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災害法制改善のための10のポイント

岡本正銀座パートナーズ法律事務所・弁護士・気象予報士・博士(法学)
中央合同庁舎8号館(筆者撮影)

防災庁設置準備室が発足

 2024年11月1日、防災庁設置準備室が発足した。石破茂総理大臣が総裁選前から公約に掲げていた防災庁設立が現実味を帯びてきたようである。特命担当大臣の赤澤亮正大臣を中心に、これまで復興や被災者支援のボトルネックとなっていた制度的課題が解決されることを強く望みたい。東日本大震災を契機に誕生した「災害復興法学」の視点から、「災害法制改善のための10のポイント」を考えてみた。

1 避難所TKB+WWを実現する災害救助法一般基準の底上げ

2 通知・事務連絡の即時公開によるオープンガバナンスの徹底

3 同一災害同一制度による境界線の明暗の解消

4 半壊の涙を緩和する柔軟な法制度

5 避難行動要支援者名簿を平時活用する災害対策基本法改正

6 災害関連死事例の集約・分析・事例公表と教訓化

7 公費解体制度の法制度化

8 災害ケースマネジメントの法制度化

9 広域被災者データベースの構築と法整備

10 災害対策の政策法務人材の恒常的育成

1 避難所TKB+WWを実現する災害救助法一般基準の底上げ

 避難所や在宅被災者・車中泊者の生活環境を整備して災害関連死の原因を取り除くためには、雑魚寝避難所を解消し、トイレ(清潔な公衆衛生環境の確保)、キッチン(適温食等の食事環境)、ベッド(段ボールベッドなど簡易ベッドによる静脈血栓症予防)のいわゆる「TKB」の整備が欠かせない(「避難所・避難生活学会」参照)。これを確実なものとするためには、大規模災害時に適用される「災害救助法」が定める救助基準の抜本的な底上げが必要である。教訓化のためには、少なくとも「災害救助法による救助の程度、方法及び期間並びに実費弁償の基準」(内閣府告示第228号=一般基準)のなかに、「TKB」に関する記述を明記することが求められる。加えて、「+WW」も提唱したい。「W」の1つ目は、風呂、洗濯、シャワー、手洗い用等の生活用水(Water)の確保である。能登半島では小型循環式給水システムが避難所環境改善に大きく貢献した。「W」の2つ目は、WI-FI等の通信環境整備だ。被災者と支援者の双方にとって不可欠の設備といえる。これらが、災害救助法や一般基準の告示レベルで明記され、法令上の整備根拠を得ることが不可欠である。

2 通知・事務連絡の即時公開によるオープンガバナンスの徹底

 災害救助法が適用されると、内閣府(防災担当)は「避難所の確保及び生活環境の整備等について」と題する通知を、即日、災害救助適用のあった都道府県(救助実施市)の担当部署へ宛てて発出する。ところが、災害救助法の適用があったとしても、これらの通知類について内閣府が自主的かつリアルタイムでホームページに公開したことは殆どない(通知公開を巡る経緯の一部については「内閣府が令和6年能登半島地震の通知や事務連絡を公開 オープンガバナンスの促進を」等参照)。上記の通知は、災害救助法に基づき特別基準を策定して「避難所TKB」を推進する上で欠かせない知恵の情報源である。内閣府は、現在の支援を確実なものとするべく、また、将来の教訓資料とすべく、災害時に発出したすべての通知や事務連絡を即時公開し、アーカイブするフローを担当部署に確立すべきである。法令運用の情報は、「EBPM (Evidence Based Policy Making)」や「CRM(Crew Resource Management)」を実践していくうえで極めて重要であり、オープンガンバナンス(ガバメント)の促進という観点からも徹底されるべきである。

3 同一災害同一支援制度による境界線の明暗の解消

 被災者生活再建支援法は、条件を満たす大規模災害時に自宅が全壊等になった被災世帯に、最大300万円の被災者生活再建支援金を支給する法律である。ところが、適用条件を満たすのは、「一つの市町村で10棟以上の住家が滅失」や「一つの都道府県で100棟以上の住家が滅失」など行政区画の境界線による線引きが行われる。このため、災害によっては、同一災害で被害を受けた隣接市町村でも、支援がある場合とそうでない場合の格差を生じることがある(詳しくは「半壊の涙、境界線の明暗~全国知事会が被災者生活再建支援法の改正を提言」参照)。全国知事会もこの法令の是正を従前から提言しており、直ちに改善されることを願う。なお既に都道府県や市町村が独自に法令の間隙を埋める被災者支援条例を作っているケースもあるが、であれば尚更法律改正で全国一律の対応をすべきではないだろうか。法令としては、被災者生活再建支援法施行令第1条各号に記載された条件を改正するだけでよく、法律改正ではなく政令改正で足りる。

4 半壊の涙を緩和する柔軟な法制度

 被災者生活再建支援金が支給される「被災世帯」に該当するのは、「全壊」「大規模半壊」「中規模半壊」「半壊住家をやむを得ず解体した場合」「長期避難世帯の認定を受けた場合」に限られる。単なる半壊以下の場合は、法的給付支援は受けられない。これが「半壊の涙」と呼ばれる制度的課題であり、長らく支援の拡充が求められてきた分野である。近年「中規模半壊」というカテゴリーが作られ、若干の支援拡大が実現したが、いまだ「半壊」への支援は乏しい。半壊で「ゼロ」にするのではなく、何らかの支援が可能となるような柔軟な法制度への改善を求めたい。また、半壊以上となった場合には、災害救助法により約70万円相当の応急修理制度が利用できるが、十分な金額ではない。住宅修繕の支援を抜本的に拡充し、半壊住宅をやむを得ず解体しないで済むような修繕スキームの構築も求められる。この場合、住宅金融支援機構による災害版リバースモーゲージのより柔軟な活用等も視野に入れるべきである。

5 避難行動要支援者名簿を平時活用する災害対策基本法改正

 障害者や高齢者といった避難行動要支援者の名簿は、災害対策基本法により、市町村に作成義務が課せられている。災害時にこれらを支援者に提供して安否確認や健康・福祉支援に活用することは当然だが、より実効性のある人命保護のためには、平時から支援者に名簿情報(個人情報)が共有されなければならない。しかし、国は平時共有を推奨するものの、その手段としては、「避難行動要支援者の同意」と「同意がなくても平時から支援者に共有できる旨を定めた条例の制定」の2つの手法だけを認めている。同意だけに頼れば新規名簿への更新と同意取得のタイムラグを防げない。条例を策定する場合は、地方議会などのハードルがある(このため、条例策定に踏み切っている自治体は1700以上ある基礎自治体の1割に満たない)。災害対策基本法49条の11第2項を改正し、避難行動要支援者名簿については、平時から自治体の判断で支援者らに「共有することができる」とする条文に改めるべきである。

6 災害関連死事例の集約・分析・事例公表と教訓化

 災害関連死とは、災害による直接死以外で、災害と死亡との間に相当因果関係が認められるものをいう。「1」でも述べたように、避難所環境による体調や既往症の悪化等が典型例として挙げられる。災害関連死の認定が必要となるのは、直接死ではない方のご遺族が「災害弔慰金」を請求する場合である。相当因果関係の有無については、市町村が設置する災害弔慰金支給審査委員会(審査会)が合議して答申する。このときの議事録や認定に際して参照した資料(カルテや関係者への事情聴取その他の資料)は、災害関連死に至る経緯を明らかにできる唯一の資料である。これらを集約して分析することが、将来の災害対策にとって重要であることは論を待たない。法律家の提言もあり、国はようやく「災害関連死事例集」を作成する取り組みを始めたが、必ずしも全件を国が分析したものではなく、これらの作成には現場の自治体の負担も相当大きい。そこで、国には、災害関連死についてとりまとめる正式な担当部署を設け、自治体から事例や資料をすべて一括で収集し、国の立場で分析と教訓の抽出を詳細に行い、漏れのない事例集や教訓集を作成すべきである。これらの成果は災害法制の底上げにも反映する根拠となることは間違いないだろう。その際には先行している「CDR(チャイルド・デス・レビュー)」等の取組も参考になると考えられる。

7 公費解体制度の法制度化

 大規模災害時には、損壊した家屋を公費で解体・撤去することができる。環境省による災害廃棄物撤去費用の補助金事業として実施されているところである。ところが、損壊家屋の共有者が多すぎたり、所有者所在不明建物だったりするような場合は、所有者(共有者)の承諾を得ることができず、結局公費解体ができなくなる。民法では、所在者不明土地建物の管理制度などが新たに創設されたが、平時を想定したものであり、災害時に大量かつ迅速に損壊家屋を撤去するスキームとしては必ずしも使い勝手が良いとは言い難い。そこで、大規模災害時には所有者の権利に配慮しつつも(相当額を補償金として供託するなど)、行政機関が職権で損壊家屋を解体・撤去できるとする規定を創設する必要があるのではないだろうか。災害対策基本法では、大雪での車両立ち往生事案などを教訓に、災害時の緊急車両通行のために放置車両を所有者の同意なしで道路管理者が撤去できるとしかつ破損時の補償規定もある。大規模災害時の家屋撤去でも参考になるのではないだろうか。

8 災害ケースマネジメントの法制度化

 災害ケースマネジメントとは、「被災者一人ひとりの被災状況や生活状況の課題等を個別の相談等により把握した上で、必要に応じ専門的な能力をもつ関係者と連携しながら、当該課題等の解消に向けて継続的に支援することにより、被災者の自立・生活再建が進むようマネジメントする取組」をいう。要するに、行政側から被災者に対して支援漏れがないかどうかをアウトリーチして確認するなど申請主義に捕らわれない取組みを求めている。平時からの見守り支援をシームレスに被災者支援へとつなげ、罹災証明書に記述された「全壊」や「半壊」などの住宅の損壊程度割合だけでは判別できない被災者の個別事情を考慮することがポイントである。2023年に国の防災基本計画によって、被災者支援の主な方針として明記されたが、実施するための予算根拠や法制度の整備は道半ばである。

9 広域被災者データベースの構築と法整備

 「8」の「災害ケースマネジメント」を効果的に実施するには、被災者の居場所、属性、その他の情報等の個人情報の流通と活用が不可欠となる。災害対策基本法では、市町村が「被災者台帳」を作成することで、他の自治体に被災者の情報を提供することができるとされている。一方で、被災者の避難先等での広域支援を担う都道府県等が独自に集約した情報(たとえば、令和6年能登半島地震の際に石川県が直接運営した「1.5次避難所」の名簿情報等)を、都道府県が市町村へ提供するための根拠は明確とまでは言い難い。また、平時から被災者支援のベースとなる情報を少なくとも都道府県レベルで集積しておき、災害時に直ちに被災者支援に活用できる情報プラットフォームが必要であるが、現状では被災者台帳の作成は市町村の判断にゆだねられており、都道府県が主体的に関与する根拠に乏しい。現在の被災者台帳が目的とする被災者支援をより効果的に実施するには、都道府県が平時から関与した形での広域被災者データベース(マスターデータベース)の構築が不可欠となる。その際には、「5」の「避難行動要支援者名簿」などこれまで災害後に必ずしも活用が十分ではなかった情報も、平時から都道府県が保有しておけるようにすることも必要になるだろう。

10 災害対策の政策法務人材の恒常的育成

 災害時に被災者個人を支援する制度は、これまでどんなものが重宝されてきたのか(被災したあなたを助けるお金とくらしの話、「被災時にもらえるお金は?ローンの免除は?生活再建へ知っておきたい公的支援制度」参照)。災害時に個人情報保護法をどのように解釈すれば必要な情報共有が可能なのか(災害時における個人情報の利活用、「災害時の個人情報利活用を目指す指針を国が策定-不明者の氏名公表や名簿情報の事前共有ノウハウ等を解説-」参照)。「避難所TKB+WW」を貫徹するために必要な法的知識とは何か(災害救助法と特別基準の徹底活用、「ホテルを避難所として活用せよ!災害関連死防止のカギは災害救助法にあり」参照)。このような災害に関わるすべての皆様に知っておいてほしい知識を習得する機会を、いままで以上に多く設けていく必要がある。

災害復興法学のすすめ

 法律は、必ずしも新しい取り組みの障壁というだけではない。災害時には被災者支援や災害救助の根拠にもなる頼もしい存在である。「災害復興法学」の取組もまだまだ道半ばであるが、これを機会に多くの方々に災害と法に興味を持っていただけたらと願う。法が変革する過程の小さな歴史を紡ぎながら、今後とも法制度の改善を提言し続けていきたい。

[参考文献]

岡本正「災害復興法学」(慶應義塾大学出版会2014)

岡本正「災害復興法学Ⅱ」(慶應義塾大学出版会2018)

岡本正「災害復興法学Ⅲ」(慶應義塾大学出版会2023)

岡本正「被災したあなたを助けるお金とくらしの話 増補版」(弘文堂2021)

銀座パートナーズ法律事務所・弁護士・気象予報士・博士(法学)

「災害復興法学」創設者。鎌倉市出身。慶應義塾大学卒業。銀座パートナーズ法律事務所。弁護士。博士(法学)。気象予報士。岩手大学地域防災研究センター客員教授。北海道大学公共政策学研究センター上席研究員。医療経営士・マンション管理士・ファイナンシャルプランナー(AFP)・防災士。内閣府上席政策調査員等の国家公務員出向経験。東日本大震災後に国や日弁連で復興政策に関与。中央大学大学院客員教授(2013-2017)、慶應義塾大学、青山学院大学、長岡技術科学大学、日本福祉大学講師。企業防災研修や教育活動に注力。主著『災害復興法学』『被災したあなたを助けるお金とくらしの話』『図書館のための災害復興法学入門』。

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