シラバスの厳格化と「生活費はバイトで稼いで」と言う保護者の間で詰む学生が出る
大学の授業概要を示すシラバスのことがTwitterで話題になっていました。シラバスは、文部科学省の方針で、授業概要、テーマ、参考書、成績の評価基準…と年々細かくなる一方ですが、現状のままシラバスの厳格化を進めてしまえば、学生が「詰む」可能性があります。大学の現場では、学生をより学ばせるための取り組みが、学生から学びの機会を奪うという皮肉な状況が起きているのです。
本来は授業に加え、予習・復習4時間以上が必要
なぜ、シラバスは年々記載する事項が増えているのでしょうか。
それは、文部科学省が、「パラダイス」だとか「レジャーランド」などと批判された大学教育の向上に取り組んでいるからです。同省は、サイトで下記のような具体的な「声」を紹介しているほどです。
このような取り組みは「単位の実質化」と呼ばれ、同省はシラバスの厳格化や成績評価基準の明示を大学に求めるようになりました。
実は大学の1単位は、45時間の学修が必要と大学設置基準で決められています。この基準を厳格に適用すれば、90分授業を15回で2単位という場合に必要な学修は90時間となり、授業だけでは大幅に時間が不足します。予習・復習で4時間以上が必要となるのです。(90分の授業を2時間と見るという考えもあるらしいですが…)
さらに学生に勉強してもらおうと、予習・復習内容や時間もシラバスに記載を求めるようになったというわけです。
学生は授業には出るが、予習・復習はしない
「学生が勉強するのは当たり前」という意見はごもっともで、私ももっと勉強してもらいたいと思っていますが、そう簡単な話ではないのです。
いまの学生は、どのように時間を使っているのでしょうか。国立教育政策研究所が行った調査によると、1週間あたりの学習・生活時間(平均)は以下のようなものです。少なくとも遊びやサークルに明け暮れているわけではないということが分かって頂けると思います。
1年生では、大学の授業は20時間で、予習・復習は4.9時間です。調査によると、予習・復習時間は、1・2年生では授業への出席時間の4分の1、3年生では3分の1にとどまっており、圧倒的に足りません。
シラバスを厳格化し、出席から、予習・復習まで学生にも求めていくことになると、当然どこかの時間を削る必要が出てきます。「部活動・サークル」と「娯楽・友」の時間をすべて予習・復習にすれば、ようやく20時間が確保できます。
もし、半期に10コマ(20単位分)履修すれば、予習・復習は40時間となります。そうです、大学の授業以外のすべての時間を突っ込んでも足りない…。
仕送りは減り、学費は上がった
大学を取り巻く環境は大きく変化しています。授業料など必要な費用は上昇し続ける一方、家計は苦しくなっています。
下の図では下宿生の仕送り金額と授業料(私立大学)の推移を示していますが、バブル期に6割を超えていた仕送り10万円以上が半減。仕送り5万円未満が15%となっています。
2017年の文部科学省の調査では、私立大学の授業料は約90万円、入学金は約25万、施設設備費が約18万、合計約133万。国立大学は授業料は約53万、入学金は約28万です。私立文系に進学すれば授業料だけで4年間で、300-400万円になります。理系や医歯薬系になれば、さらに費用負担は増します。
保護者の認識は「レジャーランド」のまま
このような現状に対して、保護者はどこまで準備をしているのでしょうか。
子供が小さな知人に「いまの大学は授業は出席をとるし、予習・復習も必要。まさか、アルバイトさせればなんとかなると思ってないよね?」と上記のようなデータを提示すると、貯金や学資保険の金額を確かめ始めます。
仮に学資保険を200万円掛けていたとしても、入試費用、入学金と授業料、新たな生活をスタートする資金、などであっという間になくなることに気づくと、表情は深刻になっていきます。
残念なことに多くの人が大学が「レジャーランド」のイメージままで、アップデートされていないのです。東京大学の濱中淳子教授の記事に以下のような一説がありました。50代は、ちょうどいまの大学生の保護者世代でしょう。
保護者から「生活費はバイトで稼いで」と言われているケースはよくあります。生活費だけでなく、学生自身に学費を払うことを求める保護者もいます。奨学金が家族の生活費に当てられていることすらあります。
大学はテキトーに卒業できる、アルバイトはできると安易に考えているかもしれませんが、そんなことはありません。
アルバイトに追われ単位を落とすと地獄が…
「単位の実質化」により出欠を取り、予習・復習を徹底すれば、アルバイトに追われる学生は非常に苦しくなります。授業に遅刻や欠席を繰り返し、単位を落としかねません。それが地獄の入り口です。「単位の実質化」には、履修上限という制度があるのです。
昔は1・2年生のうちに単位をできるだけ取り、3・4年生は就活や卒論、アルバイトで貯めたお金で海外旅行でも行くというキャンパスライフを送ることができましたが、単位に必要な時間を考えれば、いくつも授業も履修することはできないよね、ということで履修数に上限が設定されるようになったのです。
単位を落としても履修数の上限は変わりません。単位を落とす、履修制限いっぱいまで取り続ける、アルバイト時間を圧迫する、さらに苦しくなる、という負のスパイラルが学生を待っているのです。フィールドワーク型の授業、インターンの早期化といった要因もあります。最悪の場合は、学費が払えず退学に至り、奨学金は残ることになってしまいます。
子供の学びのために準備を
Twitterでは「シラバスの記載が増えてめんどくさい」と感じてツイートされている方もいるかもしれませんが、「シラバスを厳しくすると学生が大変になる」という意見を表明されている先生もいらっしゃいました。その背景には、上記のような現状があるのです。
もちろん大学側、さらには高等教育のあり方にも問題がありますが、大学が、社会的な要請や文部科学省の方針を受けて、様々な取り組みを進めているのは事実です。にもかかわらず「レジャーランド」というイメージは根強くあり、このズレが修正されないまま、シラバスの厳格化を始めとする「単位の実質化」を進めれば、準備ができてない保護者とその学生を直撃することになるのです。というか、既に直撃しているのですが…。
日本の大学はダメだという方は、さらに高い学費を払い海外に脱出する、や、そのために奨学金の申請書を書きまくる(奨学金ガチャ)という方法もありますが、多くの中間層には無理ゲーでしょう。
個人的には、学生にはもっと勉強してもらいたいし、シラバスの詳細化よりも大学の教育向上のためにやるべきことはあると思いますが、当面の対策として身も蓋もない話になりますが、「詰む」前に、保護者の方には、お子様が授業やゼミといった大学での学びに最大限の時間を費やせるよう、金銭的準備を行うことをおすすめします。