減農薬をうたった特別栽培米でも、ネオニコ系農薬を使っているものが少なくない。
西田さんが脱農薬・脱化学肥料に向けた取り組みを始めた時は、農協内に慎重な声も多かった。農薬や化学肥料の使用を減らせば、その分、生産資材の売り上げが減るからだ。農家にとっても収量が減る心配があった。
しかし、実際にやってみると、殺虫剤の使用を止めても大きな問題は起きず、化学肥料を減らす代わりに鶏フンやミミズのフンで作った有機肥料を増やしたら、稲が丈夫になり、むしろ収量も増加。食味も明らかに向上した。
当初は様子見だった農家も、成功例を見て次々と参加を決め、数人でスタートした特別栽培米部会は、現在、約150人に膨らんでいる。また、JA東とくしまが扱う有機肥料は、評判が他地域の農家の耳にも入り、化学肥料の売り上げの減少分を補ってお釣りがくるほど売り上げが伸びているという。
西田さんは「まずは参加農家を増やすことが先決と考え、コメ作りで最も重労働の除草作業はまだ除草剤に頼っているが、有機肥料を増やしたら土壌が改善し、雑草が生えにくくなった。このまま続ければ、数年後にはおそらく除草剤も要らなくなる」と完全無農薬に自信を見せる。実際に、村上さんのように一足先に完全無農薬を達成した農家もいる。
ミツバチを守るコメ
JA東とくしまの脱ネオニコの取り組みが成功しているのは、地域の生協やNPOの協力も大きい。
関西と四国で事業を展開する生活協同組合連合会コープ自然派事業連合(コープ自然派)は、ネオニコ系農薬が問題視され始めた約10年前から、ネオニコ系農薬を使わない徳島のコメを扱い始めた。「ミツバチを守る産直米」「ツルをよぶお米」などの名前で販売している。
ネオニコ系農薬を使わずに作るコメは、カメムシがかじった跡が黒く残る「斑点米」ができやすい。斑点米は安全性や食味に問題はないものの、見栄えが悪いため取引価格が安くなる。また、気温が上がると、保管中のコメにコクゾウムシがわくリスクもある。コープ自然派の子会社でコメ事業を担うコープ有機の佐伯昌昭専務は、「ネオニコ系農薬を使ったコメに虫がわかないのは、収穫後もコメに農薬の成分が残留しているから」と説明する。
斑点米や保管中のリスクをなくすため、コープ自然派は3年前、コメを低温で通年保管できる倉庫を徳島市内に建てると同時に、斑点米を自動的に取り除くことができる光学式の選別機を購入した。
特別栽培米や無農薬・無化学肥料のコメは、農家からの買取価格が高いため小売価格も高くなりがちだ。だが、農家を買い叩いたら、脱農薬・脱化学肥料の動きは広がらない。そこでコープ自然派は、あいだに流通業者を入れずに直接、組合員に販売することで、販売価格をスーパーで売られているコメ並みかそれ以下に抑えた。「安全でおいしく安いコメ」が消費者ニーズに合致してか、コープ自然派の会員数は毎年約1割のペースで伸びているという。
有機こそが日本の農業の未来
JA東とくしまのある地域では2012年以降、毎年、有機農業の関係者や消費者らが交流する「オーガニック・エコフェスタ」を開いている。
年々規模が拡大し、現在は徳島市内で開催。実行委員会には、JA東とくしま、コープ自然派、NPO法人とくしま有機農業サポートセンターなどが名を連ね、JA東とくしまの荒井義之組合長が実行委員会会長を務める。農薬や化学肥料を否定する有機農業のイベントのトップに、農薬や化学肥料を売る農協の組合長が就くのは異例だ。
その荒井会長は、今年のオーガニック・エコフェスタの冊子の中で、JA東とくしまの取り組みの意義をこう強調している。
「JAの組合長という立場の私がオーガニックの旗を振ることに疑問を抱かれる方もいるかもしれません。しかし我々JAグループの最大の目的は農業者の所得増大、農業生産の拡大、そして地域の活性化であり、私はこれらの実現にはオーガニックの実践が最適と確信いたしております」