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【30kmの壁を超えるために】実は序盤はペースをあげても大丈夫!?壁を超えるためのペース戦略ほか

たくや/ランナー医師、ランナー、ランニングコーチ
写真は写真ACより

フルマラソンの30kmの壁という憎らしい敵、実は敵を作り上げていたのは自分の脳だったという記事を2週間前に公開しました。その脳が作り上げた敵と戦うマラソンは、まさに自分自身との戦いです。ですができれば戦略をもって、自分自身となんて戦わないのが最善です。ではどんな戦略でレースに挑めばよいのでしょうか。文献も参考に書いていきましょう。

※この記事を読む前に、できれば前々週の記事を読んでください。

【マラソンの「30kmの壁」の正体は?】最近の研究ではエネルギー枯渇説よりも、脳がかけるブレーキ説?

レースにおけるペース戦略

写真はUnsplashのAbdur Ahmanusが撮影
写真はUnsplashのAbdur Ahmanusが撮影

実はイーブンペースよりも、ペースの変動

テレビのマラソン中継で、一流のマラソンランナーが走っているのを観たことはありますでしょうか。そしてそのランナーは、決してイーブンペースで走っていないと思います。序盤速いペースで中盤落としたり、逆に序盤全然遅いペースだったり。最近ではペースメーカーが導入され、一定ペースで走ることが多くなっているようですが、キメット選手、キプチョゲ選手、ベケレ選手のような世界的な一流ランナーはペースが変化するとの研究結果があります。速いペースではエネルギーを使い、遅いペースで蓄える、それを繰り返しながら終盤まで失速せずに走るのだろうと文献では考察しています。

一般市民ランナーも、多少のペースの変化をつけた方がよい?

一般的にはイーブンペースや、後半ペースをあげた方が記録がよいと言われています。ですがこれは方法論ではなく、結果論である可能性が高いかもしれません。つまりは上手くペース配分をしてタイムがよかったランナーは、結果的にイーブンペースや後半ペースをあげていたということです。というのも一部文献では、一定ペースで走ることは難しいという研究や、最初と最後が少し速めで、レース中盤の2/3は平均ペースより少し遅くで走るエリートランナーの走りは、市民ランナーにも当てはまるかも?という文献があります。どういうことでしょうか。

皆さんはレースの序盤、高揚感で速いペースで入ったのに、その後減速したら特に問題なかったということはありませんか?反対にレースの中終盤で、目標タイムに届かないからとペースアップしたら、あっという間に疲弊した経験はありませんか?実は中盤と違って序盤は少し速めに入っても、疲れを感じにくい可能性があります。

フルマラソン走行中の速度と心拍数、換気率、呼吸回数、酸素摂取量、二酸化炭素排泄量の関係:Palacin F et al.Int J Environ Res Public Health.2024より改
フルマラソン走行中の速度と心拍数、換気率、呼吸回数、酸素摂取量、二酸化炭素排泄量の関係:Palacin F et al.Int J Environ Res Public Health.2024より改

このように脳がしっかりと疲れを緩和してくれる区間は、手を振って応援に答えても、周囲のランナーとおしゃべりをしても、少し速めのペースでもあまり影響が出ないものです。個人差はありますが、だいたい7kmくらいは少し速めのペースでも大丈夫なのではないでしょうか。そのペースで定常状態をつくると、そのあとペースを落としたときに結構楽に、もの足りなくすら感じたりします。

例えばフルマラソンで3時間30分、つまりはキロ5分のペースで走ることを目標とするとします。その場合、一例ですがキロ4分52秒で入ってみます。そしてまだまだ余裕のある7kmで、キロ5分2秒にペースを落としてみます。すると、貯金があって気持ち的にも余裕ができます。またキロ10秒落としたことで、結構楽にその後走れます。

ハーフもフルマラソンもペースが変わらないというランナーは、このような速度の変化はおすすめできませんが、スピードがあって終盤失速してしまうランナーは一度試してみて下さい。スタートしたらハーフとフルのペースの間くらいで入り、必ず5~10kmで落とすようにして下さい。またスタート直後に混雑している場合は、無理は決して禁物です。

寒さは我慢ではなく、しっかり対策を

Photos by Andrew Rashotte
Photos by Andrew Rashotte

レース前やレース中に、寒さで消耗しないことも大事です。寒さで震えていると、それだけでエネルギーを消費してしまいます。スタート前は出来るだけ暖かくしてください。そして走り始めると段々体温は上がってきますが、ですが走ったことによる熱産生では足りない程の寒さの場合、筋肉が収縮して熱を産生します。結果フォームの乱れや、無駄なエネルギー消費につながります。ですので寒さ対策は必要なんです。

マラソンでは風や天候の変化により、とても体感温度が変わりやすいのです。暖かいと感じても、向い風区間で突然寒く感じたり、小雨や雪でも一気に体が冷えてしまいます。そんな対策を怠っても、体のエネルギーが消費されて30kmの壁が高くなってしまうのです。

レースの中終盤での補給

写真は写真ACより
写真は写真ACより

途中でエネルギーを補充する

マラソンでは途中のエイドや、持参したエナジージェルなどでエネルギーを補給します。実際にレース中の補給について計算した2023年のアメリカの文献によると、100kcalのジェル1個で走行距離が600~700m程度延びる可能性があるとのことでした(自分の以前のYahoo!記事を参照)。

ここ2回の記事でも書いていますが、必ずしも30kmの壁の原因がエネルギーの枯渇とは限りません。ですがもしそうであれば、いくらか助けになりそうですね。

補充できなくても摂ったと誤解させるだけでいいし、カフェインも有効

マラソンの終盤は息があがって、まともに水なんて飲めなくなることもあります。「じゃぁ給水はなし!」ではなく、軽く口に含むだけでも効果がある可能性があります。以前のYahoo!ニュースでもまとめましたが、実際にいくつかの文献で効果が報告されています。脳に「糖分や水分を摂った」と思わせるだけでもよいのです。

また疲弊した脳を刺激するため、カフェインも有効です。これも以前のYahoo!ニュースでまとめましたが、個人差はあるものの終盤に差し掛かった際に100mg程度のカフェインを摂取するとよいようです。

まとめ(3記事のまとめ)

写真は写真ACより
写真は写真ACより

30kmの壁、それは以前からエネルギー不足だと言われてきました。ですが大会前の糖質負荷や、レース中のエナジージェルが乗り越える鍵とは限りません。原因はもっと複雑で、さらには自分の頭の中にあるのです。

自分も初めてのフルマラソンから10回以上も壁に阻まれて、そして初めて壁を超えたのは初マラソンから10年以上もたったレースでした。不思議と一度壁を超えると脳が42kmを受け入れたのか、以降は何度も超えられるようになりました。

※Noteに自分の「30kmの壁と戦った歴史、壁を超えたレース、自分の壁の超えかた」を書きました。もしよければ読んで下さい。

自分と同じように何度も30kmの壁に阻まれて、フルマラソンを走るのを諦めそうになったランナーもいるかもしれません。ですが今一度「30kmの壁の原因は、脳のブレーキ」、そう考えて作戦をたててみて下さい。

・1ヶ月前に30km走、できればフルマラソン。その意味は脳の調教。

・直前に練習量を落とす、食べ過ぎない。体調120%を目指す。

・序盤の序盤は少しペースをあげてみる、その後必ずペースは落とす。

・寒さも敵!スタートの前や向い風の区間、雨・雪は注意!

・終盤は補食、カフェイン!辛くて水分や補食はできなくても、すこし口に入れるだけでも効果あり。

これは文献的で報告されている、もしくは自分の考える方法です。ですがこれだけが正解ではありません。脳のリミッターの解除の方法、それは個々人で違うのかもしれません。自分自身の壁の超え方を見つけるにあたって、自分の記事や意見が参考になったら嬉しい限りです。

医師、ランナー、ランニングコーチ

41歳まで某大学病院の消化器肝臓内科で勤務、現在は都内の一般病院で内科医をしています。また、中学でランニングを始めて走歴は約40年、その経験を活かしてランニングステーションでコーチもしています。総合内科専門医・消化器病専門医・肝臓専門医・抗加齢医学会専門医、JMJA公認ランニングドクター他、資格は多数。フルマラソンの完走は68回でベストタイムは2時間50分31秒(2019湘南)。ランナーからよく聞かれることやランナーに伝えたい事を、科学的なエビデンスと経験をもとに記事を書いています。

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