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シリア北東部クルド人支配地域を誰が支配するのか 現状を読み解く

伊藤めぐみドキュメンタリー・ディレクター
シリアからイラクへ国境越えをしようとするクルド人たち(写真:ロイター/アフロ)

トルコ軍がシリア北東部のクルド人支配地域に侵攻してから2週間以上が過ぎた。現在、トルコ政府は、トルコ軍とロシア軍がこの地域に駐留することで、クルドに対する攻撃を停止することに合意した。一方で、難民・避難民の数は増え続けその数は20万人に上る。問題の基本的な背景はこちらの記事から。今回は最新の状況についてまとめた。

◆この2-3週間の間に何が起きたのか

トランプ大統領がシリア北東部からアメリカ軍を撤退させたことをきっかけとして、10月9日にトルコ軍の攻撃は始まった。この混乱をもたらしたとしてその批判に応える形でトランプ大統領はトルコ政府とクルド人勢力の「仲介」に乗り出した。トルコは一応のところ10月18日から10月22日までの5日間の停戦に合意した。

トルコ側の要求はシリア北部に東西に120キロ(最終的には400キロ)、南北に32キロほどの「緩衝(安全)地帯」と呼ぶ地域を設けて、ここからクルド人武装組織YPGを撤退させ、トルコにいるシリア・アラブの難民を住まわせることだ。

停戦期間の間、トルコ側は22日までにクルド人武装勢力YPGが緩衝地帯から撤退しなければ、再び攻撃を行うとしていた。しかし同時にトルコ側の勢力はYPGの撤退を妨害していると報道され、また場所によっては停戦合意を破って攻撃を行っていた。

また一方でクルド人勢力側はトルコ軍の攻撃を避けるためにシリア・アサド政権とロシア軍の助けを呼んでいた。停戦合意に先駆ける10月13日にすでに国境付近にはシリア・アサド軍が配備されていた。

停戦期限が終了する直前にトルコのエルドアン大統領とロシアのプーチン大統領が会談を行った。トルコとロシアの関係は潜在的なライバル関係にあるが、最近は接近しているという。またアサド政権とロシア政府は協力関係にある。そのロシアをトルコは自ら引き入れることで、クルド人地域の支配を有利な形で進めようとしたのだ。

シリア人権監視団(本部イギリス)によると、軍事衝突による死者は、民間人120人、クルド人戦闘員259人、トルコの支援を受けたシリア人戦闘員196人、トルコ軍人7人に上っている。

◆トルコとロシアは何を合意したのか

トルコとロシアは何を合意したのか。簡単に言えば、トルコを中心にロシア、シリア・アサドによって、クルド人支配地域だった場所を支配するということだ

1)トルコが今回の「平和の泉作戦」で得た テルアビヤド(Tel Abyad) からラスアルアイン(Ras al-Ain)のある120キロに及ぶ「緩衝地帯」はトルコの支配下となる。

2)緩衝地帯の東側と西側では、まずはトルコ軍ではなく、ロシア軍とシリア軍の管理下でYPG戦闘員の撤退を行う。期限は150時間後の10月29日まで。YPG撤退完了後はトルコ軍とロシア軍が国境10キロをパトロールする。

支配地域についてはこちらの地図がわかりやすい。

すでにこれを実行させるためにトルコ軍に加え、ロシア軍300人、シリア・アサド軍もクルド人支配地域に入った。

また同時にトランプ大統領によるとトルコは「恒久的な停戦」を約束してきたという。ただし大規模な攻撃は停止されていたが、各地での攻撃は行われている。

トルコ、ロシア、シリアによる支配はジャーナリストの取材が入ることが難しくなり、今後、外の目に晒されない行為が増えることを意味する。

◆トルコ軍はクルド人支配地域で何をしたのか

トルコ軍が空爆に使っているのは「白リン弾」の可能性があると指摘されている。その特徴的な傷から専門家は白リン弾の可能性を指摘し、また現地の医師たちはこれまでに見たことのないものであるとしている。白リン弾はその非人道性から国際法違反の疑いがあると使用に多くの批判がある武器でもある。

またトルコの攻撃は、空爆や自国の兵士による攻撃だけではない。シリア・アラブ人の反政府かつトルコ寄りの武装勢力を戦わせていることが特徴である。自由シリア軍系とされるアラブ人民兵が戦闘に多く加わり、武器を持たない一般人も殺害されている。

クルド系のメディアで広く報道されたのは、あるクルドの女性政治家が車での移動中にこの民兵に待ち伏せ攻撃をされ殺害されたことだ。幹線道路の支配権を得るためとされ、この政治家以外にも一般人が犠牲になっている

◆アメリカは何をしたのか

トランプ大統領は自らの仲介により停戦合意がなされたことを強調している。しかしこの停戦継続の条件はまさにトルコ側が望んでいたことをアメリカのお墨付きで得たことを意味する

さらには停戦期限の前の10月21日に、アメリカ軍はシリア北東部からまだ残っていた米軍1000人をイラクへと撤退させた。撤退理由についてアメリカ政府はイラク西部でのイスラム国の残党作戦に従事させるためだとしている。

撤退したアメリカ軍に対するクルド人の怒りはシリアでもイラクでも大きい。これまでイスラム国との戦いでアメリカ軍にクルド人武装勢力は協力してきたが、都合よく切り捨てられてしまったと感じているからだ。撤退するアメリカ軍の車両の列にシリアやイラクで石などが投げつけられた。

しかもさらに人々の反感が増したのは、アメリカ軍はシリアから撤退する一方でイランとの緊張関係を受けて、サウジアラビアには新たな軍の派遣を決定しているからだ。

一部、アメリカ軍はシリア北東部に残るが、それは油田地帯があるところ。イスラム国に油田が奪われるのを防ぐためだという。

◆イスラム国はどうなったのか

しかしアメリカの説明とは正反対に、今回の事態をきっかけにシリアではイスラム国関係者を収容した刑務所破りや、キャンプでの暴動が起きている。

シリア北東部のアイン・イッサの街ですでに750人のイスラム国兵士が脱獄しているとの報道もある。刑務所やキャンプを管理していたシリア民主軍(その多くはクルド人武装勢力YPG)がトルコ軍との戦いに従事するため、キャンプの管理はこれまでの3分の2の人数で行われているという。

イスラム国のリーダー、バグダディがアメリカ軍によって殺害されたと10月27日に報道されているが、イスラム国の思想自体は無くなったわけでない。今後、活動が活発化する恐れも十分ある。

◆今後、この地域はどうなるのか

過去に同様の事態を経験し、今もトルコに支配されている地域がある。2018年3月にトルコにすでに制圧されたクルド人の街、アフリンだ。

トルコ軍が訓練するシリア・アラブ人兵士によって管理されている。トルコ式のイスラム教育やトルコ語を教える学校も作られた。多くの住民は街を出ており、残った年配者も盗聴されているという噂から外部との連絡を恐れているという。

代わりに街に住んでいるのは、アサド政権によってシリアの首都ダマスカスの東グータなどから送られてきた反体制運動のアラブ系の住民だ。アサド政権のこの手法は自国民同士を対立させるものでもある。

今後も難民、避難民の増加が予想され、また新たな支配への懸念が高まっている。

ドキュメンタリー・ディレクター

1985年三重県出身。2011年東京大学大学院修士課程修了。テレビ番組制作会社に入社し、テレビ・ドキュメンタリーの制作を行う。2013年にドキュメンタリー映画『ファルージャ ~イラク戦争 日本人人質事件…そして~』を監督。第一回山本美香記念国際ジャーナリスト賞、第十四回石橋湛山記念早稲田ジャーナリズム大賞奨励賞を受賞。その他、ベトナム戦争や人道支援における物流などについてのドキュメンタリーをNHKや民放などでも制作。2018年には『命の巨大倉庫』でATP奨励賞受賞。現在、フリーランス。イラク・クルド人自治区クルディスタン・ハウレル大学大学院修士課程に留学中。

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