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ハリー王子はなぜ王室を離脱するのか。本当に全部「嫁」メーガン妃のせいなのか。イギリスの未来は。

今井佐緒里欧州/EU・国際関係の研究者、ジャーナリスト、編集者
今年1月20日英国アフリカ投資で。ムタリカ・マラウイ大統領と会談(写真:代表撮影/ロイター/アフロ)

2月19日、ハリー王子とメーガン妃は、3月31日に王室の公務から正式に退くと、二人の報道官が明らかにした。引退に伴い、バッキンガム宮殿にある執務室も失うという。

結局、パートタイムの王族活動など許されなかった。

問題は原因である。なぜハリー王子は、イギリス王室の離脱を決意したのか。

既に山のように理由は言われている。

メーガン妃に対してのプライバシーの侵害がひどかった。内容も誹謗中傷の域に入るものだった。メディアだけではなく王室関係者も、メーガン妃に対する人種差別がひどかった。

メディア報道とパパラッチのせいで母親を亡くしたヘンリー王子は、これらが耐えられなかったのだ――と。

そして、王室とヘンリー王子の肩をもつ人々は言う。「あの女のせいで」。

確かにメーガン妃の言動は、伝統を重んじる王室ファンの眉をひそめさせるものがあった。

でもだからといって、全部「嫁」のせいなのか。

ヘンリー王子は、妻のために、今までの地位を捨てるというのか。

報道は妻であるメーガン妃のこと、今までのいざこざ、そして二人はどうやって生計を立てるか(つまりお金の話)の、ほぼ3点に絞られている。

しかし、筆者はイギリス人でもないし、会社員でもないフリーの執筆者なので、思ったことを自由に書きたいと思う。「そこまでして王族の地位を捨てるのは、必ずヘンリー王子の意志であるに違いない」と。

この原稿は、むしろ作家として個人の意見を述べたものであることを、ご了承の上お読み頂きたい。

「経緯」に対する批判への疑問

メディアの批判や国民の不満は、きちんとした手順を踏まずに、いきなりヘンリー王子夫妻がインスタで引退を発表してしまった点に集中した。

「あんなやり方では、王族が怒るのは無理もない」と。だからこそ、エリザベス女王をはじめ、王室は怒って厳しい判断を通告したのではないか、と。

しかし、報道によれば、あれほど急いでヘンリー夫妻がインスタで発表したのは、大衆タブロイド紙『The Sun』にかぎつけられたからだという。それまで王族の中で極秘で話し合っていたのが、どこからか漏れてしまったのだ。実際、『The Sun』の記事発表のほうが、インスタ発表よりも時間差で早かったという。

このように「経緯」をやたら取り上げて怒るときは、本質から目をそらしている時だと、筆者は思う。

どのような経緯であれ、最後のとき、エリザベス女王を頂点とする王族は、ヘンリー王子に迫ったはずである。「そのような希望は受け入れられない。自由を望むなら、今後一切、王族としての活動は許されない。称号も使ってはいけない。それでもいいのか」と。

ここで大事なのは、最後の「それでもいいのか」である。相手に了承と確認を迫る行為である。事実、王族会議を行ったではないか。

つまり、たとえ誤算があったとしても、ヘンリー王子は自ら選択したはずだ。称号を捨て、王族としての仕事を捨てることを。それはヘンリー王子の人生そのものだった。

国内で、海外で、軍隊で、アフリカで、王族として奉仕活動をする人生を送ってきた。若い時はともかく、大人になってからの王子は、慈善活動に大変熱心だったし、自分が特権をもって生まれたことを、きちんと自覚していた。「生まれ持った特権を、一生かかって返していく」と言っていた。

それなのに、自分の名前も、今までの生活も、今までの仕事も――つまり今までの人生そのものを捨ててしまう、それがすべて「妻のため」? そんなことあるだろうか。

母の死

ヘンリー王子の母親である、ダイアナ元妃については、ずっと暗殺説が絶えない。

1月20日、ヘンリー王子は離脱発表後に初めて演説した。英国民向けの内容だ。そして、王族を離れることに関する自分の無念な気持ちを表明した。

そこに、いきなりダイアナの名前が出てくる。「ダイアナの次男は結婚できましたよ」と。文脈的にはかなり唐突だ。それは筆者には、誰も気づかないほど婉曲的に、自分の王室離脱と母は関係がある、自分は母のことを忘れたことはいっとき足りともない――と言っているように思えた。

その後2月6日、王室離脱の表明後に初めての公の場「オルタナティブ投資サミット」に出席した。JPモルガン主催で、アメリカ・マイアミで開かれたものだ。基調演説で、大勢の富裕層たちを前に、母を事故で失った子供時代のトラウマについて赤裸々に語ったという(アメリカで、閉じられたイベントだから、よりオープンだったのだろうか)。

筆者は、ダイアナ元妃が亡くなってから、ずっと疑問に思っていることがある。

もしこれが暗殺だったとしたら、必ず家長の許可を得ているはずだ。どんな国家機関が策を練ろうとも、世継ぎの母親に関することで、家長の許可を得ないはずがない。

筆者の疑問は「もし仮に暗殺だったとしたら、家長の許可を得ているに決まっているとして、果たして元夫の許可は得ただろうか。離婚はしても、自分の子供の母親に関することなのだから」である。英王室というと、常にこの疑念が思い浮かんできた。

イギリスから遠く離れた、言語も文化も違うアジアの国の一市民がこう考えるのだから、当の息子たち――ウイリアム王子とヘンリー王子が考えないわけないと思うのだが。もしそうなら、なんという心の地獄だろうか。

ヘンリー王子は母の死後、長い間ずっと心を病んでいて、医学の助けが必要だったという。病んだのは、母の死そのものだけではなく、母の死の原因ではないのか。だからこそ、結婚を機に、生まれ育った家を捨てたのではないのか。

おそらく、イギリス人でもわかっている人は多いのではないだろうか。決して口には出さないが。それとも、タブーすぎて口に出せないうちに、本当に考えなくなってしまったか。

皇族のいる国に育った筆者には、イギリス人の気持ちはわかるつもりである。彼らの「逃げ」を、指摘はしても批判する気には到底なれない(それでもこういう原稿を書くのは、フランス共和国の生活が長いからだろう)。

どうする、ヘンリー王子

一般の人々は、すべてを嫁のせいにして現実から逃避しているように見える。ヘンリー王子の離脱は、それほどショックだったのだろう。

しかし、筆者は当のヘンリー王子が気がかりだ。

はっきり言う。彼はこれから「失業者」である。

もちろん王子ではなくても、人々に奉仕はできる。母親のダイアナ元妃は、離婚して皇太子妃の称号を失って、いっそう慈善活動に力を注いでいた。メディアも世間も常に彼女から目を離さなかったから、ダイアナの慈善活動の効果は大変大きかったと思う。

でも、ダイアナは未来の英国王の母であった。そのようなステータスはヘンリー王子にはない。どうする、ハリーさん。

それに母親には、慈善活動をしたいという本人の強い意志があった。ハリーさん、あなたはどうなのでしょうか。心の底から慈善活動を続けたいと思っていますか。「客寄せパンダで良い、それで困っている人が助かるのなら」と開き直って、慈善活動を続ける覚悟はあるのですか。それほど、国や人々に奉仕することを、自分の生涯の仕事と思っていますか。それとも、今まで与えられてきたからやってきて、嫌ではなかったし、それしか知らない(できない)から続けてきただけですか。

王子はオバマ前大統領夫妻に大きな感銘と影響を受けたようだ。しかし、オバマ氏は実力と才能で大統領になった人だ。ヘンリーさんが対等に話し合える機会を得たのは、王子だったからだ。他の要人も、全員そうだ。

いくらハリーさん自身が愛すべき人物だったとしても、王子ではなくなった彼は「世界の要人とは格が違う」となる。

本人も、すべてを捨てる覚悟までは、まだ持てていなかったのではないか。誤算があったとしたら、王室側のきっぱりとした「NO」を受けて、十分に考える時間が持てなかったことかもしれない。

参考記事:ヘンリー王子はなぜメーガン・マークルさんを選んだのか。オバマ前大統領夫妻との関係は。

英王室の未来

筆者は、「パートタイム王族」を認めなかった英王室の決断は当然と思った。

でもそれは半面で、もう半面では反感をもたないでもなかった。

「あのサイテー息子の望みはすべて聞いたくせに。不倫カップルを皇太子夫妻として国民に押し付けたくせに。母の死に苦しんだかわいそうな孫に、なぜそんなに厳しいのか。

国王として厳しさが必要というのなら、筋を通して息子にも厳しくしろ。自分のおじエドワード8世がシンプソン夫人と結婚して王位を捨てたのと同じように、国民が認めたがらない好きな女性と結婚する代償に、息子に王位を捨てさせろ。

ヘンリー王子は国に奉仕したいって言っているんだから、させればいいではないか。白黒じゃなくて、グレーの措置をとっても良いではないか」――と。

そう思うのは、ブレグジットで、連合王国がこれから解体の危機に瀕するのは目にみえているからでもある。実際に解体するかどうかはわからないが、大きな試練が待っているのは間違いない。

先行き不安なイギリス政治は、今後増々いまだに英国王を国家元首とするカナダやオーストラリア、ニュージーランド等との関係を緊密にしたいと願うだろう。それなら、ヘンリー王子を通じてカナダとつながりを保つことは、悪い戦略ではないように思うのだ。

ただ、女王を批判するのもいかがなものか、という気持ちがある。エリザベス女王は93歳。大変なお年である。

家長として非道な、極めて非人間的な決断をした可能性はあるかもしれないが、本人そのものは実直にまじめに働き、国民の期待を裏切るような真似など決してせず、浮気もせず夫に忠実で、ずっと国に奉仕してきた。

バカ息子たち(とわがまま娘)が好き勝手なことばかりして、女王を困らせてきたのだ。イギリス国民はそのことをよくわかっていて、だからこそ女王を敬愛してきたのだろう。

スコットランドは、ブレグジットに反対で、欧州連合(EU)に残りたいがゆえに、二度目の独立投票を行って独立したがっている。そんな彼らも、エリザベス女王にだけは信頼と忠誠心がある(2014年の独立投票では「国家元首はエリザベス女王で」という、穏やかな独立の前提だった)。彼らが「チャールズ国王」にそんな気持ちを抱くかは、はなはだ疑問である。

女王は93歳にして、長生きして英国解体をくい止めているという大仕事をしている。

英王室の未来は、不安だらけである。

チャールズ皇太子夫妻は、人気がない。筆者はイギリスに住んでいたことがあるが、女王の写真や、ウイリアム王子夫妻の写真をお店に飾っているところは沢山あったが、チャールズ皇太子夫妻の写真を飾っていたところは、一軒も見たことがない。

ウイリアム王子夫妻がいなかったら、英王室は完全に存亡の危機となっていただろう。

好きな人と結婚

なんでも「嫁のせい」にするのは、いかがなものかと思うが、確かに批判されることもメーガン妃はしている。

筆者が一番不愉快に感じたのは、王族の称号を商売の道具にして、お金儲けをしようとしたことだ。

彼らには、第三者がヘンリー夫妻の名前でお金儲けをする(例えば、二人の写真がついたマグカップを売る)のと、当の王族本人が率先して称号を使ってお金儲けをすることの違いが、まったくわかっていないようだ。

こんなことを、ヘンリー王子が思いつくはずがない。ある記事には「ヘンリー王子は、そういうことには無頓着である」と書かれていた。

一瞬、「この違いもわからないほど、ヘンリー王子はアホなのだろうか」とも思った。でも、ヘンリー王子は究極のおぼっちゃま育ちで、一般市民の考えでは計り知れないものがあるに違いない。

そう思わせたのは、かつて浩宮(現天皇陛下)が、イギリスのオックスフォード大学に留学された際の思い出話である。「初めてお金というものを持って、お店で買い物を致しました」と述べたのだ。

きっと、ヘンリー王子も似たような感じに違いない。「この違いを理解して」と言っても、相当難しいのではないか(ただそれでも王子が「王族が、そんなことしていいのだろうか」とは思わなかったのか、という思いは残るけれど)。

どの国でも、王族が一般市民と結婚するようになって久しい。世界はどんどん民主化されていき、身分制度がなくなり、確固たる貴族階級が無くなったのだから、当然なのだ。

筆者は、前掲の参考記事の最後に書いた。「英国民に国をあげて祝福されたとは言えない、自ら困難な結婚を選んだ王子。今まで十分、辛い思いをしてきたはずだ。どうか、幸せになってほしい」と。

ヘンリー王子が好きな人との結婚を貫いて、妻のおかげで家を捨て、今までの心の地獄、家族の闇から抜け出して生きる勇気がもてたのなら、これからの幸せを願うだけである。一人の人間として、自分の人生を生きてほしい。

兄のウイリアム王子は心から悲しいだろうが、彼にも妻がいる。どうか二組ともいつまでも夫婦仲良く、支え合ってほしいと願うばかりである。

それにしても――好きな人と結婚したいという、極めて人間らしい望みをもつだけで、これだけの大問題を引き起こす。日本の皇室もしかりである。

「好きな人と結婚もできないなんて、なんて非人間的なんだ。王室って大変だねえ」と、完全な他人事と、多くのフランス人は思っているに違いない。フランス人だけではない。欧州のほとんどの国、いえ世界のほとんどの国に、王室は存在しない。このような悩みは、世界のマイノリティなのだ・・・。

参考記事:令和時代の皇室について考えたいこと:少数派の自覚をもち、国際社会と移民=新日本人に対して説明責任を

欧州/EU・国際関係の研究者、ジャーナリスト、編集者

フランス・パリ在住。追求するテーマは異文明の出会い、平等と自由。EU、国際社会や地政学、文化、各国社会等をテーマに執筆。ソルボンヌ(Paris 3)大学院国際関係・欧州研究学院修士号取得。駐日EU代表部公式ウェブマガジン「EU MAG」執筆。元大使のインタビュー記事も担当(〜18年)。編著「ニッポンの評判 世界17カ国レポート」新潮社、欧州の章編著「世界で広がる脱原発」宝島社、他。Association de Presse France-Japon会員。仏の某省機関の仕事を行う(2015年〜)。出版社の編集者出身。 早稲田大学卒。ご連絡 saorit2010あっとhotmail.fr

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