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新型コロナ、インフルエンザ、後遺症……現場の医師らに聞く「現状と留意点」とは

石田雅彦科学ジャーナリスト、編集者
(写真:アフロ)

 5類へ移行後、暑くなってから新型コロナの感染者が増えている。また、インフルエンザもくすぶり続け、同時流行の懸念も出てきた。臨床の現場で患者を診ている医師らに感染の現状と留意点、後遺症などについて聞いた(この記事は2023/09/20時点の情報に基づくものです)。

拡大する新型コロナ感染とインフルエンザ

 新型コロナの感染状況は第9波ともいわれ、5類になってからも流行が拡大し、定点医療機関1カ所当たりの報告による感染者数は高止まりの状態となっているようだ。新型コロナの流行により、夏休みが終わった後に学級閉鎖などの臨時休業をする学校も増えている。また、筆者の周囲でもけっこう感染者が出ていて、体感的には以前の波より多く、中には回復後も嗅覚障害などの後遺症に苦しんでいる友人もいる。

 下水のウイルス量を観測し、感染症の流行を予測しようとする東北大学や山形大学などの取り組み(下水ウイルス情報発信サイト)の仙台市内の週間データによれば、5類移行後はしばらくおとなしくなっていた新型コロナだが、2023年6月頃から増え始め、7月に入ってから新規感染者数は高止まり状態になっている。他の下水サーベイランスのデータでも同様の数値を示している。

2023年下水調査から新型コロナウイルスのウイルス量を観測し、それによって新規感染者数を予測する下水ウイルス情報発信サイトのデータをもとに筆者がグラフを作成した。
2023年下水調査から新型コロナウイルスのウイルス量を観測し、それによって新規感染者数を予測する下水ウイルス情報発信サイトのデータをもとに筆者がグラフを作成した。

 一方、インフルエンザもくすぶり続け、秋口に入ってからジワリと感染者数が増え始めている。例年と比較しても今年は、本来なら収束する春以降も定点当たり報告数が全国平均で1医療機関に1週に1人発生する状況が続いている。1人以上の発生は流行していると判断されるため、今年のインフルエンザはずっと流行し続けているというわけだが、国立感染症研究所のデータによれば第35週(8月28日〜9月3日)から第36週(9月4日〜9月10日)にかけて患者報告数はほぼ倍(2.56から4.48)となっている。

国立感染症研究所が発表しているインフルエンザの定点当たり報告数を過去10年で比較したグラフ。今年(2023年、赤い太線)は暖かくなってからもくすぶり続けている。グラフ:国立感染症研究所のデータより
国立感染症研究所が発表しているインフルエンザの定点当たり報告数を過去10年で比較したグラフ。今年(2023年、赤い太線)は暖かくなってからもくすぶり続けている。グラフ:国立感染症研究所のデータより

5人の医師に新型コロナの現状を聞いた

 新型コロナではエリスというEG.5株が流行の主流になっているが、症状がこれまでより軽かったり、また5類に移行していることもあり、感染しても医療機関を受診しない患者もいるようだ。PCR検査の体制もなくなっていて、マスクをする人も減り、猛暑のせいで換気もままならず、様々な要因が重なって呼吸器感染症の患者が増えていると考えられる。

 こうした現状について、臨床の現場で患者を診ている医師はどう感じているのだろうか。5人の医師に話をうかがってみた。

 まず、現状の新型コロナの感染状況についてだが、霧ヶ丘つだ病院(福岡県北九州市)の院長で医師の津田徹氏は「医療の現場では、家庭から感染したスタッフに感染者が出て勤務シフトに支障をきたす状況になっている」と言う。また、産業医有志グループの一員として情報発信するプロジェクトを運営している産業医の今井鉄平氏は「新型コロナの流行は拡大傾向にある(まだピークには達していない可能性)。集団感染が起きている事業場もちらほらとでてきている」と述べた。

 南毛利内科(神奈川県厚木市)の院長で医師の内山順造氏は「お盆休み以降、発熱外来における新型コロナの感染者数は増加し続けており、当院の一週間の発熱外来の受診者数は過去3年で毎週、最高値を更新している。若年者の軽症例が多いが、基礎疾患を持っている人、高齢者では、私が診断した患者の中でも過去1ヶ月間で2名が死亡し、3名が入院治療を受けている」と警鐘を鳴らす。

新型コロナとインフルエンザの同時流行に懸念

 臨床の現場で新型コロナの後遺症外来を続けている「みらいクリニック」(福岡県福岡市)の院長で医師の今井一彰氏は「新型コロナの症状はすでに流行性感冒のようになってきていて、かかった方々の話を聞いても重症化することはほとんどなく、解熱薬のみで経過を見る方がほとんど。ただ、2回3回とかかる人がいる一方、全くかからない人もいるのが不思議」と言う。気になる後遺症については「後遺症は時にひどい方もいるが、上咽頭の炎症を見ても一番ひどかったのはデルタ以前であり、それ以降は軽くなってきている」と言う。

 また、新型コロナの感染拡大を防ぐための現状の課題として前出の内山順造氏は「軽症者は発熱も1日あるだけの人が多い。新型コロナではないと自己診断している人もいて感染拡大の原因になっている。5月からPCR検査の自己負担が始まり、実質、診断は抗原検査のみになっている。見逃し陽性者が老人福祉施設に持ち込み、クラスターを起こしている例もある。基礎疾患を持っている人、高齢者を守るためにも、風邪症状があった場合の感染予防対策(受診等による正しい診断、会食等を避け、マスク着用する)、高齢者施設等への持ち込み予防のためのPCR検査を再度、無料化する等の対策が必要と思う」と述べた。

 では、インフルエンザについてはどうだろうか。前出の今井一彰氏は「新型コロナとインフルエンザの同時流行が問題で、特にインフルエンザは100倍以上の増加となっている。ウイルス干渉により同時流行は起こらないと以前言われていたものが幻想に過ぎなかったのだと思い知らされる」と言う。前出の今井鉄平氏は「インフルエンザとの同時流行の懸念(特に冬季の)については、しばらく流行が抑えられていたせいで集団としての免疫が下がっている状況にあり、また世界的な人の流れも戻っていることからこのリスクは高いと思う」と言う。

 前出の内山順造氏は「現時点ですでにインフルエンザA型が流行しており、当院では発熱患者の約1割がインフルエンザA型だ。臨床症状でインフルエンザA型と新型コロナの鑑別は困難であり、検査して診断するしかない。両者の同時感染者は症状が強い傾向も見受けられる」と懸念を示した。

 また、東京・巣鴨の「とげぬき地蔵」高岩寺の住職で医師の来馬明規氏はインフルエンザワクチンについて「ワクチンの型選定は通常1シーズン前の冬〜春に流行した型に合わせている。今年のインフルエンザワクチンは、現在、南半球のオーストラリアで流行している型に焦点をあてているようだ」と言う。内山順造氏は「これまでの長い経験から、インフルエンザワクチンはインフルエンザの発症予防に高い効果があり、今年の冬は特にインフルエンザワクチンの接種を徹底してほしい」と述べた。

引き続き基本的な感染対策を

 5類に移行し、多くの人が新型コロナに対して油断し始めているようだが、今後も気をつけたいこととして前出の津田氏は「当院の発熱外来ではインフルエンザも発生しているが、インフルエンザには治療薬がある。新型コロナも、基礎疾患がある患者には、ラゲブリオ、パキロビットなどを積極的に使えるが、自己負担となって約3万円となると使用は狭められる。5類になって、気をつけなければならないことは、基礎疾患がある方々を感染させないこと、医療現場に感染を持ち込まないように一般の方々も引き続き気を遣っていただきたいこと、通常の社会生活に制限を設けたりしないことだろう。コロナウイルスは弱毒化していくとしても、中には肺炎にならなくてもインフルエンザより重篤な症状を引き起こす場合がることを啓発する必要があるだろう」と言う。

 前出の今井鉄平氏は「多くの人の危機意識・対策への意識が下がっていることは課題だ。一例として、感染の可能性はあるが行動を控えない、必要な場面でもマスクを着用しない、ワクチン接種率の低下などがあげられる。また、新型コロナは後遺症の問題があり、一部の人の重症化リスクなどは変わらずあり、インフルエンザなどと比べてまだまだ注意は必要だ」とした。そして、経済活動をする上での留意点として「感染の疑いがあれば外出を控える、マスクをきちんと着用するなどの行動が大事。事業場としても、体調が悪い人はちゃんと休ませること。また、基礎疾患を持つ人などは、ワクチンを接種して免疫をアップデートしておくこと」を強調した。

 前出の来馬明規氏は「予防の議論はほぼ出尽くした感がある。あとは、手洗いやマスクをより効率的に副作用なく実践できるかだ。例えば、手洗いのし過ぎは手荒れになることが多く逆に感染を呼び込む、マスクの頻回つけ外しにより感染するなど。また、一般の人に『国民というマスを助け、維持するマクロの視点』と『個人の感染防御、健康維持という狭い視点』のかみ合わせについて、うまく説明することが難しく、できていないことが問題」と指摘する。また「ワクチンについても疑問を持っている人も多く、コミュニケーションがうまく取れていない」とし「コロナウイルスと免疫の関係はまだまだわからないことが多い」述べた。

 また、前出の内山順造氏は「日常生活が正常化することは、教育の現場を含め、極めて素晴らしいことと我々は実感している。しかし、そのことが新型コロナの感染弱者に負担を強いない発想を各自が持つことが重要と思う。具体的には、電車の中で周囲に高齢者がいたらマスクをする、少しでも風邪症状があったら、集団行動を自制し、正確な診断をする等だ」と言う。

 前出の今井一彰氏は「これまで通りウイルス変異を考えても、ワクチンが追いつかないことは容易に想像されるため、鼻呼吸、鼻うがい、手洗いなど従来の予防策を講じるしかないのかと思う。新型コロナは従来の感冒と同じようなものだと感じている。また、長らく続くマスク生活で、これまで以上に小児の口呼吸問題は広がると思われ、インフル蔓延もそれを示しているのではないかと思う」と述べた。

今後どうなっていくのか

 では今後、新型コロナはどうなっていくのだろうか。10月から発熱外来の診療報酬が下がるなど、医療体制の変化による影響はどうなのだろうか。

 前出の津田徹氏は「診療報酬が下がっても発熱している人を診ないわけにはいかない。ただ、新型コロナの感染が広がった当初のように、得体の知れない怖い病気のイメージはなくなり、発熱外来もルーチンで機能しているところが多いと思う。政財界や行政は、新型コロナは終わった、医療費に税金を投入しないと言い切ることのないようにして欲しい。医療スタッフは使命感を持って仕事をしている人々であることを忘れないでもらいたい」と言う。

 また、前出の内山順造氏は「スペイン風邪等の過去のインフルエンザウイルスによるパンデミックのデータからいけば、ウイルスの病原性は下がり、市中感染症になるものと考えられる。しかし、現状では病原性はまだ高く後遺症の残る人も多い。『ただの風邪』になるまで4年なのか5年なのかわからないが、今は感染弱者を守る施策と行動が必要だ」とし、発熱外来の診療報酬の改定について「発熱外来を行っている多くの診療所は、患者間感染、医療従事者感染を防ぎながら、正確な検査診断、治療を行うための設備投資と労力を使っている。診療報酬が下がることで発熱外来が減少し、一部の医療機関の負担が増す危険性はある。さらに、新型コロナに対する高価治療薬の自己負担が9000円になることは、重症化予防に大きな障害になる可能性がある。これらの抗ウイルス薬は、重症化する前でしか効果がないため、基礎疾患があったり、高齢であるために、感染初期はまだ軽症でもこれから重症化するかもしれない人を説得して9000円の負担を負ってもらうことができるかどうか、医師も患者も躊躇する間に重症化して却って医療費も押し上げることにならないか危惧している」と述べた。

 前出の今井鉄平氏は「変異は今後も起き続けるだろうことから、流行の波は今後もしばらく繰り返していくことが想定される。感染拡大が起きたらより注意をしていくなど、しばらくはこの状況につきあっていくことが大事だろう」と言う。また、前出の来馬明規氏は「特に公立病院はどこも経営は苦しい。開業医も診療報酬の改定で厳しいところが出てくるかもしれない」と述べ、「新型コロナとインフルエンザの対応で現場は大変だが、中には患者に触れない聴診器も当てないような医師もいる。結核、白血病、膠原病など、他の病気の発見を見落としていないか心配だ」と付け加えた。

 臨床の現場で患者を診ている5人の医師に話をうかがったが、まとめれば、新型コロナについて「普通の風邪」のようになってきたと言う医師もいれば、感染防御の意識が緩んだ状況に危機感を抱く医師もいた。インフルエンザにはワクチンの効果を強調し、新型コロナの同時流行に懸念を示す医師が目立った。

 新型コロナは、感染は拡大しているようだが、社会不安を引き起こすような重症化する事例は少なくなりつつあるようだ。だが、感染弱者にとっては依然として危険な病気であり続けている。インフルエンザの流行にも注意しつつ、引き続き、基本的な感染対策(手指衛生、必要に応じたマスク着用、こまめな換気、医療従事者や感染弱者のワクチン接種など)をしていきたい。

 最後になりますが、忙しい中、ご協力いただいた5人の医師に深く感謝します。ありがとうございました。

科学ジャーナリスト、編集者

いしだまさひこ:北海道出身。法政大学経済学部卒業、横浜市立大学大学院医学研究科修士課程修了、医科学修士。近代映画社から独立後、醍醐味エンタープライズ(出版企画制作)設立。紙媒体の商業誌編集長などを経験。日本医学ジャーナリスト協会会員。水中遺物探索学会主宰。サイエンス系の単著に『恐竜大接近』(監修:小畠郁生)『遺伝子・ゲノム最前線』(監修:和田昭允)『ロボット・テクノロジーよ、日本を救え』など、人文系単著に『季節の実用語』『沈船「お宝」伝説』『おんな城主 井伊直虎』など、出版プロデュースに『料理の鉄人』『お化け屋敷で科学する!』『新型タバコの本当のリスク』(著者:田淵貴大)などがある。

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