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<シリア>アフリン侵攻1年、故郷を奪われたクルド住民(写真5枚+地図)

玉本英子アジアプレス・映像ジャーナリスト
アフリンからの避難民デルウシュさんと妻。(昨年10月シリア・コバニ・玉本撮影)

◆香川県ほどの広さのアフリンをシリア武装諸派とトルコ軍が攻撃

シリア北西部アフリンは、トルコ国境に接する町だ。オリーブの木がつらなる緑豊かな土地に、多くのクルド人が暮らしてきた。内戦後、早い段階からクルド主導の行政機構が統治してきた。(玉本英子・アジアプレス)

香川県ほどの面積のアフリンはシリア内戦初期にクルド・人民防衛隊(YPG)が影響下に。トルコは「クルド・テロ組織の出撃拠点」とし、武装諸派を支援したトルコ軍とともに侵攻開始。(地図・アジアプレス)
香川県ほどの面積のアフリンはシリア内戦初期にクルド・人民防衛隊(YPG)が影響下に。トルコは「クルド・テロ組織の出撃拠点」とし、武装諸派を支援したトルコ軍とともに侵攻開始。(地図・アジアプレス)

<シリア>北西部アフリン 爆撃と侵攻の恐怖におびえる住民

昨年1月末、隣国のトルコ軍は、香川県ほどの面積のアフリンを、戦闘機数十機で爆撃、地上ではトルコの支援を受けたシリア武装諸派が攻撃した。

「クルド・テロ組織の排除」が理由とされたが、空爆などで一般市民も犠牲となった。2か月間にわたる作戦で町は制圧された。死傷者は1000人以上。イスラム武装過激派が町や村を支配することへの恐れから、15万人を越える人びとが脱出した。

◆追われた家、その後、武装組織の家族が転居

「これまでの人生のすべてを奪われた」。

北西部コバニの親戚の家に身を寄せるデルウシュ・ナスロさん(55)は、涙が止まらなかった。幼い頃から働き、農業で成功した彼は、アフリンに4つの家を持つまでになった。

そこをトルコ軍が爆撃、親戚2人が死んだ。家族は町を脱出したが、彼だけはアフリンにとどまった。家や、先祖代々受け継いできた土地、オリーブの木800本のことが気になったからだ。

トルコ軍とシリア武装諸派のアフリン攻撃で負傷した少女(2018年1月・アフリン郊外・地元記者撮影)
トルコ軍とシリア武装諸派のアフリン攻撃で負傷した少女(2018年1月・アフリン郊外・地元記者撮影)

デルウシュさんは市内に残ったものの、村の家が心配になり、戻ることにした。家の扉の鍵は壊されていた。

中に入ろうとすると、ひげを長く伸ばしたイスラム組織の戦闘員らしき男が出てきた。デルウシュさんが「ここは私の家です」と言うと、男は「家は我々のものだ。奥には家族の女たちがいる。入ると殺す」と彼を殴った。

そして「我々は東グータから来た」と言った。

東グータは首都ダマスカス東部にある地区で、反体制武装諸派が拠点にしてきた。シリア政府軍は「テロリスト掃討」の名目で、昨年2月18日、大規模な攻撃を始めた。

「こんな戦争はもうたくさん」シリア・東グータ 市民記者の訴え

これは2018年2月のダマスカスの東グータ地域。アフリンから350キロ以上離れている。シリア政府軍の攻撃で建物は破壊された。東グータにいた反体制派と家族ら住民はイドリブに移ったほか、一部はアフリンにも。(2018年2月6日・アブドゥル・アルバセッド撮影)
これは2018年2月のダマスカスの東グータ地域。アフリンから350キロ以上離れている。シリア政府軍の攻撃で建物は破壊された。東グータにいた反体制派と家族ら住民はイドリブに移ったほか、一部はアフリンにも。(2018年2月6日・アブドゥル・アルバセッド撮影)

その日から1週間のあいだに1000人以上の市民が空爆や砲撃で死亡したといわれる。

その後、3月下旬、東グータでは、反体制派が政府軍と部分合意。戦闘員と家族らはバスで他の反体制派拠点地域へ移動した。多くは北部イドリブの避難民キャンプなどへ移り、一部は武装組織の手引きでアフリンに移住した。

デルウィシュさんは言う。

「東グータの人たちが、アサド政権に家族を殺されたのは知っている。故郷を追われてアフリンに来るのもいい。だが、家や財産すべてを奪い、私たちを追い出すのはあまりにもひどい」。

4か月後、デルウィシュさんはアフリンを脱出し、コバニで家族と合流した。

住民死傷者850人超「もし生きていたら また連絡します」と住民

武装諸派がアフリン中心部に数キロまで迫り、大量の住民が南部に向けて脱出。(2018年3月15日・シリア北西部アフリン・キマル村付近・住民撮影)
武装諸派がアフリン中心部に数キロまで迫り、大量の住民が南部に向けて脱出。(2018年3月15日・シリア北西部アフリン・キマル村付近・住民撮影)

娘のバロズさん(19)は、ある日、見知らぬ人から携帯電話にSNSメッセージを受け取った。

「誤解しないで、私たちは東グータから強制的に移住させられたの」。

自分の家に入り込んで住み始めた女性らしき人物が、バロズさんの部屋から連絡先を手に入れ、送ってきたようだった。しかしバロズさんは到底許すことはできなかった。すぐに受信拒否にして削除したという。

 

東グータから逃れた住民に私は連絡を取り、アフリンへ移った人はいないか聞いた。しかし、誰も知らないとのことだった。敢えて答えなかったのかも知れない。

2004年シリア内戦前に取材したアフリン。オリーブ畑が広がる。アレッポ石鹸の産地としても知られる。2018年の侵攻で15万人以上の住民が、土地と家を奪われた(2004年・アフリン・玉本英子撮影)
2004年シリア内戦前に取材したアフリン。オリーブ畑が広がる。アレッポ石鹸の産地としても知られる。2018年の侵攻で15万人以上の住民が、土地と家を奪われた(2004年・アフリン・玉本英子撮影)

現在、アフリン住民の多くが脱出、お年寄りなど少数が残る。しかし電話やSNSで連絡を取り合うのは容易ではないという。トルコの情報機関に盗聴されているという噂が広まり、住民たちが話すのを恐れたからだ。

戦争は被害者と加害者を容易に分けることはできず、すべての人びとを巻き込んでいく。

<シリア>息子3人が戦死 「遺体なき棺を埋めた」クルド母の涙

(※本稿は毎日新聞大阪版の連載「漆黒を照らす」2019年02月05日付記事に加筆修正したものです)

アジアプレス・映像ジャーナリスト

東京生まれ。デザイン事務所勤務をへて94年よりアジアプレス所属。中東地域を中心に取材。アフガニスタンではタリバン政権下で公開銃殺刑を受けた女性を追い、04年ドキュメンタリー映画「ザルミーナ・公開処刑されたアフガニスタン女性」監督。イラク・シリア取材では、NEWS23(TBS)、報道ステーション(テレビ朝日)、報道特集(TBS)、テレメンタリー(朝日放送)などで報告。「戦火に苦しむ女性や子どもの視点に立った一貫した姿勢」が評価され、第54回ギャラクシー賞報道活動部門優秀賞。「ヤズディ教徒をはじめとするイラク・シリア報告」で第26回坂田記念ジャーナリズム賞特別賞。各地で平和を伝える講演会を続ける。

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