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「ゲノム解析」で明らかに「外来種の在来種への影響」ビクトリア湖のシクリッドで。東京工業大学などの研究

石田雅彦科学ジャーナリスト、編集者
ナイルパーチ(左)とビクトリア湖のシクリッド。東京工業大学のリリースより

 外部から特定の地域へ人為的に持ち込まれ、固有の生態系を破壊する侵略的外来種は、日本はもちろん世界各国で問題になっている。東京工業大学などの研究グループは、アフリカのビクトリア湖に持ち込まれたナイルパーチという肉食魚が、固有種であるシクリッドにどのような影響をおよぼしたのか、ゲノム解析を用いて明らかにした。

興味深い生態を持つ東アフリカのシクリッド

 熱帯魚好きならシクリッドはなじみのある魚類だろう。スズキ目カワスズメ科の仲間がシクリッドで、エンゼルフィッシュもシクリッドの一種だ。

 シクリッドの中でも東アフリカの三つの湖(マラウイ湖、タンガニーカ湖、ビクトリア湖)に生息するアフリカン・シクリッドは、その種類と生態の多様性、弱アルカリ性の生息する水によるカラフルさなどから人気の熱帯魚となっている。

 中でもビクトリア湖のシクリッドは、種の分化や進化などの研究対象としても貴重で、分子生物学の分野でもこれまで多くの論文が出ている(※1)。

 だが、三つの湖の中でもビクトリア湖のシクリッドは、1950年代に食用のため、外部から持ち込まれたナイルパーチという大型肉食魚により、1990年までに約200種の固有種が絶滅したと考えられている。ナイルパーチは、侵略的外来種のワースト100にも入ることで知られ、ビクトリア湖のシクリッドへ壊滅的な影響をおよぼしている。

ナイルパーチの放流と漁獲量、シクリッドの大量絶滅の図。東京工業大学なのリリースより
ナイルパーチの放流と漁獲量、シクリッドの大量絶滅の図。東京工業大学なのリリースより

大規模なゲノム解析によりわかってきたこと

 これまでビクトリア湖で具体的にいつシクリッドが減少し始めたのか、遺伝的な影響はどうなっているのかなどについての研究は少なかった。そこで東京工業大学などの研究グループ(※2)は、ビクトリア湖の外来種のナイルパーチが在来種のシクリッドにもたらした影響を大規模なゲノム解析から明らかにし、分子生物学の学術誌に発表した(※3)。

 同研究グループは、新たに公共ゲノムデータベースに登録された21個体を含む合計158個体、137種のビクトリア湖のシクリッドを用い、大規模な比較ゲノム解析を行った。

 その結果、8種のうち4種で遺伝的な多様性が低下するボトルネック効果がみられた。ある種の個体数が減少すると、生存に不利な遺伝子の変異が除去されにくくなり、病気にかかりやすくなる。また、遺伝的な多様性を回復することも難しくなる。

 さらに、ボトルネック効果がみられた4種類をゲノム解析し、集団における繁殖できる個体数から推定したところ、個体数の減少は1970年代から1980年代にかけて始まっていたことがわかった。これはビクトリア湖でナイルパーチの勢力が拡大した時期と重なっており、ナイルパーチによってシクリッドの遺伝的多様性にボトルネック効果が起きたことが予想された。

ナイルパーチに生態系の座を奪われた

 先行研究から生態系の最上位にいる肉食のシクリッドから先にナイルパーチにその座を奪われたと考えられているが(※4)、この4種類のうち、2種類が他のシクリッドから卵を奪って食べる生態を持つものであり、ゲノム解析によって先行研究の推定を裏付けることとなった。

 特に、この2種のうち、マタンビハンターと呼ばれるシクリッドで最もボトルネック効果の痕跡が強くみられ、マタンビハンターと近縁種との遺伝的な違いがボトルネック効果による遺伝的多様性の喪失と関係があることが示唆された。

 これまで外来種による在来種への影響の評価は、観測データや漁獲量などを使った研究が多かったが、同研究グループは大規模なゲノム解析による評価で遺伝的多様性や個体数の具体的な変動などを推定できることがわかったという。侵略的外来種の影響を強く受ける種を特定できたことで、保全すべき種の順位や漁獲数のコントロール、禁漁区の設定など、生態系の保全計画に利活用できるのではないかと考えている。

ナイルパーチが持ち込まれる前後の生態系の変化。肉食・卵食などのシクリッドの座をナイルパーチが奪った。東京工業大学のリリースより
ナイルパーチが持ち込まれる前後の生態系の変化。肉食・卵食などのシクリッドの座をナイルパーチが奪った。東京工業大学のリリースより

 ビクトリア湖のシクリッドは絶滅したと考えられていた種が再発見されているが、複数の種の間のボトルネック効果を比較することで、生息エリアや生態などの違いによるナイルパーチの影響を調べていくことができるという。同研究グループは今後、ゲノム解析した種や生息エリアが限定的だったことを踏まえ、対象の種や個体数を増やし、ビクトリア湖全域のシクリッドについて研究を広げていく予定だ。

※1-1:Axel Meyer, et al., "Monophyletic origin of Lake Victoria cichlid fishes suggested by mitochondrial DNA sequences" nature, Vol.347, 550-553, 11, October, 1990
※1-2:Catherine E. Wagner, et al., "Genome-wide RAD sequence data provide unprecedented resolution of species boundaries and relationships in the Lake Victoria cichlid adaptive radiation" Molecular Ecology, Vol.22, Issue3, 787-798, February, 2013
※1-3:M Emilia Santos, et al., "East African cichlid fishes" EvoDevo, Vol.14, article number1, 5, January, 2023
※2:東京工業大学生命理工学院生命理工学系(二階堂雅人准教授、今本南大学院生、畑島諒大学院生、相原光人研究員、伊藤武彦教授)、総合研究大学院大学統合進化科学研究センター(中村遥奈研究員)、タンザニア水産研究所
※3:Minami Imamoto, et al., "Severe Bottleneck Impacted the Genomic Structure of Egg-Eating Cichlids in Lake Victoria" Molecular Biology and Evolution, Vol.41, Issue6, 24, May, 2024
※4-1:W Ligtvoet, et al., "Species Extinction and Concomitant Ecological Changes in Lake Victoria" Netherlands Journal of Zoology, January, 1991
※4-2:Mathew D. McGee, et al., "A pharyngeal jaw evolutionary innovation facilitated extinction in Lake Victoria cichlids" Scinece, Vol.350, Issue6264, 1077-1079, 27, November, 2015

科学ジャーナリスト、編集者

いしだまさひこ:北海道出身。法政大学経済学部卒業、横浜市立大学大学院医学研究科修士課程修了、医科学修士。近代映画社から独立後、醍醐味エンタープライズ(出版企画制作)設立。紙媒体の商業誌編集長などを経験。日本医学ジャーナリスト協会会員。水中遺物探索学会主宰。サイエンス系の単著に『恐竜大接近』(監修:小畠郁生)『遺伝子・ゲノム最前線』(監修:和田昭允)『ロボット・テクノロジーよ、日本を救え』など、人文系単著に『季節の実用語』『沈船「お宝」伝説』『おんな城主 井伊直虎』など、出版プロデュースに『料理の鉄人』『お化け屋敷で科学する!』『新型タバコの本当のリスク』(著者:田淵貴大)などがある。

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