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イランのソレイマニ司令官はイラクなど中東各地でどんな「戦争」を行ってきたのか

伊藤めぐみドキュメンタリー・ディレクター
殺害を受けて食料品広告がソレイマニの写真に変更された(ベイルート)

イランの革命防衛隊クッズ(コッズ)部隊の司令官であるカセム・ソレイマニが1月3日、アメリカ軍にドローン攻撃で殺された革命防衛隊クッズ部隊イランとアメリカの事情についてはすでにいくつか報道されている。

本記事では【1】イラクに焦点を当ててなぜこのような事態が起きたのか【2】ソレイマニはこれまで中東各地で何をし、どのような反応が現在の中東各地で起きているのかをまとめた。

■あらためてソレイマニとは誰か

ソレイマニはイランの革命防衛隊のクッズ部隊司令官である。クッズ部隊はイラン国外で作戦を行う特殊部隊のことだ。シリア、イラク、レバノンなどで暗躍してきた。国外でシーア派民兵組織を立ち上げ、諜報活動など隠密裏に動き、自国に有利な形で戦争に介入し引き起こす。ソレイマニは戦略、戦術を立てるのに長けていて、とても「優秀」な軍人だったらしい。

ソレイマニの名が知られるようになったのはここ数年のことである。2014年以降のイスラム国掃討作戦でイランやシリアにソレイマニは赴いて作戦の指揮をとる姿をメディアに晒すようになった。銃弾飛び交う前線まで行き、現場の兵士を励ますことで指揮高揚を図った側面もある。

対イスラム国作戦では「英雄」とみる向きもあるが、ソレイマニのクッズ部隊は数々の争いを引き起こして来た。2007年からアメリカはクッズ部隊を制裁対象とし、2019年には革命防衛隊をテロ組織に指定している。

■もう一人の重要人物、アブ・ムハンディスとは誰か

ソレイマニと同時に殺害されたアブ・ムハンディスもイラク政治における重要人物である。

スレイマニ、アブ・ムハンディスを追悼する番組、中央がアブ・ムハンディス(ベイルート)
スレイマニ、アブ・ムハンディスを追悼する番組、中央がアブ・ムハンディス(ベイルート)

イラクではイラク正規軍は警察軍、特殊部隊など6つの部隊に分けられるが、そのうちの1つが「人民動員部隊」である。この人民動員部隊の副司令官であったのがアブ・ムハンディスだ。

もともとはこの部隊は2014年にシーア派指導者のシスターニ師がイスラム国との戦闘のために呼びかけてできた民兵集団である。イスラム国掃討作戦に大きな貢献をしたとの評価もありシーア派地域を中心に人気も高い一方で、スンニ派住民への拷問や戦争法を無視した行いが多いなど批判も多い組織である。後に正規軍として認められ、現在では正式なイラク軍の傘下にある。

ただし正式なイラク軍の一部といっても、実際には「イラク」政府よりも、「イラン」政府の影響を受けることの多い組織である。

また人民動員部隊は様々なルーツを持つ組織の寄せ集めでもある。メジャー組織でいうと、「バドル旅団」「サラヤ・アル・サラーム(平和旅団、かつてのマフディ軍)」「カタイブ・ヒズボラ(神の党旅団)」「アサイブ・アフル・ハック(正義の結社)」がある。1980年代からイラン政府とのつながりを持つものもあり、2003年のイラク戦争以降、イラン政府の支援を受けながらイラク国内で米軍をはじめとする有志連合軍への攻撃などを行なってきた。

アブ・ムハンディスが抱える組織、カタイブ・ヒズボラはアメリカ軍から2009年にテロリスト組織として認定をされ、ムハンディス自身も「グローバル・テロリスト」とみなされている。またアメリカは、ムハンディスはソレイマニの「アドバイザー」でもあり、イランからイラクへ武器を運ぶネットワークを作っていたとみなしている。

特に「アサイブ・アフル・ハック」と「カタイブ・ヒズボラ」にルーツを持つ人民動員軍の部隊がイラン政府とのつながりが強いといわれる。2014年以降のイスラム国掃討作戦に関しても、イスラム国戦闘員と戦うだけでなく、これらの組織がスンニ派の一般住民への残虐行為を多く行なっていたと指摘されている

つまり人民動員軍は政府の指揮下にある正規軍の一部であり、かつ民兵集団のリーダーやイラン政府の影響力下にもあるという屈折した組織なのだ。

■ソレイマニ殺害に至るまでに何が起きていたのか

1月3日、シリアからバグダッドの国際空港に到着したソレイマニを、アブ・ムハンディスが出迎えた。ソレイマニはイラクやシリア情勢に積極的に介入しており、ソレイマニとも近い立場のムハンディスが出迎えるのも珍しくないのだろう。彼らが乗る車2台が攻撃され、両者ともに死亡したのだ。

この攻撃に至るまでにはいくつかの段階がある。

ベイルート、シーア派多数地区にて掲げられたスレイマニの写真
ベイルート、シーア派多数地区にて掲げられたスレイマニの写真

【1】まず2019年10月からイラクでは反政府抗議デモが行われていた。

腐敗したイラク政府の退陣を訴え、またそのイラク政府の腐敗に強く関与しているのはイラン政府だとして、イランを強く非難する運動としても広がった。人民動員部隊を構成するバドル旅団やアサイブ・アフル・ハックなどの事務所などへの抗議も初期の頃からあった。詳細はこちら

【2】もちろんイラン政府も、イラク内のイランよりの勢力もこの事態をよく思わない。イラン政府よりの民兵と思われる武装勢力が、デモ参加者に攻撃を加えたり、誘拐が頻発した。イラクの治安部隊の衝突も含まれるが、すでに500人の一般人を中心にした死者、27,000人の負傷者が出ている。

ソレイマニもこの攻撃を承知し、あるいは指示していたと考えられる。

一方の抗議運動の側は、基本的には非武装の抗議を続けようとしていた。中には抗議者がイラン領事館に火をつけるなどの事態も起きていた。ただし一応のところ、汚職反対、イラン政府の介入を拒否という点で人々は団結していた。これは運動の強みであり、一方でイラン側の勢力や民兵にとっては厄介な状況であった。

しかしこの後、事態が転換する。

【3】

- 12月27日、人民動員部隊が、イラク北部のキルクークの基地を攻撃し、アメリカ軍のコントラクター1人殺害、数名の負傷者が出た。

- 12月29日、アメリカ軍がイラクのカイムにある人民動員部隊のカタイブ・ヒズボラの基地を攻撃、少なくとも25人死亡。

- 12月31日、カタイブ・ヒズボラ支持者などが、バグダッドのアメリカ大使館を攻撃する。ムハンディスや、アサイブ・アフル・ハックの指導者も抗議に加わっている

おそらく最初の人民動員部隊による米軍への攻撃は「反イラン」の団結を壊すための誘い水だったのだろう。米軍を攻撃すれば、米軍は人民動員部隊に反撃する。米軍がイラク国内で「イラク軍の一部」に軍事作戦を行えば、「反イラン」で頭がいっぱいだった人でも「反アメリカ」の感情が生じる。なんといっても2003年のイラク戦争に苦しんだ国でもある。あるいは形としても「反イラン」の感情を上回る「反アメリカ」の動きが作りやすくなる

また10月から続く抗議運動のイメージを悪化させることもできる。本来、アメリカ大使館のあるグリーン・ゾーンに向かおうとしていたのは、反政府抗議運動の人たちだった。しかしそれは治安部隊やおそらくカタイブ・ヒズボラ側などの民兵よって阻止されていた。

それが12月31日のこのタイミングで簡単にグリーン・ゾーンに入れるということは、抗議運動の側も一緒になってアメリカ大使館を攻撃しているとして、抗議運動のイメージを悪化させるという狙いがあったとも考えられる。

【4】しかし、ソレイマニらが自ら攻撃を誘い出したであろうものの、彼らが想像した以上に、アメリカ政府の反撃は強烈だった。

1月3日、さらなる米軍への攻撃計画を考えていた当のソレイマニやムハンディス自身が殺害されたのだ。

この事態に周辺各国はどう反応しているのか。

これまでにソレイマニがそれぞれの地域でしてきたこと合わせてみていきたい。

■イラクでソレイマニがしてきたことと、現在の反応

イラクでのことはすでにこれまでも述べてきたが、ソレイマニはイスラム国掃討作戦での指揮も行なった。イスラム国制圧に貢献した側面もあるが、人民動員部隊によるスンニ派一般住民への攻撃の責任は大きい。

国際人権NGOもレポートを出して彼らの行為を厳しく非難している。ヒューマンライツ・ウォッチは2014年9月から11月にフィールド調査をおこない、サラハディーン州アマーリの村で人民動員部隊がスンニ派住民の家に対して略奪、放火を行い、住民に多くの行方不明者が出たことを報告している

アムネスティ・インターナショナルは2016年6月3日に人民動員部隊が、スンニ派が多いアンバール州サクラウィーヤで643人を連れ去り、いまも行方不明であること、ほぼ同数の人が拷問を受けたことをまとめている。これらの件は一部にすぎず、さまざまな人民動員部隊の法を無視した行為が報告されている。

また10月から続く抗議行動への弾圧も指示していたと考えられる。アサイブ・アフル・ハックが武器を持たない抗議行動参加者に発砲したことなどがいくつも報告されている。

バグダッドの抗議運動(11月中旬)
バグダッドの抗議運動(11月中旬)

現在のイラクでは3つの動きが見られる

まずタハリール広場に集まるデモ参加者たちはソレイマニの死を歓迎した。自分たちデモ隊を攻撃してきた人物がいなくなり、イラン政府の介入を批判してきたのだから、その主要人物の死を喜ぶのは十分ありうる反応である。

あるいはこれはアメリカとイラン政府の問題であり、自分たちを巻き込むなという反応である。#keep_your_conflicts_away_from_iraq(あなたたちの紛争にイラクを巻き込まないで)というハッシュタグが広まっている。

もう1つは生前のソレイマニが期待したであろう新たな反アメリカの動きである。イランの領事館が放火されたカルバラで、ソレイマニやアブ・ムハンディスの葬儀が行われ、バグダッドなどでも「アメリカに死を」と叫ばれていた

この3つめの動きに含まれるものとして、人民動員部隊を形成するグループの1つ、サラヤ・アル・サラームのリーダー、ムクタダ・サドルが対アメリカとして「マフディ軍」としての集結呼び掛けたムクタダはかつてはイラク戦争以降、反米闘争を率いてきた人物であった。

ムクタダは一応のところ、これまでイラクでの反政府抗議運動を支持し、アブ・ムハンディスをはじめ他の組織よりもイランとは距離を置く人物とされていた。最近ではデモ参加者を武装集団の攻撃から守るという建前で、自分のグループの兵士を抗議現場に送るということも行なっていた(ただし、そういう方法で抗議運動の中で自分の力を強めようという企みがあったのではという批判的な見方をする抗議運動参加者もいる)。

そのムクタダが反米の軍を結成したということは、イランとの関係や他の「カタイブ・ヒズボラ」や「アサイブ・アフル・ハック」との距離も再び縮まる可能性もある(ただ同時にサドルは民兵に対して自制し攻撃は行わないよう呼び掛けているようではある)。

ひとまず団結していたイラクの運動は、「反イラン」と「親イラン」という名目で、分裂を作り出すことがたやすい状態になってしまった。人々の一番の声は、「反イラン」「親イラン」であることよりも、とにかくこの腐敗や貧しさをなんとかしてくれということだった。それにもかかわらず、今回の騒動で運動が変質させられてしまう可能性がある。

1月10日には抗議運動開始から100日目として、大きな集会がバグダッドで開かれた。運動が乗っ取られることを望まない人たちはイランの介入にもアメリカの介入にも抗議する声を挙げた。

イラク議会ではシーア派は米軍のイラクからの撤退を進めようと投票し、クルドとスンニ派は反対している状況だ。

米軍がいなくなればその隙をついてイスラム国がまた勢力を拡大させる可能性もある

■シリアでソレイマニがしてきたことと、現在の反応

イラン政府とシリア政府は長年の盟友である

シリア内戦でも、アサド政権を存続させる形でソレイマニは介入をしている

イラクでのイスラム国との戦いが基本的には「イスラム国対イラク政府軍」で、(もちろんいくつもの例外はあるが)人々は基本的にはイラク政府軍の勝利を望んでいた。

しかしこれとはシリアは異なりシリアでの戦争は様々な勢力が入り乱れた。イスラム国やその他の過激派も一般市民を殺害したが、同時にアサド政権も大規模に市民を攻撃、拷問していた

例えば、2013年6月にはシリアのクサイルで大規模な戦闘があった。アサド政権側を支援するために、後述するようにレバノンのヒズボラが送られ、反体制派の地域が陥落した。ソレイマニがヒズボラの指導者、ナスラッラーに要請して戦闘員が派遣されたのだ。この際には多くの一般人の犠牲も報告されている。ソレイマニの指示でアレッポやホムスでの戦闘にも戦闘員が送られている

シリアで戦死したヒズボラ兵士(ベイルート)
シリアで戦死したヒズボラ兵士(ベイルート)

またシリア内戦にはイランにいるアフガン難民、パキスタンのシーア派を戦場に派兵している実態も報告されている。このリクルートの担当はソレイマニのクッズ部隊であった。難民という弱い立場の人々を戦争に駆り出していたのである。一番多い時では1万人から1万2千人いたという。

ソレイマニの殺害が大きく報道される一方で、シリアではそれ以前からずっと続いている政府軍、ロシア軍などによる攻撃がイドリブやその周辺で続いている。多くの一般人が犠牲になり、300万人が戦闘地域に取り残されているという。停戦合意が1月9日になされたものの、実際には攻撃は続いているという。

■レバノンでソレイマニがしてきたことと、現在の反応

レバノンにあるヒズボラという政治組織。これはイランとシリアがイスラエルを攻撃するためにイスラエルと国境を接するレバノンに作ったシーア派組織である。最近では、対イスラエルだけではなく、先述のように、ソレイマニの要請でシリア内戦に反体制派を攻撃する部隊を送っていた

レバノン自体はキリスト教、スンニ派、シーア派など様々な宗教や政党を抱える国である。ヒズボラ支持者もいれば、ヒズボラを支持しない人々ももちろん大勢いる。

ここ2ヶ月、レバノンでも反政府抗議デモが行われている。ヒズボラなどが抗議行動を行う人々を攻撃する事態も起きている。

ベイルートの反政府抗議運動(11月上旬)
ベイルートの反政府抗議運動(11月上旬)

あるレバノン市民は、「ヒズボラが活発化すれば、アメリカの同盟者でもあるイスラエルとレバノンの緊張が高まる」と今後のことを懸念した。

■イランの現在の反応

イラン国内ではソレイマニの死を悼み、大規模な葬儀が行われた。中東各地での混乱や多くの死に責任がありつつも、同時に人によってはイスラム国を退治した「英雄」にも見えるからだ。

一方でイランでも反政府抗議運動が行われてきた。1500人の死者がイラン国内ですでに出ているとされる

またウクライナの旅客機が革命防衛隊によって誤って撃墜された。イランの人々の間で犠牲者に対する哀悼と、政権への抗議も起きている。

表現が統制されているイランでこのような抗議を行うのは命がけのことなのである。

■問うべきことは何か

ソレイマニがイラクやシリアの多くの人たちにとって、憎むべき対象だったのはそうだろう。

だが今回のような方法で取り除かれて「万々歳」で終わらないのは確かだ。ソレイマニが殺されることで、もしシリア、イラクなどで失われてきた多くの普通の人たちの命が救われるならよかった。

だが次に起きるのは正反対の状況かもしれない。

恐ろしいのは指導部の抑制の効かない民兵や、怒りに駆られた人々の動きである。

ソレイマニ殺害は当然だという人も、アメリカのような大国の行うべきことではないという人もいるだろう。しかしもっとも考えたいのは全く罪のないシリアやイラクの人々が殺されず、傷つかずに済む方法は一体何なのかということだ。

(注)本文中の写真は筆者が撮影したものです。

ドキュメンタリー・ディレクター

1985年三重県出身。2011年東京大学大学院修士課程修了。テレビ番組制作会社に入社し、テレビ・ドキュメンタリーの制作を行う。2013年にドキュメンタリー映画『ファルージャ ~イラク戦争 日本人人質事件…そして~』を監督。第一回山本美香記念国際ジャーナリスト賞、第十四回石橋湛山記念早稲田ジャーナリズム大賞奨励賞を受賞。その他、ベトナム戦争や人道支援における物流などについてのドキュメンタリーをNHKや民放などでも制作。2018年には『命の巨大倉庫』でATP奨励賞受賞。現在、フリーランス。イラク・クルド人自治区クルディスタン・ハウレル大学大学院修士課程に留学中。

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