「俺の家の話」VS「SPECサーガ」 裏話炸裂 TBS名物プロデューサー初対談
人気ドラマのプロデューサー、初めての対談が実現。
男性社会のドラマ制作現場のなかで生き抜いてきた女性プロデューサー磯山晶(金曜ドラマ「俺の家の話」)さんと、旧態然とする会社組織に新しいクリエーターを迎え風穴を開けた植田博樹プロデューサー(Paravi配信ドラマ「SPECサーガ黎明篇『Knockin’on 冷泉’s SPEC Door』」。
同期のふたりは、00年代、TBS の気鋭のプロデューサーとして、磯山さんは脚本家・宮藤官九郎さん、植田さんは演出家・堤幸彦さんのドラマを多く作ってムーブメントを巻き起こしていた。当時、TBS に何が起きていたか。彼らはなぜヒット作を作ることができたのか。そして、いまは……。
いま女性プロデューサーが重用されるわけ。これから作りたいドラマとは。編成と制作の関係……等々、興味深い話を前後編に分けてお届けします。後編はこちら
前編の内容
●TBSで宮藤官九郎ドラマが生まれたきっかけ
●ブレイクするイケメンに共通するもの
●ドラマの演出家に必要な感性とは
●長瀬智也は◯◯◯◯◯◯◯◯である
初対面の宮藤官九郎さんはかっこよかった
植田:金曜ドラマ「俺の家の話」がはじまるわけだけど(取材は1月上旬に行われた)、磯山はいまの火曜10時枠を確立させた功績も大きいよね。ドラマでラブストーリーが絶滅しかかっていたとき、火ドラを組み立て直したのが磯山のチーム。同期だから磯山の仕事をずっと意識して見てきたなかで、最近、特に脂が乗っているように感じる。今、現在の磯山を形作ったものはなんなのかな。
磯山:やっぱり宮藤官九郎さんという天才に会ったことが大きかったと思う。最初に仕事をしたのは、深夜の「コワイ童話シリーズ」(99年)。植田さんも含め7人のプロデューサーで30分ものを4回ずつやりましたよね。
植田:若手のプロデューサーが競作した企画だね。磯山と僕と、のちに「ケータイ刑事」をつくる丹羽多聞アンドリウさん、今、常務の伊佐野英樹さん。テレパックの北川雅一さん、今のドラマ部長の鈴木早苗さんなどが参加していたね。
磯山:30分×4回だから、新人の私たちのスキルでもなんとかできるということではじまった企画で。視聴率は低くとも、ホラーものはビデオ が売れるという前提で通って、結果、そんなに売れなかったけれど(笑)。おかげで、若い才能と出会えたから、あの時点では結果が出なかったとはいえ、後々弊社的には大きな財産になった企画だったと思います。そのとき、大人計画の長坂社長が宮藤さんを紹介してくれたんです。当時は大人計画といえば主宰の松尾スズキさんだったけれど、宮藤もホンを書くので、ちょっと読んでみてくださいって。
植田:へーーー。大人計画と磯山は、今となってはすっかりなじみだけど、当時はかけ離れていたんだね。
磯山:私は小劇場に詳しくなくて、まして、大人計画はアングラぽい印象もあったから、食わず嫌いで怖いと思いこんでいたんです。あのドラマの企画がなければ、宮藤さんに会うこともなかったと思います。長坂さんと話した後、初めて見た大人計画の舞台が「母を逃がす」(99)で、宮藤さんの演じた役がすごくかっこよかった。ひげ面でロン毛でピーター・フォンダみたいな感じで、何、この格好いい人!と思いました。
植田:格好いい人と思ったのが、きっかけなの?(笑)。
磯山:そう、その役がね(笑)。後にも先にもその役が一番格好いい。それで、ぜひ会いたいと言って会ったら、すごく顔色悪くて覇気がなくて、あれ、こんな人だった? と戸惑った(笑)。でも、10年後に再演したときも、やっぱり格好よかったから、楽屋に行って、やっぱりこの役をやっている宮藤君が一番格好いいと言ったら、週刊文春の連載で「ぶれない人」と書かれました(笑)。それはともかく、宮藤さんに会わなかったら、何やっていいのかよくわからないままだったかもしれないです。最初に読ませてもらった、とても短い、一場面ものの脚本がすごく面白くて、それがはじまりですね。「おやゆび姫」というタイトルで書いてもらったんですけど、栗山千明さんと高橋一生さんが主演でした。好きな男子を小さくして、引き出しの中で飼うっていうおやゆび姫の現代版にちょっと加虐性があるものをやりたいと提案したら、宮藤さんがすごく面白いものを書いてきてくれました。
ブレイクするイケメンに共通するもの
植田:その後「池袋ウエストゲートパーク」(以下 IWGP)をやるわけだけど、当時、長瀬智也さん以外は、当時は誰?と思うような人たちばかりだったよね。
磯山:そうなんですよ。妻夫木聡さん、山下智久さん、坂口憲二さん、佐藤隆太さん……などは大抜擢でした。スポンサープレゼンに行くときに、営業部の同期に「もうちょっと有名な人押さえられないの?」と言われたことを覚えています。
――金曜9時「IWGP」と10時「QUIZ」、00年4月期は問題作をちょうどお2人が手掛けたんですね。
磯山:そうですね。ひりひりしていませんでした?
植田:ひりひりした金曜日でしたね。
磯山:スポンサーのかたからは「なんでこんな暴力的なドラマを僕たちは提供しなきゃいけないんだ」と怒られて。
植田:「QUIZ」も「子どもの犯罪のドラマの提供はできません」みたいなことを言われたよ(苦笑)。
――「IWGP」は結果的には、出ていた人がみんなブレイクして話題になりました。
植田:磯山と鈴木早苗さんは本当に俳優発掘の天才だよね。まだ「イケメンブーム」が盛り上がる前だったと思うけれど、イケメンをどこかから見つけてきて起用して、それが片っ端から売れていった。
磯山:TBSの入社面接でどういうドラマが作りたいか聞かれて、それまでは、石井ふく子プロデューサーの「女たちの忠臣蔵」など、女優の競演がみどころのドラマが主流な部分もあったので、同じ道を目指しても仕方ないと思い、私は男性がたくさん出るドラマが作りたいと言いました。素敵な男性のなかから誰を選ぶか迷うような(笑)。それにはキャスティングが決め手になってきますが、それこそ「コワイ童話シリーズ」で、深夜だしリスクも少ないから、誰でもキャスティングしていいという経験をしたことが生かされていると思います。それまでは、APとしてキャスティングする場合、監督から脚本家まで、ありとあらゆるかたのOKをもらわないとならないから、結果、無難な人に落ち着いてしまうんですよ。よくドラマや映画でいつも同じ顔ぶれと思う理由は、そういう理由もあるかと。それが、「コワイ〜」のときは、Pとして、私の一存で誰でも決められるってことが無類の喜びだった。それこそ俳優じゃなくて、素人でもいいわけで、それがすごく楽しかった。
植田:「コワイ童話」は僕らにとって大きかったね。
――当時の高橋一生さんは、今みたいな人気になると思いましたか。IWGPではオタクの役でイケメンキャラではなかったですよね。
磯山:高橋一生さんに限ったことではないけれど、売れる俳優にはしっかりしたマネージャーがついていることが多いと感じます。たとえば 「おやゆび姫」は高橋一生さんが小さくなる話なので、CGを多用していて、その分、撮影も大変で。だからマネージャーの高橋さんをすごく守ろうとするリクエストがめちゃくちゃ多かった記憶があります。すごく売れる若い男性俳優には魔性の魅力があって、まず、身近なマネージャーさんの心を掴むんだと思う。マネージャーさんはまるで母親が自分の子どもを必死で守るような感じになるんですね。そういう力の相互関係がたぶんスターを生むのかなと思います。
植田:ああ。それはわかる。
磯山:それだけ愛情をこめて手掛けた俳優が、世の中のたくさんの女性から愛されるようになる瞬間がマネージャーさんの最高の喜びなんでしょうね。
――俳優ひとりだけの力ではないってことですね。
植田:マネージャーさんって大変なんだよね。売れるまでは、テレビ局や映画会社に100回、200回、1,000回と、仕事をもらいに頭下げに来るようなところがあって。
ドラマの演出家にはおばちゃんの感性が必要
磯山:マネージャーさんほどではないけれど、プロデューサーも俳優をしっかり見ていないといけないと、中園ミホさんに言われたことがあります。「不機嫌な果実」(97年)を撮っているときは、「磯山さんが監督の後ろからモニターを見て、キャスティングした俳優がどれだけ格好よく見えるか全部チェックしてね」と言われて、以降、その教えをずっと守っています。要するに、すてきに見える角度とか、セリフの言い方とか、間とか、女性が見て、きゅんきゅんするための何かを常に研究しなさいってことなんですよ。そういうことは、マネジャーさんが常に、宣材や雑誌の写真チェックなどでやっていることですよね。そうやって選ばれるものを見て、俳優も、どうすると好まれるかコツが分かっていくんじゃないかと思います。
植田:確かに、磯山はいつもベースの後ろからモニターを見ているね。
磯山:チェックしていますよ。そして、さっきのとこだけテイク2のほうがよかったとか、監督に言いますよ。
植田:俺には分からない何か。男性の萌ポイントみたいなところを探すという意味で、磯山と新井順子のセンスはすごいと思う。
磯山:微妙な良さやいやなところを意外と男のディレクターはスルーしますよね。
植田:そういう意味では、テレビドラマって男がつくるもんじゃないのかもと思う時がある。プロデューサーもディレクターも。男のスタッフが、女性のきゅんとするポイントを見つけようと思ったら、女性の感覚を獲得しないといけない。
磯山:私は、優れた演出家はほとんど中身がおばちゃんだと思ってます(笑)。そうはいっても、プロデューサーは一作ごとに対応する俳優が変わっていきますから、マネージャーさんのように、ずっと一緒に仕事をしていく…それこそ添い遂げるみたいなことは少ない。その人の一生を見るマネージメントの仕事のほうがよっぽど大変だと感じます。
長瀬智也は少年漫画の主人公である
植田:磯山が一生を添い遂げようと思うような俳優はいる?
磯山:長瀬さんだったけれど、彼はこれからどうするつもりなのか……。
――つまり仕事の面で添い遂げたっていうことですかね?
磯山:そうなりますかね(笑)。
植田:「ラブとエロス」からずっと?
磯山:19歳のときから23年です。長瀬さんが、次々新しいスタッフと仕事をしていくのではなく、同じスタッフと仕事をしていきたいと思う人だったからですけれど。
植田:とすると、今回の「俺の家の話」は集大成だよね。
磯山:ほんとにそうですね。
――長瀬さんの魅力をどこに感じますか。
磯山:彼のいいところは、男子の理想のような人物を自然にやれるところ。宮藤さんよく言っていることで、「少年ジャンプ」の主人公みたいな人です。背が高くて顔がよく手足が長くてスタイルのいい、選ばれたルックスにもかかわらず、誰に対してもフェアでいられる人であるところが魅力です。
植田:「スラムダンク」の桜木花道って感じがする。
磯山:そういう人ですね。絶対的に主人公なんですよね。そういうふうになろうと意識してそうなる人もいますけれど、長瀬さんは無意識でそうなってしまう人なんです。
(流川は誰かという話でひとしきり盛り上がる磯山さんと植田さん)
磯山:バガボンドも長瀬くん。
植田:それ、わかる。
磯山:24時間、木刀振ってそうな人なんだよね。
――無意識な魅力のある人ってなかなかいないかもしれないですね。
磯山:自分なりにはすごくアイデアはあるんですよ。こういう役にするならこうしたほうがいいとか。事前に準備も、誰よりもいっぱいするんです。ただし、どうしても悪役になれないんですよね。性善説の人だと思う。
植田:びっくりするぐらい善人だと思う。
磯山:彼は主役をやるために生まれてきた人で、巫女的というか、番組のメッセージを伝える役目を果たしてくれる。その代わり、そういう責任のない、脇役はやらないと思います。そういう意味で、どんな役でも演じるという意味の俳優ではないと自分でも言ってますね。他にはいない才能だから、俳優を辞めないで欲しいです。
☆後編につづきます。後編は2月5日公開予定
磯山晶 Aki Isoyama
1967年、東京都出身。上智大学卒業後、TBS入社。96年「キャンパスノート」でプロデューサーデビュー。「池袋ウエストゲートパーク」「木更津キャッツアイ」「タイガー&ドラゴン」「ごめんね青春」「監獄のお姫さま」「俺の家の話」等、TBSの宮藤官九郎作品をすべて手掛ける。ほかに「大奥」「空飛ぶ広報室」「恋はつづくよどこまでも」「恋する母たち」など。編成として「逃げるは恥だが役に立つ」「大恋愛〜僕を忘れる君と」などがある。
植田博樹 Hiroki Ueda
1967年、2月3日、兵庫県生まれ。京都大学法学部卒業後、TBS入社。ドラマ制作部のプロデューサーとして、数々のヒットドラマを手がける。代表作に「ケイゾク」「Beautiful Life」「GOOD LUCK!!」「SPEC」シリーズ、「ATARU」「安堂ロイド~A.I .knows LOVE?~」「A LIFE~愛しき人~」「IQ246~華麗なる事件簿~」「SICK‘S」などがある。「SPECサーガ黎明篇『Knockin’on 冷泉’s SPEC Door』」がParaviで2月18日から配信。
俺の家の話
TBS系 金曜よる10時〜
脚本:宮藤官九郎
演出:金子文紀ほか
出演:出演:長瀬智也、戸田恵梨香、永山絢斗、江口のりこ、桐谷健太、西田敏行ほか