米大統領選をマイノリティが動かすか――ヒスパニックや黒人にトランプ支持が広がる3つの理由
- アメリカではヒスパニックや黒人など、これまで民主党支持者が多かったマイノリティにトランプ支持者が増えている。
- そこにはバイデン政権への幻滅があり、とりわけ深刻な経済状態は所得水準が総じて低いマイノリティの不満の温床になっている。
- それに関連して、バイデン=ハリスが進めた戦争協力と移民受け入れも、結果的に支持基盤を掘り崩したとみてよい。
マイノリティの民主党離れ
11月5日に迫った米大統領選挙は稀にみる激戦になっている。とりわけ接戦州、いわゆるスウィング・ステートでは、カマラ・ハリス支持とドナルド・トランプ支持がシーソーゲームを繰り広げている。
この際どい勝負の行方を大きく左右するのは、ヒスパニックや黒人などのマイノリティ票かもしれない。
マイノリティにはもともと民主党支持者が多く、2020年選挙ではジョー・バイデン勝利の一因にもなった。
ところが、米NBCテレビの最新調査によると、ヒスパニックの約40%はトランプ支持に傾いている。アラブ系も43%とほぼ同じ水準だ。
黒人の場合、トランプ支持は平均で13%にとどまるが、50歳以下の男性に限るとその割合は26%にまで上がるという調査結果もある。
トランプにはこれまで差別的な言動も目立ち、初めて当選した2016年大統領選挙では白人票の54%を獲得した一方、ヒスパニック票の28%、黒人票の6%しか得票できなかった。
今回の形勢はそれと大きく異なる。マイノリティのトランプ支持が最終盤に向けてさらに広がれば、ハリスにとって致命的になりかねない。
(1)生活不安とバイデン政権への幻滅
なぜマイノリティにトランプ支持者が増えているのか。その理由をここでは3点に絞って考えてみよう。
第一に、最も根本的な要因として経済状況、特にインフレがある。
米労働統計局によると、バイデンが大統領選で勝利した2020年のアメリカのインフレ率は1.2%だったが、2021年には4.7%、2022年には8.0%を記録した。
そこにはコロナ感染拡大とウクライナ侵攻の影響が大きいが、有権者の生活不安が増したことは間違いない。2024年9月段階でインフレ率は2.4%にまで下落したものの、2020年段階に比べても高い水準のままだ。
ところで、アジア系を除くとマイノリティの所得水準は総じて低い。
つまりマイノリティほど生活不安を感じやすい。また、マイノリティほどバイデン政権への期待が大きかっただけに、幻滅も大きくなりやすい。
これに対して、トランプ陣営は輸入関税の引き上げ(10~20%)、それ以外の減税、不法移民の取り締まり、さらにアメリカ国内の石油増産などによってインフレを撲滅できると主張する。
ただし、このトランポノミクス(トランプの経済)は、アメリカを代表するシンクタンクの一つピーターソン国際経済研究所をはじめ多くのエコノミストから「かえってインフレを悪化させかねない」と警告を受けている。
それでも、二大政党制のもとでは第三の選択肢がないに等しい。そのため、バイデンへの幻滅はトランプ支持の増加につながりやすい。
(2)戦争経費への不満
第二に、巨額の戦争経費だ。
バイデン政権は軍事援助として、ウクライナに2022年2月から641億ドル、イスラエルに2023年10月から125億ドルを、それぞれ提供してきた。
このうちイスラエル支援については、人種・民族ごとの反応の差は小さい。今年7月のシカゴ国際関係会議の調査では、ほとんどの人種・民族の50%以上が無条件のイスラエル支援に否定的だった。
しかし、ウクライナ支援については温度差が目立つ。やはり今年7月のニューアメリカ財団の調査によると、「必要な限り(つまり期限を設けずに)ウクライナ支援を続けるべき」という回答は白人とアジア系でそれぞれ51%だったが、黒人で41%、ヒスパニックでは37%にとどまった(アラブ系は不明)。
つまり、イスラエル支援の方がより評判が悪いわけだが、その一方でウクライナ支援の方がアメリカ財政にとっては負担が大きい。
そしてハリスはイスラエルのガザ侵攻による人道危機には批判的だが、ウクライナ支援の路線はバイデンから継承するとみられている。
とすると、平均的に所得の低いマイノリティほど、バイデン政権が拡大させた戦争経費に拒否反応が強くても不思議ではない。
一方、トランプはイスラエル支援の削減を明言していないが、ウクライナ支援には消極的な姿勢を鮮明にしている。
(3)不法移民・難民への警戒
最後に、米大統領選の一つの争点になっている不法移民・難民の問題だ。
メキシコとの国境を超えてくる中南米からの不法移民は、バイデン政権がスタートした2021年1月から今年9月末日までに800万人にのぼったとみられる。
トランプ政権時代、その数は240万人程度だった。
一方、難民受け入れ数の上限はトランプ政権時代に歴代政権で最低水準の年間1万5000人にまで絞られたが、バイデン政権のもとで年間12万5000人にまで引き上げられた。
トランプは「ハイチなどの不法移民・難民が増えれば(単純労働や未熟練労働に従事する割合の高い)ヒスパニックや黒人の雇用が奪われかねない」と主張し、マイノリティの切り崩しを進めてきた。
これは「ヒスパニックや黒人の分断」とも評される。
しかし、その一方で、トランプの主張は(本人の意図とは無関係に)暗黙のうちにマイノリティをアメリカ人として認めるものでもある。
アメリカのマイノリティには従来「白人と対等に扱われること」への願望が強い。それはつまり「アメリカ人の一員」としての認知を得たい、ということだ。
とすると、不法移民・難民を意図的にとり上げるトランプの戦術は、これまで以上にヒスパニックや黒人の「アメリカ人とそれ以外」意識を強くするものでもある。
マイノリティが動かすアメリカ
アメリカ人の一員であることの欲求の延長線上に、中南米などからの不法移民・難民を、たとえ人種・民族的には同じでも、「同胞」としてではなく「よそ者」として扱う心理が生まれることは珍しくない。
実際、移民受け入れに積極的な民主党支持者でさえ、白人とヒスパニックや黒人の間にはもともと温度差があった。
シカゴ国際関係会議の昨年5月の調査では、「合法移民を増やすべき」という意見は、民主党支持の白人で47%だったのに対して、民主党支持のヒスパニックは37%、黒人に至っては23%にとどまった。
逆に「合法移民を減らすべき」という意見は、民主党支持の白人が12%にとどまったのに対して、民主党支持のヒスパニック、黒人はいずれも20%だった。
合法移民に関してさえそうだとすると、生活不安やバイデンへの幻滅が広がるなか、不法移民・難民への警戒感と「自分はアメリカ人」という意識がマイノリティに強くなっても不思議ではない。それはトランプへの期待と紙一重になる。
とすると、マイノリティ票の行方にハリスとトランプは一喜一憂しなければならない。稀にみる接戦になった米大統領選の行方は、マイノリティが握るとさえいえるのである。