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「温暖化なのに南極の氷が増えている」件の記事で、さすがにひどい見出し

江守正多東京大学 未来ビジョン研究センター 教授
(写真:アフロ)

刺激的な見出し「温暖化による理論が破綻」?

11月5日に「南極の氷は増えていたという調査結果をNASAが発表した」という報道記事を見たとき、筆者はあまり驚かなかった。

温暖化が進むと南極に降る雪の量が増えて氷が増えるというのは以前から認識されていたことだ。一方で、南極の一部(西南極)では氷の流動が速くなり、氷が減少していることが観測されている。

近年の研究では、東側の増加と西側の減少を差し引きすると正味では減少しているという研究結果が多数出ていたわけだが、東側の増加の方が上回っているという新たな推定が出てきても、まあ不思議ではないと思ったのだ。

しかし、ここ数日の間に、シンポジウムでの一般の方からのご質問などの中に「南極の氷は増えているそうだが、温暖化はどうなっているのか」というのを立て続けに何度もお聞きする機会があり、「ああ、この話は世間ではけっこう注目されているのだな」と認識した。

そうこうするうちに、Yahoo!ニュースのサイトを通じて、以下の見出しの記事が目に入った。

「温暖化による理論が破綻“南極の氷増加” 海面上昇の原因はどこに…」(11月14日産経新聞)

数日後には以下の記事を見た。

「温暖化理論を破綻させた「南極の氷増加」 科学者も困惑…海面上昇の原因はどこに…」(11月17日SANKEI EXPRESS)

(ただし、いずれも筆者が見たのはネット記事だけで、本紙を確認してはいない)

見出しは一見して、筆者の認識に反する。一般的にみても刺激的な見出しだろう。

しかし、記事の中身を読んでみると、筆者の認識に反することはほとんど書いていない印象である。

特に、これらの記事が「温暖化理論」の破たんを主張するものでないことは、以下のような箇所から明確だ。

もっとも、ツバリー氏ら気候科学者たちは、今回の研究結果が温暖化の終わりを意味するものにはならないともくぎを刺す。

今回の結果は、温暖化そのものを否定するものではないが、…

14日の産経新聞の記事と17日のSANKEI EXPRESSの記事は、内容は同一のようだが、見出しが少しだけ違う点が興味深い。

14日の「温暖化による理論が破綻」は、おそらく「温暖化により南極の氷が減少して海面上昇に寄与するという理論が破綻」のつもりだろう。つまり、一見すると「温暖化理論が破綻」にみえるかもしれないが、よく読んでもらえれば、間違ったことは書いていませんよ、という意図が想像できる。(よくある笑い話で、消火器を売りに来た詐欺師が「消防署から来ました」でなく「消防署の方から来ました」と言うのに似ている)

しかし、17日の記事では「温暖化理論を破綻させた」となっている。これはほとんどの人が「人間活動により地球が温暖化しているという理論を破綻させた」と解釈する可能性が高い表現といえるだろう。つまり、この見出しは「記事の内容に反しているではないか」という批判に対して、14日の見出しよりも言い逃れが難しいものになっている。

さらに興味深いことに、この記事の内容は11月5日に既に産経ニュースの記事になっており、そのときの見出しはずっとおとなしい。

「南極の氷は増加中」NASA、定説覆す調査結果発表(11月5日産経ニュース)

(この記事についても、筆者は産経新聞等の本誌を確認しておらず、ネット配信のみかもしれない)

海面上昇の理論は破綻したのか?

ところで、今回発表されたNASAの研究は、「温暖化により南極の氷が減少して海面上昇に寄与するという理論」を「破綻」させたといえるのだろうか。

筆者の認識では、「破綻」という表現は控えめに言っても大げさ、厳しく言えば誤報だ。

この研究は、人工衛星による南極大陸の表面高度の変化のデータから南極の氷の質量変化を推定したものだが、この衛星データをそのような精度で使うことには、この分野の他の専門家から批判があるようだ。

また、高度から質量を推定するためには密度を仮定する必要がある。ここで従来と異なる仮定(氷の増加をもたらしているのは近年の降雪の増加ではなく、1万年前に氷期が終わってから現在まで続いている降雪の増加であり、南極表層の密度は氷の密度に近い大きい値という仮定)をしたことがこの研究の一つのポイントのようなのだが、この点についても疑問を呈する専門家のコメントがある。

つまり、今回発表された南極の氷の増加は、これまでの多くの(南極の氷が減っているという)研究に比べて、必ずしも精度や信頼性が勝っているわけではなく、むしろ劣っている可能性も十分にあるのだ。

こういう研究成果をもって、「従来の理論を破たんさせた」とは普通いわないだろう。

見出しの後半「海面上昇の原因はどこに…」についても、大げさな印象がある。

海面上昇の原因は、大部分が海水の熱膨張、グリーンランド氷床の減少、山岳氷河の減少だ。もし南極の氷が増えていたとしても、大勢には影響がなく、原因が皆目わからなくなるわけではない。

南極の氷が増えているとすれば、高い精度で見れば観測された海面上昇と原因の推定の間の齟齬を大きくするが、その場合にはグリーンランド氷床の効果等をこれまで過小評価していた可能性が疑われることになる。記事の中身を読めば、ちゃんとそのように書いてある。

見出しだけ見る読者を狙っている?

なぜこのような見出しが付いたのだろうか。

10年ほど前に新聞記者の方々とよく話をするようになってから、見出しは記事を書いた記者が付けることはほとんどなく、編集者などが付けるものなので、それが見出しがしばしば大げさであることの理由の一つだということを聞いている。

筆者自身、特にYahoo!ニュースの記事を書くようになって、記事を読んでもらう上で見出しが重要であることはよく認識している。

しかし、記事を読んでもらうために人目を引く見出しを付けるのはわかるとしても、記事の内容に反する見出しまで許容されてよい気はしない。

そのような見出しは、見出しだけ見て記事の中身を読まない人たち(おそらく記事の中身を読む人よりずっと多い)の印象を操作するために付けているのではないか、と勘ぐりたくなってしまう。

そして、その操作は現実にかなりの程度成功しているのではないかと想像してしまう。

念のため、筆者は産経新聞等に個人的に何の恨みもないことをお断りしておく。

実は、筆者の実家ではSANKEI EXPRESSをとっており、たまに目を通すことがあるが、紙面がシンプルで高齢者に読みやすい。

今年6月にはローマ法王の気候変動に関する「回勅」を1面トップで報道していて感心したことがある。

最後に。こういう記事を書くと、ネット上では「江守は必死に反論しているな」というリアクションを頂く。

しかし、筆者から見ると、記事の内容に反する見出しを付けて温暖化の科学への疑いを広めようとしている人がもし(いまだに)いるとすれば、そのほうがずっと「必死」にみえる。

東京大学 未来ビジョン研究センター 教授

1970年神奈川県生まれ。1997年に東京大学大学院 総合文化研究科 博士課程にて博士号(学術)を取得後、国立環境研究所に勤務。同研究所 気候変動リスク評価研究室長、地球システム領域 副領域長等を経て、2022年より現職。東京大学大学院 総合文化研究科で学生指導も行う。専門は気候科学。IPCC(気候変動に関する政府間パネル)第5次および第6次評価報告書 主執筆者。著書に「異常気象と人類の選択」「地球温暖化の予測は『正しい』か?」、共著書に「地球温暖化はどれくらい『怖い』か?」、監修に「最近、地球が暑くてクマってます。」等。記事やコメントは個人の見解であり、所属組織を代表するものではありません。

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