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「タバコ利権」はあるのか

石田雅彦科学ジャーナリスト
(ペイレスイメージズ/アフロ)

『喫煙科学(英題:Smoking Science)』という雑誌がある。公益財団法人の喫煙科学研究財団が発行している学術誌(季刊)だ。

この財団、JT(日本たばこ産業)が設立資金の大半を拠出し、寄付金の多くがやはりJTからのものと考えられている。活動は、喫煙に関する医薬研究に対する研究助成、研究結果を論文などの形で前記『喫煙科学』で発表することが主たるものだ。

喫煙を研究する『喫煙科学』とは

同財団の事業報告によれば、104の一般研究と64の特別研究に対し、3億8650万円の助成を行い、平均すると1研究当たり約230万円の金額となる。『喫煙科学』に掲載されている研究論文を読んでみるとわかるが、ニコチンの依存性が「軽い」という結論を導き出そうとしたり、喫煙と慢性炎症との関連性を疑ったり、喫煙の免疫抑制効果と免疫性疾患と関連づけたりと、かなり「チカラ技」的な論理展開が散見され、牽強付会という言葉が頭をよぎったりもする。

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喫煙科学研究財団が発刊する『喫煙科学』の表紙。

筆者は、前々回「タバコ対策は『喫煙者のフォローアップ』も重要だ」として依然として高い喫煙率から闇雲な受動喫煙防止対策強化に疑問を呈し、前回「『受動喫煙防止』に効果はあるか」で受動喫煙防止対策には喫煙率を下げる効果も期待できる、と書いた。今回はタバコ対策を妨げている「タバコ利権」について考えてみたい。

前述した『喫煙科学』を発刊している喫煙科学研究財団は、実質的にJT(日本たばこ産業)の丸抱えだ。日本専売公社から民営化されたのにもかかわらず、JTは国内のタバコ産業を独占的に「支配」している。

タバコ関連産業からの研究助成

日本には喫煙ではなく「禁煙」を目的にした学術団体がいくつかあるが、日本禁煙学会も代表的な学会の一つだ。同学会は2008(平成20)年に「喫煙科学研究財団の解散を勧告(PDF)」して話題になったが、タバコ産業からいかなる資金も受け取るべきでない、という倫理指針を採択している。

医薬系には同じような方針を掲げる学会が増えてきた。日本癌学会も「会員は喫煙関連産業または喫煙関連産業からの出資金で運営される団体等からの研究助成を受けない。また、これらの資金提供を受けた研究については、日本癌学会の学術集会での発表および学会誌への投稿を認めない」としている。

日本衛生学会は「タバコ資金で行われた研究の論文投稿や学会発表」を禁止している。だが、同学会内でもパブリックコメントによると賛否あったようだ。また、喫煙関連疾患に関係する学会を対象にした調査によれば、24学会中、禁煙宣言をしているのは4割弱だった(2016年4月現在、※3)

このようなアピールを学会がわざわざしなければならない、ということはとりもなおさず、タバコ産業による研究助成が公然と行われてきたことにほかならない。タバコ業界が学会や諸団体などへ資金提供してきた事実は、以前から指摘されている。

WHO(世界保健機関)は2000(平成12)年、タバコ産業文書に関する専門家委員会が報告書を作成し、タバコ規制に対し、タバコ会社が妨害をしていることを明らかにした。この報告書の中では「WHO(のタバコ規制に対する努力)を切り崩すためのタバコ会社の戦術は、タバコ産業界と陰で資金的につながりのある国際的な科学者達に強く依存していた」と書いている。

では、こうした研究資金によって、研究内容や結果にバイアスがかかるのだろうか。

かなり古いが、受動喫煙に関する論文の著者で、その危険性に否定的な内容となった著者の多くが、タバコ関係企業から研究資金を提供されていた、という論文もある(※1)。最近の研究や論文発表などで、COI(conflict of interest、利益相反)について厳しく問われるようになってきているが、やはり関連企業から資金を得ていれば、その研究に対し、公正で適正な判断が損なわれているのではないかと第三者から思われかねない、というのも事実だろう。

タバコは政官財の「利権」か

神奈川県知事時代に受動喫煙防止条例を成立させた実績がある松沢しげふみ参議院議員は、今国会で厚労省が成立を目指す受動喫煙防止対策を強化した健康増進法第25条(受動喫煙の防止)改正に向けて活動している。同議員のHPでは「タバコ利権」について詳しく解説している。

・タバコ産業は、JT(日本たばこ産業)の独占事業

・JTは、財務省の官僚の有力な天下り先

・国産葉タバコ生産者に対する過度な保護

・タバコ族議員の存在、政官財の利権構造

松沢議員はHPで上記の存在を指摘している。

前述した日本禁煙学会は「タバコ族議員と政治献金の実態」を明らかにし、2010年から2015年のタバコ業界からの政治献金や寄付などを調べた。これによれば、「自民党たばこ議員連盟」役員への6年間(2014/2/20現在、その後公開されていない)の献金額の合計は1,757万円で、これは全献金額の約35%となっている。

日本において、タバコ産業と言えばJT(日本たばこ産業)ということになる。喫煙についてJTの立場は「喫煙するかしないかは、あくまで個人の判断の範囲であり、喫煙を楽しむ自由がある」というもの。また、全国的に高まってきたタバコ対策について、JTの主張は一貫して喫煙者のマナー向上と分煙のコンサルティングで、というものだ。

JTはタバコ対策を妨害しているか

北海道美唄市は2015(平成27)年、道内の自治体で初めて受動喫煙防止条例を可決し、2016(平成28)年7月から施行した。

JTはこうした自治体の動きに敏感に反応し、様々な抵抗を行っている。例えば、地域のタバコ販売協同組合などを取りまとめて条例への反対署名を集めたり、JTの幹部社員が自治体首長を訪問して反対意見を述べたりすることが知られている(※2)。同時に、JTはHP上に「北海道美唄市における受動喫煙防止対策について」として時系列で意見書やコメントなどを表明してきた。

筆者の好きな映画に『インサイダー(The Insider)』(1999年)がある。ラッセル・クロウとアル・パチーノが出演。タバコ企業の内部告発者と彼からの告発を受け、タバコ産業の不正を報道しようとするニュース番組のテレビプロデューサーを描いた作品だ。タバコ企業から身体的危険も含めて様々な妨害工作が行われる中、ラッセル・クロウ演じる告発者が苦悩する。

この映画は実話をベースにしているが、タバコ産業が内部告発者を個人攻撃し、メディアを使ったネガティブキャンペーンを繰り広げて告発を思いとどまらせようとする過程が克明に描かれていて空恐ろしい。

タバコ利権は「ある」としか言えない。そしてタバコ対策の強化に対し、陰に陽に様々な形で抵抗しているのも事実なのである。

関連記事:

※1:Why Review Articles on the Health Effects of Passive Smoking Reach Different Conclusions, Deborah E. Barnes, MPH, Lisa A. Bero, PhD. JAMA. 1998;279(19):1566-1570. doi:10.1001 / jama.279.19.1566

※2:「オリンピックと受動喫煙防止法・条例(その8)美唄市の試みとパブリックコメント(賛成462反対66)に対するタバコ産業の妨害」大和浩、北九州市医報(平成27年6月)第695号(13)

※3:長谷川浩二ら、「診療ガイドラインにおける禁煙推奨の位置づけに関する調査研究」、日本公衆衛生雑誌、第63巻第12号、2016年

※2017/04/20:11:39、「たばこ」表記を「タバコ」に変えた。2017/04/24:12:56:文末に関連記事URLを加えた。

※2017/06/01:11:35、喫煙関連疾患に関係する学会の禁煙宣言のパラグラフを追加した。

科学ジャーナリスト

いしだまさひこ:北海道出身。法政大学経済学部卒業、横浜市立大学大学院医学研究科修士課程修了、医科学修士。近代映画社から独立後、醍醐味エンタープライズ(出版企画制作)設立。紙媒体の商業誌編集長などを経験。日本医学ジャーナリスト協会会員。水中遺物探索学会主宰。サイエンス系の単著に『恐竜大接近』(監修:小畠郁生)『遺伝子・ゲノム最前線』(監修:和田昭允)『ロボット・テクノロジーよ、日本を救え』など、人文系単著に『季節の実用語』『沈船「お宝」伝説』『おんな城主 井伊直虎』など、出版プロデュースに『料理の鉄人』『お化け屋敷で科学する!』『新型タバコの本当のリスク』(著者:田淵貴大)などがある。

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