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「受動喫煙防止」に効果はあるか

石田雅彦科学ジャーナリスト、編集者
(ペイレスイメージズ/アフロ)

 前回の記事では「タバコ対策は喫煙者のフォローアップも重要」と書いたが、喫煙による超過死亡数は年間約13万人、受動喫煙では約7000人と推定される。がんに限れば、それぞれ年間77,400人、2,120人が死亡していることが推定される(※1)。

今回は、受動喫煙防止対策について考えてみたい。

副流煙のほうが有害物質が多い

 タバコと疾病の因果関係の研究では、1950年頃から「病原菌以外の原因における因果推論とその方法」として「能動喫煙」と肺がんの因果関係が議論されるようになる(※2)。能動喫煙というのは、受動喫煙ではなく自ら自発的に喫煙することだ。さらに、受動喫煙の研究は1980年代後半から盛んになり始め、90年代に入ると受動喫煙と肺がんの因果関係についてのエビデンスもメタアナリシスなどを駆使しつつまとめられるようになる(※3)。

 タバコを吸った喫煙者が吸い込む煙を「主流煙(Mainstream Smoke)」といい、タバコの先から出る煙を「副流煙(Sidestream Smoke)」、喫煙者が吐き出す煙を「呼出煙(Used Smoke)」という。副流煙はタール、ニコチン、一酸化炭素などの有害物質が、主流煙に比べて2〜3倍も濃度が高い、と言われているが、厚労省の「最新たばこ情報」によれば、主流煙を1とした場合、ニコチンでは約2.8倍、タールは約3.4倍、アンモニアは約46倍となっていて、ベンゾピレンや各種のニトロソアミンといった発がん性物質の量も副流煙のほうが多い。

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厚労省の「最新たばこ情報」に掲載された主流煙と副流煙に含まれる物質の比較表。

 また、副流煙や呼出煙によって非喫煙者も目や喉の痛み、血管収縮や心拍数の増加などが起きる。もちろん、発がん性物質に暴露されるので、乳幼児や子どもを含めた非喫煙者が、タバコ起因の疾病になる可能性も高い。

受動喫煙防止対策に効果はあるか

 こうした研究結果を踏まえ、非喫煙者を守るために受動喫煙が問題視され、先進各国各地域で罰則付きの受動喫煙防止条例が制定されるようになった。2009(平成21)年に出された厚労省の報告書では「受動喫煙は喫煙者による『他者危害』であることが指摘」されている(※4)。

 同時に日本における受動喫煙の防止(健康増進法第25条)は現状「吸いたくない人にたばこの煙を吸わせない」あくまで努力義務、とされ、同法では「多数の者が利用する公共的な空間については、原則として全面禁煙であるべき」ともされている。今国会で厚労省が目指す同法改正案は、努力義務からより強化された罰則付きの受動喫煙の防止へ進めたい、ということだ。

 厚労省が目指している受動喫煙防止対策強化については、神奈川県と兵庫県に事例がある。今国会では、厚労省案に対し、飲食業界や喫煙支持議員を中心にした強い抵抗があるが、この両県では同様の抵抗を受ける中、罰則付きの条例を制定した。だが、厚労省案の「後退」と同様、条例の適用施設では、分煙や努力義務などが含まれ、不十分な部分もまだ多い。

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神奈川県と兵庫県の受動喫煙防止条例の比較。「自治体におけるたばこ対策の推進に関する研究」中村正和 大阪がん循環器病予防センター予防推進部・部長、2014.より。

 それでは、受動喫煙防止対策には明かな効果、メリットがあるのだろうか。

 まず、受動喫煙防止について何らかの法令や条例を制定した場合、喫煙関連疾患の入院リスクが下がる、というメタアナリシス研究がある。心疾患や呼吸器疾患が減少し、飲食店などへの影響でも顧客の健康志向などから経済的なマイナス影響はみられず、むしろプラス効果が期待できる、という研究も多い(※5)。

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受動喫煙防止条例など制定したときに喫煙関連疾患の入院リスクが下がる、というメタ解析。厚労科研・辻班「健康日本21(第二次)の推進に関する実践マニュアル研修会」2015年10月9日、スライドから。

 受動喫煙防止条例の制定で喫煙率は下がるのだろうか。神奈川県と兵庫県の喫煙率推移、47都道府県の中での相対的順位の変化をみると、神奈川県でその効果はより顕著と言える。

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神奈川県と兵庫県の喫煙率推移、47都道府県の中での相対的順位の変化。神奈川県は2010年施行、兵庫県は2012年施行。神奈川県が相対順位を大きく下げている。厚労省「国民健康・栄養調査結果の概要」より。

受動喫煙防止対策の限界

 このように喫煙を望まない非喫煙者をタバコの煙から守る、という受動喫煙防止対策は大きな効果があることがわかる。

 だが、喫煙者と非喫煙者を物理的に完全に隔離することは不可能だ。「穴」がどうしても生じる。その他の条件を全く同じにし、タバコを吸う群と吸わず煙にも暴露しない群に分ける疫学調査が倫理的にも不可能なように、喫煙者と非喫煙者の両者を完全に分けることはできない。せっかく受動喫煙防止の政令や条例を制定しても穴だらけなら効果は期待薄だ。

 社会的政治的経済的に喫煙が許容されている現状では、受動喫煙防止対策には大きな効果はあるが、根源的な解決には自ずから限界がある。

 喫煙率を下げること、そして望まない喫煙から非喫煙者を守ること、この二つは両輪のようなものだと筆者は考える。喫煙とタバコの煙の害は言うまでもない。喫煙率が限りなくゼロに近づけば、当然だが受動喫煙防止対策も必要なくなるはずだ。神奈川県の事例のように受動喫煙防止条例の制定で喫煙率が大きく下がるのは朗報だが、喫煙率をより下げていくためにも他の依存症対策と同様、喫煙者に対する周囲や環境の理解やサポートなどが重要なのではないだろうか。

関連記事:

※1:Inoue M, Sawada N, Matsuda T, et al: Attributable causes of cancer in Japan in 2005- systematic assessment to estimate current Oncol, 2012; 23(5): 1362-9.Ikeda N, Inoue M, Iso H, et al: Adult mortality attributable to preventable risk factors for non-communicable diseases and injuries in Japan:a comparative risk assessment. PLoS Med. 2012; 9(1): e1001160.

※2:「医学における因果関係の推論──疫学での歴史的流れ──」津田俊秀、馬場園明、三野善央、松岡宏明、山本英二、『日本衛生学雑誌』1996.

※3:United States Environmental Protection Agency. Respiratory health effects of passive smoking: Lung cancer and other disorders. Washington: United States Environmental Protection Agency, 1992.

※3:「医薬研究におけるメタアナリシスと公表バイアス」浜田知久馬、中西豊支、松岡伸篤、『計量生物学』Vol. 27, No. 2, 139-157, 2006.

※4:「たばこ対策の道標」 矢島鉄也(当時)厚生労働省健康局長、『公衆衛生情報』特集号、42(11-1), 2013

※5:Effective tobacco control is key to rapid progress in reduction of non-communicable diseases. Glantz S, Gonzalez M. Lancet. 2012; 379: 1269-71

※追記:2017/04/18、12:04に引用文献を加えた。2017/04/20:11:35、「たばこ」表記を「タバコ」に変えた。2017/04/24:12:55:文末に関連記事URLを加えた。

科学ジャーナリスト、編集者

いしだまさひこ:北海道出身。法政大学経済学部卒業、横浜市立大学大学院医学研究科修士課程修了、医科学修士。近代映画社から独立後、醍醐味エンタープライズ(出版企画制作)設立。紙媒体の商業誌編集長などを経験。日本医学ジャーナリスト協会会員。水中遺物探索学会主宰。サイエンス系の単著に『恐竜大接近』(監修:小畠郁生)『遺伝子・ゲノム最前線』(監修:和田昭允)『ロボット・テクノロジーよ、日本を救え』など、人文系単著に『季節の実用語』『沈船「お宝」伝説』『おんな城主 井伊直虎』など、出版プロデュースに『料理の鉄人』『お化け屋敷で科学する!』『新型タバコの本当のリスク』(著者:田淵貴大)などがある。

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