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就活ルール変更と「終身雇用は守れない」発言の関係、大企業サラリーマンこそ読むべき経団連の中間報告

藤代裕之ジャーナリスト
「採用と大学教育の未来に関する産学協議会」の中間とりまとめと共同提言の概要から

「就活ルール」変更が注目されている経団連と大学の協議について、4月22日に中間報告が公表されました。これまでの新卒一括採用に加え、「複線的で多様な採用形態に秩序をもって移行すべきだ」との表現となり、通年採用を広げていくことになりそうです。

この中間報告ですが、大学生だけでなく、経団連会員の大企業サラリーマンも目を通して損がない内容です。経営側の問題意識が透けて見え、中西宏明会長が「正直言って、経済界は終身雇用なんてもう守れないと思っているんです」と協議に関連して述べたことも理解できるはずです。

中間報告は下記のURLから資料を見ることができます。概要のパワーポイントだけでも読むことをおすすめします。

盛り込まれた「学業重視」と卒業要件の厳格化

まず、中西会長が強調していた「学業重視」は下記のように盛り込まれています。企業側の「学業重視」は「重視する」に対し、大学側には卒業要件の「厳格化の徹底」という強い言葉が使われているのが印象的で、企業に甘いようにも見えます。ただ、卒業要件の厳格化を徹底すれば、企業側がどうであろうと大学側で「学業重視」にシフトできると考えます。

(3)学修成果の評価と評価する時期

採用時における学修成果の評価方法としては、現時点では、学修ポートフォリオや成績表、GPA 等、また、学修成果を評価する時期としては、3年終了時とする回答が最も多い。今後、より高い専門性を重視する傾向となれば、卒論、卒業研究の成果を含む、卒業・学位取得に至る全体の成果を重視するとともに、卒業要件の厳格化を徹底すべきである。

出典:採用と大学教育の未来に関する産学協議会中間とりまとめと共同提言(PDF)

以前の記事『シラバスの厳格化と「生活費はバイトで稼いで」と言う保護者の間で詰む学生が出る』で述べたように、大学は文科省から学修時間の確保を求められています。当然ですが、インターンや就活で授業を休みまくる学生の単位を出すことはできませんし、「企業から内定をもらっているので、(なんとか単位を出して)卒業させてほしい」という学生や保護者からの要求も認められません。

その際に、問題になるのは定員管理の厳格化です。留年する学生が増えるなどして定員を超過した場合、補助金などが減額されてしまうため「トコロテン」のように押し出すしかないのが現状です。中間報告が言う徹底のためには制度の見直しが必須です。

大学生ではなく、実は大企業サラリーマンの問題では?

中間報告の概要パワーポイントの「共有された認識」に下記のような図が出てきます。「大学院レベルまでの教育の重視」「リカレント教育のプログラム拡充が急務」という言葉が書き込まれています。

これは、新卒の「就活ルール」の話というよりも、むしろ社会人の問題です。実は中間報告には、いま雇用されている側(経団連と大学の中間報告なので、大企業サラリーマン)を対象にした議論が、かなり混じっているのです。

採用と大学教育の未来に関する産学協議会中間とりまとめと共同提言の資料から
採用と大学教育の未来に関する産学協議会中間とりまとめと共同提言の資料から

教育の対象も具体的に下記のように書かれています。この世代に該当する方は、所属する企業の対応がどうであれ、早めに大学院に行くか、その準備を進めておきましょう。

大学における社会人のリカレント教育の重要性が増していく。特に2025年から2030年にかけて、社会の主軸となるのは現在、社会で活躍している人材であり、それらの人材が Society5.0時代の大変革に対応する能力を身につけるため、リカレント教育プログラムの拡充が急務である。

出典:Policy(提言・報告書) CSR、消費者、防災、教育、女性 採用と大学教育の未来に関する産学協議会 中間とりまとめと共同提言

経団連が求める「Society5.0人材」とは

それでは経団連が求めている人材像はズバリ「Society5.0時代の人材」ということになります(ナンノコッチャ)。

具体的には、数理的推論・データ分析力、論理的文章表現力、外国語コミュニケーション力などです。リベラルアーツ教育という文字が入って良かった。

採用と大学教育の未来に関する産学協議会中間とりまとめと共同提言の資料から
採用と大学教育の未来に関する産学協議会中間とりまとめと共同提言の資料から

どうにも以前の記事で指摘した「AI人材」が、「Society5.0人材」になっただけではないか、という懸念は拭えませんが、大企業の経営者が不足していると考えている人材像やスキルが理解できます。

中西会長は記者会見で、企業側に「AI人材」「グローバル人材」といった抽象的な表現ではなく、具体的なスキルや勉強分野を明確に示す必要があるとも指摘しているのですが、これまでの「コミュニケーション」が「AI人材」などのバズワードに変わるだけという可能性はあり…

出典:『腐ってやがる。早すぎたんだ(就活時期が)』卒論や研究を重視するなら、せめて4年の夏以降に

大企業サラリーマンの再教育に正面から取り組むべき

報告書からは、大企業のサラリーマンに対する問題意識が滲み出ています。経団連は、就活という入り口を変えることで、ジョブ型雇用への変換をより進めていきたいのでしょう。

中高年をリストラしながら、安くて若い即戦力を求めているという、意見もあるようですが、既に変化は起きています。社会の変化を踏まえてカリキュラムや教育方針をアップデートした大学でしっかり学びの基礎を作った学生は、給料や働き方の多様性などが確保された良い条件の企業に就職していきます。ジョブ型を志向する学生は、若者が損をする経団連会員企業は避ける、もしくはステップとして割り切る傾向にあります。

つまり、問題は大企業のサラリーマンにあるのであり、「就活ルール」の前にやるべきことがあるはずです。「いやー、サークルばっかりやっていて」「授業はサボって、バイトばかりでした」と大学生活を振り返るサラリーマンこそ変わる必要があるし、経団連会員企業は、そのようなサラリーマンを再教育していくことに正面から向き合う必要があるでしょう。

未来はキャッチアップできない

中間報告が提示する「Society5.0人材」は現状の問題点から出発しており、サラリーマンの再教育としての短期的な目標に位置づけたほうが適切かもしれません。具体的なスキルのほうが議論をしやすいので、「大学教育にもAIを」という話になりがちですが、未来にどのような能力が求められるのかを見通すことはできません。

未来を切り開くことは、キャッチアップでは不可能です。大学側が、経団連企業の問題意識から出てきたものを、キャッチアップしているようではお話にならないということを書き添えておきます。

ジャーナリスト

徳島新聞社で記者として、司法・警察、地方自治などを取材。NTTレゾナントで新サービス立ち上げや研究開発支援担当を経て、法政大学社会学部メディア社会学科。同大学院社会学研究科長。日本ジャーナリスト教育センター(JCEJ)代表運営委員。ソーシャルメディアによって変化する、メディアやジャーナリズムを取材、研究しています。著書に『フェイクニュースの生態系』『ネットメディア覇権戦争 偽ニュースはなぜ生まれたか』など。

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