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二酸化炭素など温室効果ガス対策の今後(「環境ビジネス」自論・公論)

江守正多東京大学 未来ビジョン研究センター 教授

9月にニューヨークで行われた国連気候サミットを受けて、雑誌「環境ビジネス」からのインタビューに答えた。

インタビューを受けたのは10月初旬であったが、その後に、

  • 米国の中間選挙があり上下両院で共和党が過半数をとった
  • 北京でのAPECにおける米中首脳会談で米中の温室効果ガス排出削減目標が発表された
  • ペルーのリマで国連気候変動枠組条約の第20回締約国会議(COP20)が行われた

といった重要な動きがあったので、今読むといささか時差を感じるがご容赦頂きたい。

本誌では、筆者の他にも、甲斐沼美紀子さん、山口光恒さん、松本光朗さん、明日香壽川さんがお書きになっているので、読み比べると面白いだろう。

今こそ、一般の人を含めて、お互いの立場を理解しあって深い議論を行える場が必要

僕はもともと気象学者ですので、交渉とか政治とかそういうことに関しては専門ではありません。ですから、気候変動問題を交渉とか政治とかも含めて眺めていて、そこから得た自分なりの印象や考えを述べたいと思います。

中国は確かに国内の公害問題もあるので雰囲気が積極的になってきたということはあるかもしれません。しかしアメリカは、少なくともオバマ大統領はずっと気候変動問題に積極的だったというのが僕の認識です。そもそもアメリカは民主党と共和党の間で温暖化問題に対する認識が180度違います。共和党には地球温暖化の科学を信じていない人が結構いるようですし、自由至上主義の観点からも温暖化対策に反対するので、オバマ大統領が法案を出しても下院の共和党が必ず反対して通らないという構図が出来上がっています。そうなると大統領権限で環境保護庁を通した規制だけでできる範囲でやることになると思うので、それによって見通せるような削減目標というのが出てくるのではないかと思います。

10月1・2日にあった朝日地球環境フォーラムや次の週のICEF(Innovation for Cool Earth Forum)で海外の専門家等の話を聞いた僕なりの感触では、気温上昇2度以内を目指すのであれば、排出量を2050年には半減し今世紀末にはゼロを目指さなければならないということは、安倍首相をはじめ世界のリーダーの間で理解されているという印象です。

そんな中で日本の立場はどうか。排出量ゼロの世界を目指そうということになったときに、非常に単純化して言うと大きく分けて2種類の考え方があると思います。ひとつは技術のイノベーションで実現するということ。もう1つは価値観を変革し大量生産大量消費の社会の仕組みを変えるということ。基本的には日本の今の政権のポジションというのは「技術」であり、特に既存のシステムにおける効率向上です。日本が誇る高効率石炭火力技術を用いれば低効率で石炭を燃やすよりいいという考え方が非常に強い。しかしアメリカのオバマ大統領をはじめ多くの国は、排出量ゼロを目指すためには脱石炭、もしくはCCS(CO2隔離貯留)の利用が必須であるという考え方なので、少し時代の流れとミスマッチしているように見えます。「技術」の中でも既存システムの効率向上ではなくシステムをガラッと変えてしまうような技術変革に力を入れなければ、世界の流れと齟齬を来たす気がするのです。

もうひとつの大きな流れである社会変革、価値観の変革、脱物質主義みたいなことを考えている人も多いと思いますが、そういう議論がまとまるのを待っている時間の余裕は無いので、脱物質主義だと思っている人も思ってない人もある程度関係なく乗れるような形、つまり技術のイノベーションでエネルギーシステムの革命を起こして、基本的にはどんなに電気を使ってもCO2が出なくなればいいという方向の議論が今は強いという印象を受けています。

ですから再生可能エネルギー産業はもちろんすごく注目されています。問題は今ある技術をどれだけ使うか、今後の技術開発による高効率低コスト高安定性の実現をどれだけ待つかという話ではないでしょうか。つまり現状でもシステムをいじればもっともっと再生可能エネルギーを使えるはずだという主張と、もっと技術開発してから大規模に取り入れていった方がいいという主張の対立、トーンの違いみたいなものを感じるのです。低コストにしたり安定性を上げたりすることが必要であることは自明ですが、それがゆっくりやる言い訳に聞こえてしまうのかどうかが立場によって異なるような気がするのです。

温暖化問題の議論にはいくつもの分岐点があります。まず温暖化の科学は正しいと思うか思わないか。温暖化が正しければ温暖化が進むとそれは非常に深刻な問題なのかそれとも他の諸問題と比べて大して優先度は高くないのか。優先度が高いなら取り組みの考え方は技術が中心なのか社会変革が必要だと考えるのか。技術が中心なら今までの技術を前提としたような効率改善なのかシステムを大きく変えるような技術変革なのか。このように何段階にもわたって立場が分かれ、論争的になるポイントがいくつもあるということです。そのときに、最初から合理的な理由を考えてどちらに立つかを決めているというよりは、先に直観的に立場を決めて、その上でそちらに都合のいい理由を並べるという形で論争がなされているように見えることが多いのです。水面下に存在している価値観の対立や立場の違いを表明し合い、お互いの立場を理解しあって、一段階深い議論をおこなえるような場がこれからもっと必要なのではないかと思っています。

前回の民主党政権時にエネルギー基本計画を決めるにあたって国民的議論というのをやりましたが、今そういうことがおこなわれていないのは非常に残念です。また、いろいろな会議をインターネットで中継するなどして議論の透明性を高めて、その問題にどういう価値観を持ってどう考えているかを、一般の人も含めていろんな人が表明して議論を深めていける機会を政府には作ってほしいと願っています。

初出:環境ビジネス 2015年冬号

東京大学 未来ビジョン研究センター 教授

1970年神奈川県生まれ。1997年に東京大学大学院 総合文化研究科 博士課程にて博士号(学術)を取得後、国立環境研究所に勤務。同研究所 気候変動リスク評価研究室長、地球システム領域 副領域長等を経て、2022年より現職。東京大学大学院 総合文化研究科で学生指導も行う。専門は気候科学。IPCC(気候変動に関する政府間パネル)第5次および第6次評価報告書 主執筆者。著書に「異常気象と人類の選択」「地球温暖化の予測は『正しい』か?」、共著書に「地球温暖化はどれくらい『怖い』か?」、監修に「最近、地球が暑くてクマってます。」等。記事やコメントは個人の見解であり、所属組織を代表するものではありません。

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