Yahoo!ニュース

【解説】「ドラクエ3」リメーク版 5種類でマルチ同時発売の意味 タイトルに浮かぶ疑問

河村鳴紘サブカル専門ライター
11月に発売予定の「ドラゴンクエスト3 そして伝説へ…」

 スクウェア・エニックスの人気ゲーム「ドラゴンクエスト3 そして伝説へ…」を、「HD-2D」のグラフィックでリメークし、11月14日に発売することが発表されました。対応するのは、ニンテンドースイッチとPS5、Xbox Series X/S、STEAM、マイクロソフトストアで、実に5種類のプラットフォームが並びます。今や当然となった「大規模なマルチプラットフォームでの同時発売」ですが、「ドラクエ」の歴史を考えると一つの転換点になるのではないでしょうか。

◇リメークも新作の扱い

 2021年の発表時から依然としてベールに包まれている「ドラゴンクエスト12」の発表時の解説記事でも触れましたが、常にメガヒットを飛ばす「ドラクエ」の本編シリーズは、特別な意味があります。前身(エニックス)のときから、経営陣に取材をすると「ドラクエは最も売れているハードで出す」と明言していました。普段はゲームを遊ばない人々もこぞって遊ぶのですから、最も普及したゲーム機(プラットフォーム)に出すことは、当時は合理的な考えでした。

【関連】ドラクエ新作「12」や「3」リメーク版 対応ハード未発表なぜ

 「ドラクエ3」の原作(ファミコン版)はシリーズ屈指の人気で、1988年の発売以降、さまざまなゲーム機、プラットフォームでリメークされています。ただし今回のリメークはこれまでと違います。現在3部作でリメークプロジェクトが進んでいる「ファイナルファンタジー7」のように、リメークでありながら実質は新作として扱われています。

 「ドット絵(ピクセルアート)」をベースに、現在の表現技術で美しくする「HD-2D」。今回の「ドラクエ3」は、原作のファミコン版と比べると、あまりにも違います。開発期間(発表から発売日まで約3年半)から考えても、コストを費やしているのは一目瞭然です。

HD-2Dで描かれた「ドラゴンクエスト3」のゲーム画面
HD-2Dで描かれた「ドラゴンクエスト3」のゲーム画面

◇ファンの高齢化 ライバルコンテンツの充実…

 「売れるハードで出す」と言うことは、裏返せば、強気に出られるタイトルということ。確かにゲーム機が売れるかは人気ソフト次第……と言われているわけで、それは真実ですが、時代は変わりつつあります。

 「ファミ通ゲーム白書2023」(角川アスキー総合研究所)によると、2022年の世界ゲーム市場は27兆円弱(当時のレートは1ドル約131円)で、うち国内は2兆円強。ただし国内の約4分の3がスマートフォンなどのオンラインプラットフォームが占めています。家庭用ゲーム機は、もはやメインストリームではありませんし、小規模なゲームソフトもあって、情報を追うだけでも大変です。その上、ゲームのライバルになりえる映像コンテンツなども充実するなど、ネットには多種多様なコンテンツが山ほどあります。ビッグタイトルといえども、埋没しかねない危険性もあるのです。

 そしてドラクエの課題の一つは、ファンの高齢化です。ゲームエイジ総研が2021年にRPGについての調査を実施し、その中で人気の3作品のファンの年齢層に注目。「ドラクエ」や「ファイナルファンタジー(FF)」は、40代以上が半数以上で、逆に「ポケモン」は10~30代が約8割という結果でした。コアユーザーがいる点は心強いものの、若い世代の心をつかむことは急務と言えます。

【関連】多様化している“RPG”重視するのは「ゲームシステム」(ゲームエイジ総研)

◇一理あるリメーク批判も 変わる時代

 リメークに対して、ゲームに精通している一部の人たちから「焼き直し」「手抜き」など批判的な意見があります。挑戦的な完全新作は、リスクはあるものの業界を活性化させるため、続編やリメークに頼りすぎる状況は確かに好ましくありません。

 しかし、ゲームビジネスは長期サイクルを描くようになり、人材の奪い合いは熾烈(しれつ)で、開発費も高騰するなど、時代はゲーム開発に厳しく、かつ複雑になりました。新作を作る創作の意欲は大事ですが、経営面を軽視すると、ブランド力があるエンタメ企業でも倒産する厳しい時代です。リスクをカバーするには、自社の看板コンテンツをより大きく育てることが重要で、短期だけで成果を判断しない長期的な視点が必要です。既存のファンも大事ですが、新規層を獲得していかないと、看板コンテンツの先細りは必至です。

【関連】ガイナックス破産の背景は 1年で2億円以上の「現金・預金」が消え…

 ただし「ドラクエ」が若い世代に届いていない、世界にまだ広がっていないということは、裏返せば、「ドラクエ1~3」で語られる、「ロトの伝説」を知らない人に対して、リーチするチャンスがある……ということ。「ドラクエ」の1~3は普遍的な要素が多く、さらにドット絵の魅力が再評価され、若い世代にも受け入れられています。一度や二度でうまくいかないからといって、手を引くとチャンスはゼロです。

【関連】FF、ドラクエの古き良き「思い出」を超えろ――絶滅危機を乗り越え、再注目されるドット絵

HD-2Dで描かれた「ドラゴンクエスト3」のゲーム画面(戦闘シーン)
HD-2Dで描かれた「ドラゴンクエスト3」のゲーム画面(戦闘シーン)

◇ソニーも着々 マルチの同時発売

 新しい「ドラクエ3」で、マルチプラットフォームでの同時発売をする最大の利点は、もちろんソフトが売れることなのですが、もう少し丁寧に言えば、コンテンツの接触者を増やせること。これは時代の流れで、ソニーでさえも自社のゲーム機(PS5)に固執しない方向で転換しています。

 今年2月に発売した「ヘルダイバー2」はPS5とPCで同時に発売され、前評判が高いとは言い難かったものの、12週間で1200万本超のヒットとなりました。ソニーはそれまで、自社タイトルはPS5版を先に出して、しばらく後でPCに展開する “時間差”戦略を取っていました。そこには、自社のゲーム機を売りつつ、少しでもソフトを売り伸ばしたいという、メーカーの思惑がありましたが、PS5とPCの同時発売で「ヘルダイバー2」のような結果が出るなら、その選択を無視できるはずがありません。

 今回の新しい「ドラクエ3」は、国内だけで3000万台以上を出荷しているスイッチで展開しつつ、グラフィックの良さを求める人はPS5やXbox、PCを選べるため、ゲームファンに大きなメリットがあります。なお「ドラクエ」シリーズで、現行の家庭用ゲーム機(複数)を網羅しながらPCでも、同時に発売したタイトルがあるのかをスクウェア・エニックスの広報室に質問すると「インフィニティ ストラッシュ ドラゴンクエスト ダイの大冒険」(2023年9月)の名前が出てきました。

 ただし、同作は本編シリーズでないのも確か。本編シリーズでもある、新しい「ドラクエ3」が、マルチプラットフォームの同時発売でどれだけ売れるのかは、試金石になるでしょう。「HD-2D」のソフトは、既に「オクトパストラベラー」で成果を出していますし、「ドラゴンクエスト1&2」(2025年発売)のリメークもサプライズで発表されたように、スクウェア・エニックスも、この戦略に一定の期待をしているのは明らかです。

「ドラゴンクエスト1&2」のアート
「ドラゴンクエスト1&2」のアート

 ビジネスでは、差別化が重要です。3Dのリアル路線で行けば、トレンドに沿う安心感がありますが、埋没して目立たなくなります。HD-2D推しで勝負するのは、ブランディングも含めて、面白い考え方です。もちろん、成功する保証などありませんが、現在の「リアル路線」のトレンドを漠然と追うよりは理にかなっています。

◇新作のタイトル 原作のファミコン版と全く同じ

 ところで、新しい「ドラクエ3」のパッケージが公開されたのですが、タイトルがファミコン版の原作と全く同じです。アピールポイントである「HD-2D」の文字がないことも含めて、疑問が浮かんできます。

 スクエニ広報室にこの点を質問すると、「原題を尊重しているためで、過去のリメーク作品でも『SFC(スーパーファミコン)』や『GB(ゲームボーイ)』などはタイトル名には入れず、同じ形式をとっている」とのことでした。メディアは表現上「スーパーファミコン版」、今回であれば「HD-2D版」「リメーク版」としたりするわけですが、メーカーサイドとしては、ゲームの表現手法が変わっても「同じもの」という考えなのです。昔からぶれていない、こだわりを感じますね。

スイッチ版「ドラゴンクエスト3」のパッケージ。ロトのロゴはあっても、HD-2Dの文字が見当たらない。
スイッチ版「ドラゴンクエスト3」のパッケージ。ロトのロゴはあっても、HD-2Dの文字が見当たらない。

 コンテンツで最も重要なことは、人気はもちろんですが、もう一つ上のレベルで考えるならば、古典の名作のように、より長く語り継がれる意識が大切になるのではないでしょうか。ファミコンが誕生して40年が経過しましたが、一部昔ながらの人気シリーズもそういう領域に入っていると思えるのです。そして「ドラクエ」を支えた鳥山明さんとすぎやまこういちさんが鬼籍に入る中で、今後も「ドラクエ」が燦然(さんぜん)と輝けるかが、問われています。

 そうしたコンテンツ中心の視点に立つと「新作が上で、リメークが下」という従来の考えにとらわれず、柔軟性が求められています。若い世代の支持を獲得し、可能なら離脱組も引き戻し、そしてコアファンも楽しませるのが大切なのですから。高いハードルですが、それが新しい「ドラクエ3」に期待されていることで、より多くの人へ届けるため、マルチプラットフォームで同時発売する意義ではないでしょうか。

 「ドラクエ」シリーズの“源”である「ロトの伝説」の物語が、ファミコン世代に加え、若いZ世代たちの“共通言語”になれば、今後の可能性を高めてくれると思うのです。ミュージカルの名作がそうであるように、「ドラクエ3」も先の先を見据えて、過去の名作にするのではなく、いつまでも現役であり続けるために、今後も挑戦し続けてほしいと願っています。

サブカル専門ライター

ゲームやアニメ、マンガなどのサブカルを中心に約20年メディアで取材。兜倶楽部の決算会見に出席し、各イベントにも足を運び、クリエーターや経営者へのインタビューをこなしつつ、中古ゲーム訴訟や残虐ゲーム問題、果ては企業倒産なども……。2019年6月からフリー、ヤフーオーサーとして活動。2020年5月にヤフーニュース個人の記事を顕彰するMVAを受賞。マンガ大賞選考員。不定期でラジオ出演も。

河村鳴紘の最近の記事