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なぜベーキングパウダーまで、スーパーの棚から消えたのか

松浦達也編集者、ライター、フードアクティビスト
(写真:ペイレスイメージズ/アフロイメージマート)

「非常時」には小麦粉製品がスーパーの棚から消える――。2011年の東日本大震災の直後もそうでした。うちの近所のスーパーでは、震災翌日の3月12日にはパンが棚からなくなりました。13日にはインスタント麺とパスタ、スナックが棚から消え、14日には乾麺のうどんなどもすっからかんになりました。

スーパーに人が殺到しているときには、収束が見えないのは震災当時もいまも同じです。その意味で、スーパーにいつもの光景が戻りつつある現状は、世の中が収束に向けた空気を感じているということなのでしょう。ただし、収束に近づいてゆるめた途端、再度クラスターが発生したドイツや韓国の例を見るにつけ、まだ何も収束していないということは肝に銘じておきたいところですが。

カップ麺やパスタ、パスタソースなどが売り切れるのは、近年の非常時においては見慣れた光景になってきました。最近では、ホットケーキミックスも非常時の売れ筋です。2016年に起きた熊本地震の際にもレシピサイトの「クックパッド」で「ホットケーキミックス」の検索数が伸びたと言います。

「検索数が増えた理由をクックパッド編集長(※当時)の草深由有子さんはこう分析する。「避難するほどではないとはいえ、緊急時には変わりない。物資も不足する中、家に日常的にストックがある粉ものが検索されたのだろう。特にホットケーキミックスは、最初から味もついていて調理がしやすく、子どもも喜ぶ。価格が安いので、常備している家庭は多い」

「熊本地震では電気は比較的早く復旧した。こういった状況で注目されたのが、ホットケーキミックスと水を混ぜ、電子レンジで温めるだけでできる蒸しパンのようなレシピ」

出典:トレンド・ウォッチfrom日経トレンディ

ホットケーキミックスは「プレミックス」というジャンルにカテゴライズされます。「プレミックス」とはPrepared Mix粉の略で、から揚げ粉やお好み焼き粉など特定の料理のため、小麦粉以外の素材も含めてブレンドされたミックス粉を指します。

今回の緊急事態宣言に基づく自粛要請期間は、親と子がともに巣ごもりを余儀なくされました。類型的な災害とは違って、電力などのインフラにダメージはなく、牛乳や卵などの日常的な食材はコンビニの棚にも潤沢にありました。ホットケーキミックスなら、親子で一緒に、または子どもだけでも作れる気軽さもあります。

聞けば「料理が苦手でもホットケーキミックスは牛乳や卵と混ぜるだけだし、子どもと一緒に作ることもできるし、慣れれば子どもだけでも作れちゃう」(40代・主婦)ということのようです。

ところが長引く自粛生活では、ホットケーキミックスがなくなった後、別のものがなくなりはじめました。ベーキングパウダーです。

自粛期間が長引いたことで親子がともに過ごす時間が長くなった。そこでホットケーキミックスが思いのほか重宝したけれど、すでに店頭から姿を消している。ならばと小麦粉とベーキングパウダーからホットケーキを作ってみようと、ベーキングパウダーが人気になった――ということのようです。

ちょうど先日、NEWSポストセブンでもこの話題について書きました(「巣ごもり化によるホットケーキ需要激増について感じたこと」)。

「日経POS情報」のデータを見ると4月の「ケーキ・パン材料」の売れ筋ランキングで、ベーキングパウダーが5位、8位、10位と別メーカーの3アイテムが同時にランクイン。ふだんなら下位のほうにいずれか1ブランドが入る程度ですが、この春は売れに売れました。

ゴールデン・ウィーク前には、スーパーはもちろん百貨店や製菓材料店の在庫からも姿を消し、メルカリなどでも転売好きな方々が1000円を超えるようなセレブ価格で販売していました。相当なハートの強さの持ち主だとお見受けしますが、もういいでしょう。だって昨日食材を買いにスーパーに寄ったら、棚にベーキングパウダーが山と積まれていましたから。

仕組みがわかれば、ホットケーキミックスもベーキングパウダーもいらない。

現在ではGoogleに「ベーキングパウダー」と打ち込むと「代用」とサジェストされるほどニーズは高まっていたようで、ホットケーキミックスや市販のベーキングパウダーがなくても、ホットケーキを作ることはできます。要は熱を加えたときに泡がスポンジ状に膨らみ、その状態で加熱された生地が固まればいい。何を膨張剤とするかは、風味や食感の好みで選べばいいわけです。

ざっくりわけると手法はふたつ。他の素材で代用するか、ベーキングパウダー自体を作ってしまうかです。代用の代表選手は「重曹」か、卵をしっかり泡立てた「メレンゲ」。また重曹とクエン酸とコーンスターチ(片栗粉でも可)があれば、自家製のベーキングパウダーも作ることができます。

例えば、重曹で生地を膨らませる焼き菓子には、どら焼きがあります。全卵をしっかり泡立てたメレンゲ生地からカステラはできます。そしてスポンジほか、洋菓子には万能といってもいいベーキングパウダー――。いずれもそれぞれの良さがあり、それぞれに弱点もあります。

 

例えば重曹は気泡は入るものの、多少色が濃くなりますし、多少の苦味もあります。また、焼いたときにやや横に広がりやすい傾向もあります。

卵は味わいとしては素材の味が素直にしっかり出ますが、全卵できちんと生地を膨らませるほどの泡を立てるにはサボってはなりません。

ベーキングパウダーは「縦に膨らむ」と言われるように、安定した膨らみ方が特徴です。発泡の主材料はこちらも重曹なので、やはり独特の風味はあります。

あわせ技もあります。レシピにあるベーキングパウダーの「かさ」の15分の1の重曹、3分の1の酢を加えてもベーキングパウダーの代用となります。

もともとベーキングパウダー自体にも「酸」が含まれています。酸が加わると重曹の発泡力が増すことに加えて、アルカリ性の重曹の苦味を中和してくれる効果もあるのです。

えっ。酢なんて入れて酸っぱくならないかって? いま「アルカリ性の重曹の苦味を中和」と書きましたが、逆から見ればアルカリ性の重曹が酢の酸味を中和してくれることにもなります。また、酢に含まれる酢酸は加熱する間に揮発していくので、そうそう酸っぱくはなりません。でも入れすぎには、くれぐれもご注意ください。

編集者、ライター、フードアクティビスト

東京都武蔵野市生まれ。食専門誌から新聞、雑誌、Webなどで「調理の仕組みと科学」「大衆食文化」「食から見た地方論/メディア論」などをテーマに広く執筆・編集業務に携わる。テレビ、ラジオで食トレンドやニュースの解説なども。新刊は『教養としての「焼肉」大全』(扶桑社)。他『大人の肉ドリル』『新しい卵ドリル』(マガジンハウス)ほか。共著のレストラン年鑑『東京最高のレストラン』(ぴあ)審査員、『マンガ大賞』の選考員もつとめる。経営者や政治家、アーティストなど多様な分野のコンテンツを手がけ、近年は「生産者と消費者の分断」、「高齢者の食事情」などにも関心を向ける。日本BBQ協会公認BBQ上級インストラクター

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