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SNSを災害時の情報インフラとして位置づけるのをやめるべきではないか

藤代裕之ジャーナリスト
能登半島地震ではSNSに偽情報が投稿された(写真:アフロ)

能登半島地震時にSNSに偽の救助要請を投稿した男性が、石川県警に偽計業務妨害容疑で逮捕されました。この事件に関し、複数のメディアからコメント取材を受け、「SNSを災害時の情報インフラとして位置づけるのをやめるべきではないか」ということを話しました。「企業に対策を求める」や「リテラシーが大事」では問題が解決するとは思えないからです。

災害時に役立ったという記憶

報道などによると、X(旧Twitter)で偽の救助要請投稿を見た人が知人に頼んで通報。機動隊員が20分ほど捜索を行ったが、救助対象者はいなかったというものです。偽情報が命に関わる活動に影響を与えている重大な事案であり、厳格な対応は当然ですがそれだけでは抑止は困難です。

2011年の東日本大震災以降、SNSは災害時の情報インフラとして位置づけられ、運営企業も政府や自治体との連携を深めてきたことは確かですし、災害時に役に立ったという記憶もあります。しかしながら、イーロン・マスク氏がTwitterを買収してXと名称変更し、収益を重視する経営方針を打ち出したことで状況が変わりました。

質問してくれた記者の方がこちらのとりとめのない話を「事業者」「利用者」「行政(消防・警察含む)」の3つの視点から整理をしてくれたので、その視点から説明していきます。

事業者:対応は期待できない

「企業に対策を求める」というのは事業者にお願いをする、もしくは法規制を強化して対策させる、ということですが、そもそも、XもFacebookとInstagramを運営するMetaも営利企業であり、お願いには限界があります。インプレッション稼ぎは悪いことのように言われていますが、事業者側からすれば収益につながります。

総務省のデジタル空間における情報流通の健全性確保の在り方に関する検討会で提示された「プラットフォームサービスが提供する発信者の収益化システムに関する資料」
総務省のデジタル空間における情報流通の健全性確保の在り方に関する検討会で提示された「プラットフォームサービスが提供する発信者の収益化システムに関する資料」

Xを経営するイーロン・マスク氏は、偽・誤情報対策の責任者や部門をリストラしています。なにせイーロン・マスク氏ですから、話を聞くのか怪しいですし、Metaなども偽・誤情報対策を後退させています。

それならば規制強化だ、となるのですが、それでは自由なSNSの良さが失われます。プラットフォーム企業をコントロールしようとすると、より強い規制が必要となり、息苦しさが増します。政府や政治家に都合よく規制を利用される危険性も高まります。

「企業に対策を求める」というのは労多く、表現の自由に対するリスクが高い対策です。

利用者:リテラシーは無意味

SNSは麻薬のようなものです(シナン・アラル『デマの影響力』原題The Hype Machineを参照)。災害時には「拡散させないように」と言われても、スマホの画面はすぐに拡散できるように設計されていますし、利用者の心配や善意で、拡散される場合も多くあり、抑止は簡単ではありません。

また、能登半島地震では海外利用者によるインプレッション稼ぎの偽情報も拡散していますが、これはお金が儲かる仕組みがある以上続くでしょうし、海外利用者に対してリテラシーを求めるのも難しい。

偽の救助要請やそのコピーが増えれば、今回の事案のように偽投稿を見て通報する確率も高まります(通報する人は本物と信じている場合もあるでしょう)。厳罰化をしても偽情報はなくならないでしょう。

行政:偽でも対応せざるを得ない

行政(消防・警察含む)は、偽情報の可能性が高いと分かっていても、対応せざるを得ない状況です。今回の事案でも、偽の救助要請を見た人が知人に頼んで通報したものに対応しており、貴重なリソースを投入しています。もし本当だったら後から批判されるでしょうし、対応を責めるのは酷です。消防や警察に慣れないSNS対応を求めることもコストが高いでしょう。

情報を扱うルールを決める必要がある

「企業に対策を求める」や「リテラシーが大事」というのは、SNSを災害時の情報インフラとして位置づけようとする取り組みなのですが、これまで述べたように高いコストがかかる割に効果が薄いことが想定されます。課題解決の実現性に乏しいアプローチであり、インフラに位置づけようとするから無理がでる。それならば、SNSを災害時の情報インフラとして位置づけるのをやめたほうがいい、という考えです。

SNSの情報を基にした通報を受けても消防や警察は出動しないなどのルールを決めることが必要です。どうしても利用したければ、消防や警察と協力する情報を扱う専門チームを設立すべきです(これは情報トリアージという考えで提案しています)。中長期的には信頼できるニュースや情報を、SNSに依存せずに人々に届ける仕組みを構築していく必要もあります。

記者の方が「意識を変えるのが難しそうですが、規制をするよりも簡単で効果がありそうですね」と反応してくれたことが印象に残っています。

<参考論文>

ジャーナリスト

徳島新聞社で記者として、司法・警察、地方自治などを取材。NTTレゾナントで新サービス立ち上げや研究開発支援担当を経て、法政大学社会学部メディア社会学科。同大学院社会学研究科長。日本ジャーナリスト教育センター(JCEJ)代表運営委員。ソーシャルメディアによって変化する、メディアやジャーナリズムを取材、研究しています。著書に『フェイクニュースの生態系』『ネットメディア覇権戦争 偽ニュースはなぜ生まれたか』など。

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