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【検証コロナ禍】特措法改正後の時短命令は約2200店舗 命令違反の過料を却下した裁判所も

楊井人文弁護士
(写真:イメージマート)

 新型インフルエンザ等対策特別措置法に基づく緊急事態宣言等の期間中、主に飲食店を対象に出された時短命令は、2021年2月の法改正から1年半の間に、全国で約2200店舗に達していた。内閣官房新型コロナウイルス等感染症対策推進室の取りまとめ資料(昨年8月末時点)でわかった。

 時短命令に従わなかった店舗は、過料(1店舗あたり最大30万円)を命じられる。だが、時短命令を事実上違法とみなし「過料に処しない」との決定を、前橋地方裁判所が出していたこともわかった。時短命令を違法とした司法判断は、東京都による時短命令を違法と判断した東京地裁判決=昨年5月。その後、確定=に続いて、2例目とみられる。

 特措法の命令・過料の全国的な運用実態が明らかになったのは初めて。

知事の時短命令に従わなかった事業者に「過料に処さない」と決定した前橋地方裁判所の決定書(水野泰孝弁護士提供、筆者撮影)
知事の時短命令に従わなかった事業者に「過料に処さない」と決定した前橋地方裁判所の決定書(水野泰孝弁護士提供、筆者撮影)

特措上の要件を満たさず「過料に処さない」と決定 前橋地裁が昨年9月、鹿児島県の時短命令に

 時短命令を事実上違法と判断し、過料に処さないとの決定を出したのは、前橋地方裁判所(昨年9月30日付け決定)。

 オミクロン株が主流となった第6波で、まん延防止等重点措置が出されていた昨年3月、営業時間短縮(時短)の要請に応じていなかった鹿児島県内の飲食店(本社は群馬県内)に対し、鹿児島県知事が時短命令を発出した。命令を出したのは、まん延防止等重点措置の解除予定日の5日前だった。

 同店はこの命令にも従わずに営業を続けたため、鹿児島県からの通知を受け、前橋地裁が過料の裁判を担当。3人の裁判官の合議で、同県が店舗の具体的な営業状況まで確認しておらず、特措法上の命令の前提となる「特に必要があると認められるとき」との要件について合理的説明が可能であるとは認められないと判断し、「過料に処さない」と決定した。

 だが、経営していた会社側は、係争中だとしてコメントしなかった。前橋地検が不服申立ての手続きをとり、現在も審理が続いている可能性がある。

(詳しい解説)前橋地裁が時短命令違反の過料を却下決定 その司法判断の意義とは(2023/4/22)

筆者作成
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大半の裁判所が適法性を審理せずに過料命令 実態調査をした弁護士が指摘

 行政事件を専門とする水野泰孝弁護士が、特措法に基づく時短命令を出したとみられる全国の都道府県に文書開示請求を行い、命令違反による過料の裁判の決定書を1000件以上入手。その中に、今回の前橋地裁決定があった。

 水野弁護士によると「命令が正しく送達されたことを確認できない」などの形式的理由で過料に処さない決定はいくつかあったものの、時短命令それ自体が法律上の要件を満たしていないと判断した決定は、現時点でこの前橋地裁決定だけとみられるという。

 入手した大半の過料決定が、特措法に基づく命令の適法性に踏み込んだ判断をしていなかった。

 水野弁護士は「過料の裁判において、特措法に基づく命令の違法性について判断する必要はないとしている決定も少なくない中で、大胆に踏み込んだ判断をしている」と前橋地裁決定を評価する。

 そもそも命令違反による「過料」の裁判は、非公開の「非訟事件」と位置付けられ、当事者がそれぞれ裁判所に出廷して主張をしあう形での審理が行われていない。1966(昭和41)年、最高裁大法廷は憲法違反に当たらないとの判断を下している(裁判所HP参照)。

 水野弁護士は、命令違反による過料の裁判に複数関与してきた経験を踏まえ、現行制度は行政追従的判断になりがちだと問題点を指摘。公開の場で、当事者と国の主張を審理する形に改革すべきとして、近く論文を発表するという。

緊急事態宣言中の法改正で新設した命令制度 28都道府県で実施

 水野弁護士が内閣官房コロナ対策室への情報開示請求で入手した「緊急事態宣言地域等における命令・過料通知の実質状況」と題する取りまとめ資料(2022年8月31日現在)によると、特措法に基づく時短命令を出したのは28都道府県で、合計2222施設。このうち、命令違反を確認後に出される過料通知は1783施設に上った。

 資料の取りまとめ時点で、1035施設が最大30万円の過料を命じられ、総額は約2億円だった。

 命令対象施設の多い順にあげると、沖縄県(260施設)、神奈川県(235施設)、広島県(195施設)、東京都(192施設)、大阪府(139施設)だった。

 コロナ禍の当初、特措法には命令制度が設けられていなかった。2021年2月、第3波の緊急事態宣言中の通常国会で改正が行われ、導入された。

 その後、措置の期限間際になって、それまで従っていなかった飲食店に命令を出す事例が全国各地で相次いだ。

(関連)時短・休業命令が急増 措置終了前の“駆け込み”相次ぐ 制裁目的の疑い、違憲の指摘も(2021/6/18)

 東京地裁は昨年5月、法改正後全国で初めて出された東京都による時短命令について、特措法の要件を満たさず違法と判断。その後、この判決は確定した。

(関連)東京都が解除間際に営業制限命令 「発信」理由に一部事業者を標的か 医療体制ほぼステージ2水準(2021/3/18)

弁護士

慶應義塾大学卒業後、産経新聞記者を経て、2008年、弁護士登録。2012年より誤報検証サイトGoHoo運営(2019年解散)。2017年からファクトチェック・イニシアティブ(FIJ)発起人、事務局長兼理事を約6年務めた。2018年『ファクトチェックとは何か』出版(共著、尾崎行雄記念財団ブックオブイヤー受賞)。2022年、衆議院憲法審査会に参考人として出席。2023年、Yahoo!ニュース個人10周年オーサースピリット賞受賞。現在、ニュースレター「楊井人文のニュースの読み方」配信中。ベリーベスト法律事務所弁護士、日本公共利益研究所主任研究員。

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